2019年10月19日土曜日

東京国際映画祭ラインナップ発表会~東京グランプリの行方2019〜text 藤野 みさき

東京国際映画祭ラインナップ発表記者会見~東京グランプリのゆくえ2019〜text藤野 みさき

© 2019 TIFF

 夏が過ぎ去り、木々たちが街をもみじ色にそめるとき、秋の風がふと、私の頬をなでる。「ああ、また今年も東京国際映画祭にもどってこられたのだな」と、嬉しさと懐かしさを胸に抱きながら、私は本年度も六本木の地へと誘(いざな)われてゆく。いままで出逢ってきた、美しい映画の記憶とともに。

 東京国際映画祭は、アジア最大規模の国際映画祭としてはもちろん、日本を代表する映画祭のひとつとして日本の映画祭を牽引し、邁進しつづけてきた。そんな東京国際映画祭は1985年に幕をあけ、本年度で第32回を迎える。本映画祭には多くの部門があるのだが、ここではそのなかでも毎年最も注目を集め、最高賞である「東京グランプリ」が選ばれるコンペティション部門に焦点をあてる。本年度は115の国と地域、1804本のなかから、厳正なる審査のもとに、計14の作品が出揃った。
 今年のコンペティション部門を表すキーワードは「チャレンジング」「インスパイアリング」そして「エンターテインニング」。「監督が表現として挑戦をしているか。観客が刺激を受けるか。そして、エンターテインさせてくれるのか」。これらを主題としながら、14作品すべてがこの水準を満たしております。と、コンペティション部門を担うプログラミング・ディレクターの矢田部吉彦氏は述べる。通年「世界の秋の新作」を主題とし、今年は個性的な作品を集めてきたという、本部門。本年度はどのような世界を私たちに魅せてくれるのだろうか? そんな胸の期待とともに、ここではひとつひとつの作品を紹介してゆきたい。

『動物だけが知っている』© Jean-Claude Lother

 まずは、常連国フランスより『戦場を探す旅』。19世紀なかば、メキシコの山岳地帯が舞台となる。当時フランスはメキシコで戦争をしていたが、あるとき仏人のカメラマンが戦地におもむく、という筋書きである。19世紀の報道と職業倫理、現地のひととのふれあいが、しっとりと綴られてゆく。監督のオーレリアン・ヴェルネ=レルミュジオーはドキュメンタリー出身の監督で、本作が長編第1作品目となる。戦場におもむくカメラマンを演じるのは、近年『ダゲレオタイプの女』『ゴーギャン タヒチ、楽園への旅』など、日本公開作品も増えてきている注目の俳優、マリック・ジディ。異国の地でどのような人間もようが綴られてゆくのかを期待したい。
 続いて同じくフランスより『動物だけが知っている』が選出。監督のドミニク・モルは、フランスの名門、国立映画学校FEMIS出身の秀才だ。『ハリー、見知らぬ友人』はフランスで大ヒットを記録し、監督にセザール賞の監督賞をもたらした。本作『動物だけが知っている』は、ある雪の降る日に、女が疾走するところから始まる。複数の人物の視点で語られながら、やがて衝撃の事実が発覚する……。サスペンスを得意とするモル監督がどのようなものがたり展開を仕掛けてくるのだろうか? 監督の手腕に注目があつまる一作である。

『ネヴィア』© ARCHIMEDE 2019

 近年コンペティション部門では『ナポリ、輝きの陰で』『堕ちた希望』とナポリが舞台の作品が続いている国、イタリア。本年選出された『ネヴィア』も、ナポリが舞台の作品だ。闇商売の世界で生きる17歳のネヴィアは、とあることからサーカスに興味を抱く。現実を逞しく生きようとする姿、と聴いたとき、私は昨年同部門で上映された『堕ちた希望』のマリアを想起せずにはいられなかった。
 ヌンツィア・デ・ステファノ監督は本作『ネヴィア』が長編第1作品目となるが、プロデューサーをつとめたのが、世界が誇るイタリアの鬼才、マッテオ・ガローネである。ガローネ監督の最新作『ドッグマン』ではすばらしい、息のつまる世界を私たちに魅せてくれたが、『ドッグマン』もまたナポリ屈指の無法地帯であるカステル・ヴォルトゥルノが舞台となっていた。近年ナポリを舞台とした作品が増えているというイタリア。『ナポリ、輝きの陰で』『堕ちた希望』そして本年度の『ネヴィア』と、映画を通じて現在のイタリアが抱える社会問題をみつめてゆきたい。

『ディスコ』© Josefine Frida Photo by Jørgen Nordby, Mer Film

 お次はスペインより『列車旅行のすすめ』が選ばれた。スペイン映画がコンペティション部門に選出されるのは、10年前の2009年にまで遡る。セバスチャン・コルデオ監督の『激情』、マリオ・イグレシアス監督の『ストーリーズ』いらい、10年ぶりのノミネートとなった。メガホンをとったアリツ・モレノ監督は本作が長編第1作品目となる。監督は本作を映画化するのに6年間もの年月を費やしたという。とある列車のなかで主人公の女性に元患者の話をし始める精神科医の男。その男の話しがフラッシュバックとなってものがたりとして描かれてゆく。ものがたりの組み立て方の妙、ジャン・ピエール=ジュネ監督を想起させる奇想天外な世界観、そしてペドロ・アルモドヴァル監督を彷彿とさせる色彩感覚もぜひ堪能したい。
 ノルウェーからは、ディスコダンスを愛する少女を描いた『ディスコ』がノミネート。大会で優勝するほどの実力をもった少女であったが、やがてスランプに陥ってゆく……。その陰にあるのは、敬虔を通り越した、過激なキリスト教徒に傾倒する家族の存在があった。彼女が踊れなくなればなるほどに、家族からの圧力が彼女を苦しめる。研ぎ澄まされた映像とともに語られる、恐ろしい社会派であり、青春映画である。
 もうひとつの北欧、デンマークから届いたのは、心にふと灯をともしてくれる人間ドラマ『わたしの叔父さん』。脚に障がいを抱えながらも、愛する姪と小さな農家を営む主人公。いつも叔父さんを愛しいまなざしで見守る姪であったが、彼女には「獣医になりたい」という、ひとつの夢があった。あらすじ・映像をみるだけでも、叔父さんが大好きな、姪の優しさが充分に伝わってくる。「獣医になりたいけれども、叔父さんの面倒もみたい……。そのジレンマのさきの選択に胸が揺さぶられる、美しい作品です」と、矢田部氏も賞賛の、人間の美しい感情の機微を描いた作品である。

『ラ・ヨローナ伝説』© COPYRIGHT LA CASA DE PRODUCCIÓN - LES FILMS DU VOLCAN 2019

 ウクライナからは『アトランティス』が選ばれる。ときは2025年のウクライナ。冒頭に「終戦直後」という字幕がながれ、私たち観客はウクライナとロシアの戦争があったのだということを悟る。現在から6年後という非常に近い未来を描いた本作。主人公の男は心に傷を抱えているのだが、ひとりの女性との出逢いによってかれは自らの心と向きあえるようになる、というものがたり。本作のみどころは「強烈な美意識に貫かれ、いったいどうやって撮ったんだ! と驚かずにはいられない、ワンシーン・ワンカットにあります」と矢田部氏は述べる。それもそのはず。監督のヴァレンチン・ヴァシャノヴィッチは、2014年に世界はもちろん日本でも大きな話題となった、聾唖者たちを描いた『ザ・トライブ』の撮影監督だからである。『ザ・トライブ』の研ぎ澄まされた、しかし、暴力的で温度の低い画面とロケーション。本作が長編第1作目となるヴァシャノヴィッチ監督が、いったいどのような世界観をみせてくれるのか、非常に楽しみだ。
 続いて、グアテマラ共和国より届いたのは『ラ・ヨローナ伝説』という作品である。タイトルにもある「ラ・ヨローナ」とはメキシコ語で“泣く女”を意味し、数々の怪談話から、歌手たちも「ラ・ヨローナ」を歌いつないできた。話はそれてしまうが、メキシコが誇る伝説の歌手、チャベラ・バルガスも「ラ・ヨローナ」を魂をえぐるかのようなすばらしい歌声で歌っていることも一筆加えておきたい(ぜひ本作とあわせて聴いてみてほしい)。『ラ・ヨローナ伝説』で描かれるのは、1980年代に起きた、グアテマラの虐殺の歴史・その虐殺の指示をした罪で問われる将軍と家族たちである。20万人以上の犠牲者をだしたグアテマラの紛争。その残虐な殺戮の背景に「ラ・ヨローナ」伝説が盛りこまれてゆく、格調高き社会派ドラマである。

『ジャスト6.5© Iranian Independents

「こんなイラン映画、ちょっと観たことない!」
 矢田部氏も大絶賛! イランから届いた、ド迫力エンターテインメント大作『ジャスト6.5』! 警察とドラッグ組織の闘いを描く本作。警察側を演じるのがアスガー・ファルハディ監督の『別離』の夫役のペイマン・モアディ。対するギャング側のトップを演じるのが、近年注目のナヴィド・モハマドザデーだ。このイランの人気俳優のガチンコ勝負がみものである。国は違うが、昨年同部門で上映され、観客賞の呼びごえが高かったイスラエル・パレスチナ映画『テルアビブ・オン・ファイア』のような、興奮と熱狂を期待せずにはいられない。
 一昨年にはセミフ・カプランオール監督の『グレイン』が東京グランプリを受賞し、『ビッグ・ビッグ・ワールド』『シレンズ・コール』と、近年のコンペティション部門に必ずノミネートを果たす実力派国のトルコ。そんなトルコからは『湖上のリンゴ』が選ばれた。伝統楽器の名人になる夢を抱く少年と、舞台となる辺境の地と人々を描いた、あたたかくも美しい寓話である。師匠とともに辺境の地を離れることとなった少年は、少女にりんごをお土産として帰ってくることを約束する。「辺境の地の山々やその土地の伝統文化……。かけがえのない美しさ、大切なものが心に響いてくる、そんな作品です」と、矢田部氏もあたたかな賞賛を送った。

『マニャニータ』©TEN17P Films (Black Cap Pictures, Inc.)

 フィリピンからは凄腕女性スナイパーの心の闇を描いた『マニャニータ』。
 一本の電話が彼女の運命を動かす、という映画らしい導入に胸が高まるのだが、特筆すべきは丁寧に重ねられるショット、静寂でゆったりとしたものがたりの進行でありながらも、一瞬たりとも画面から眼を離すことのできない強度をもっていることである。共同脚本にフィリピンが誇る名匠ラヴ・ディアス監督が加わり、まさに現在のフィリピンの才能を集結した作品がワールドプレミア(世界初公開)となって上映される。
 続いて中国からは『チャクトゥとサルラ』がノミネート。見渡すかぎりの大草原に、車一台走っていない長い道路。そんなモンゴルの大地で暮らす夫婦のチャクトゥとサルラのものがたり。夫であるチャクトゥは都会での生活を夢み、妻のサルラは愛するモンゴルの自然のなかで暮らすことを望む。しかしふたりの暮らすモンゴルにも近代化の足音が聴こえてくる……。深刻な自然破壊という現在の社会問題と、夫婦の愛を描く。ワン・ルイ監督は本作で長編5本目となり、北京電影学院の教授もつとめてめている。

『ばるぼら』© Barbra Film Committee

 最後に、日本からは2本の映画が選出。
 1本目は、手塚眞監督『ばるぼら』。原作に手塚治虫・監督に息子の手塚眞・撮影にクリストファー・ドイルとまさに三拍子のそろった大注目の作品だ。さらに主演には、稲垣吾郎と二階堂ふみのダブルキャスティングである。キャスティングについて手塚監督は「多くの俳優さんたちにお声掛けをしたのですが、みなさま躊躇をされていました。そのようななかで稲垣さんと二階堂さんが答えてくださいました。その勇気に感謝をいたしますと同時に、文字通りふたりが体を張り、大変役になりきって演じていただきました」と感謝の意を述べた。ますます注目のあつまる『ばるぼら』。私たち観客の想像をはるかにうわまわる作品に仕上がっていることを期待をしている。
 そして2本目、今年のコンペティション部門の紹介を締めくくるのは、足立紳監督の『喜劇 愛妻物語』。安藤サクラを主演に迎えて大ヒットを記録した『百円の恋』からはや5年。本作は足立監督みずからの同名自伝的小説を映画化した作品である。売れない小説家役の夫・濱田岳と、そんな夫に悪態をつく恐妻の水川あさみ演じる夫婦の悲喜こもごもをあたたかく描く人生賛歌である。

 以上の14作品が本年度のコンペティション部門で上映される。
 振りかえって印象的であったのが、長編第1作品目・または2作品目となる監督の作品が多く選出されていることである。本年度のコンペティション部門のキーワードのひとつである「チャレンジング」は、映画の未来へと羽ばたいてゆく監督たちの挑戦に加え、ここから世界へとあたらしい映画を輩出してゆきたいという、コンペティション部門の挑戦であり、希望であり、ねがいとも言えるのではないだろうか。瑞々しいあらたな才能を発見するよろこびとともに、本年度のコンペティション部門の作品の魅せる世界観を存分に堪能したい。

(text:藤野 みさき)


【コンペティション部門作品解説】
※ 各作品をクリックすると公式サイトの作品紹介ページに移ります。

◉ ヨーロッパ

89分 カラー フランス語・スペイン語・英語 |2019年 フランス/コロンビア ワールド・プレミア

117分 カラー フランス語・コートジボワール方言 |2019年 フランス アジアン・プレミア

87分 カラー イタリア語 |2019年 イタリア アジアン・プレミア

103分 カラー スペイン語・フランス語 |2019年 スペイン/フランス インターナショナルプレミア

95分 カラー ノルウェー語・英語 |2019年 ノルウェー アジアン・プレミア

106分 デンマーク語 |2019年 デンマーク ワールド・プレミア

108分 ウクライナ語 |2019年 ウクライナ アジアン・プレミア


◉ 中米・中東

96分 カラー スペイン語、カクチケル・マヤ語、イシル・マヤ語 |2019年 グアテマラ/フランス アジアン・プレミア

134分 ペルシア語 |2019年 イラン アジアン・プレミア

◉ アジア

103分 カラー トルコ語 |2019年 トルコ ワールド・プレミア

143分 カラー フィリピン語 |2019年 フィリピン ワールド・プレミア

111分 カラー モンゴル語・北京語 |2019年 中国 ワールド・プレミア


◉ 日本

100分 カラー 日本語 |2019年 日本/イギリス/ドイツ ワールド・プレミア

117分 カラー 日本語 |2019年 日本 ワールド・プレミア
配給:バンダイナムコアーツ/キューテック


【第32回東京国際映画祭】
期間:20191028日(月)〜115日(火)9日間
開催会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区)、東京ミッドタウン日比谷日比谷ステップ広場(千代田区)ほか都内の各劇場及び施設・ホール
公式ホームページ:https://2019.tiff-jp.net/ja/


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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、未来の映画館を作るワークショップ第一期受講生。映画のほかでは、美容・自分磨き・お掃除・断捨離、洋服や靴を眺めることが趣味。心の深呼吸を大切に、ひとつひとつのことに丁寧に向きあうことを目標としています。十代から馴染みの深い東京国際映画祭。開幕が楽しみです!

Twitter@cherrytree813

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