2021年5月12日水曜日

映画『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』評text藤野 みさき

「オン・ザ・ロード」

©︎過去はいつもしく未来はつねにかしいフィルムパートナーズ

「これはひとりの写真家のものがたりだ。

 森山大道 ——あなたは、その名を聞いたことがありますか?」

 

 オープニング。

 スクリーンに、俳優・菅田将暉の声が私たちに問いかける。

 菅田が森山大道に出逢ったのは、かれが高校生のときだった。「すごい!」「こんな写真みたことない!」。驚きとともに、森山大道の写真集を友だちとまわし読みをした青春の日々。高校を卒業したのち、菅田は上京し俳優になった。

 そんなある日、菅田は高校時代の記憶と邂逅する一本の映画に出演をすることとなる。『あゝ荒野』という映画であった。映画のポスターの写真を撮ることになり、新宿にあるバーでカメラマンを待っていたときのこと。現れたカメラマンは、照明も三脚ももっていない。かれがもっていたものは、ちいさなコンパクトカメラ、ただひとつ。かれは菅田に右手をだしてこう言った。

 

「よろしく。森山です」

 菅田はそのときのことを「心臓がとまった」と振りかえる。高校生のときに憧れた写真家に自分を撮影してもらえることの歓び。菅田は自信をもち私たちに語りかける。「これが森山大道が撮った僕の姿だ」と。菅田が「魔法みたいだ」と評するその写真は、ぜひ劇場で感じてほしい。

 映画は、菅田将暉のこの逸話を導入に、本篇は写真家・森山大道の素顔に迫る。コンパクトカメラとストリートスナップを愛した、ひとりの男の人生の一幕を映しだしたドキュメンタリーである。

 

©︎過去はいつもしく未来はつねにかしいフィルムパートナーズ

 森山大道は、19381010日、大阪府池田市に生まれる。

 写真家・岩宮武二(いわみや・たけじ)、細江栄公(ほそえ・えいこう)の助手を務めたのち、1964年にフリーのカメラマンとして活動を開始。1968年に初の写真集『にっぽん劇場写真帖』(室町書房)を発表。あざやかなデヴューをかざっていらい、82歳になったいまもなお、スナップショットのトップランナーとして走りつづけている、日本を代表する写真家のひとりである。展覧会も長きにわたり、日本をはじめ世界中で開催。ニューヨーク、ロンドン、パリ、マラケシュ、チューリッヒほか、世界の都市を巡回し、海外の人々からも賞賛と熱い支持を受けている。近年では、2020年に東京都写真美術館で開催された展覧会「森山大道の東京opening」が記憶にあたらしい。本作の題名である『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい』とは、2000年に青弓社より出版された同名の書籍に由来している。

 

 映画のはじまりは、2018年のフランス・パリ。

 毎年秋に開催される世界最大の写真フェアである「Paris Photo(パリ・フォト)」の会場であるグラン・パレは、大勢の人々で埋めつくされていた。人々のまなざしが注がれるそのさきに、森山大道はいた。森山は椅子に腰掛け、ひとりひとり丁寧にサインを書き、握手をし、現地の人々と交流をかわす。パリ・フォトで販売された復刻版・『にっぽん劇場写真帖』は、わずか十分で完売した。

 この映画は、森山大道の処女作であるこの『にっぽん劇場写真帖』を、パリ・フォトで50年のときを越えて「再構築」するという企画を軸に、森山大道の愛した写真や人生、そして長きにわたり交流をした写真家・中平卓馬(なかひら・たくま)との軌跡を丁寧に映しだしてゆく。

 

©︎過去はいつもしく未来はつねにかしいフィルムパートナーズ

 ものがたりは、パリ・フォトが開催される300日前まで遡る。

「森山さん、もういちど出しませんか。50年前、絶版になったあの処女作を」。そのことばから、この企画は始まった。『にっぽん劇場写真帖』におさめられた全149点の写真を一点一点「再構築」し、パリ・フォトに出展するという大企画である。森山は編集者たちと机をかこみ、たばこをふかしながら、一枚一枚丁寧に写真の記憶を辿ってゆく。これはいつどこで撮影をしたのか、どんな気持ちで撮ったのか、機材はなにをつかったのか。ときに専門用語が飛び交うなか、こと細かく当時の記憶と照らしあわせてゆく。

 編集者から「いままで買ったカメラは?」という質問にたいしても、「あんまりないです」と森山は答える。「先生から借りる、(結婚祝いで)おふくろから買ってもらう、質屋で流す……」。別のところでフィルムについてのこだわりを訊かれたときも「ぼくはこだわらないです」と即答。「本当に身も蓋もないけど、写りゃあいいんだから。写りゃもう、しめたものよ」と言う。そのひとつひとつのことばから、森山の気さくな人柄がにじみでる。

 

 そんな森山から語られる「ことば」はもちろんのこと、本作のみどころのひとつは、やはり一冊の写真集ができるまでの過程を丹念に描いているところにある。写真家のドキュメンタリーは数あれど、本(写真集)の製造過程を映す映画はなかなかないだろう。

 北海道の山から木を伐採し、それが一冊の写真集の基盤となる紙になる。モノクロームの写真の「黒」は、陰影を表現するために何色もの黒色が必要であること。『にっぽん劇場写真帖』が出版された50年前の当時と現在の印刷技術はもちろん変化をしており、当時の雰囲気を壊さないよう、印刷業者の方と念密に何度も話しあいを重ねてゆく。そこには「この写真集をいいものにしたい」という編集者の方々の想いはもちろん、森山大道への敬意が溢れている。そんななか、インタヴューを重ねるにつれて、森山はひとりの人物のことを語りはじめる。写真家の、中平卓馬である。

 

©︎過去はいつもしく未来はつねにかしいフィルムパートナーズ

「ぼくには中平しかみえなかったね」

 これは劇中で二度繰りかえされたことばだ。撮影中、森山は中平卓馬の名を100回以上口にしたという。森山は中平と過ごした逗子の海をみつめながら、あの頃の若き自分たちを語る。「ぼくも中平も同い歳だから。ふたりが、256歳くらいかな」「お互いこれから写真やっていこう、っていうときだったからね」。一緒にコーヒーを飲み、おさけを呑み、自分の好きな写真雑誌や写真集を浜辺でひろげてみては、ああでもないこうでもない、と語りあった日々。呑み歩きをした新宿に、ふたりで歩いた青山通り。ぽつり、ぽつりと紡がれる森山のことばの奥には、きっとあの頃の、誰にもふれることのできない、中平との大切な記憶が広がっているのだろうと思いをはせる。

 森山はいまでも中平から「きっと気にいるよ」と薦められた、ジャック・ケルアックの小説『路上』のシャツを着て、街を歩き、写真を撮る。まるでいまでも、あの頃の中平と一緒に写真を撮っているかのように。そんな森山の愛する『路上』のシャツの後ろにはこう小説の一文が記されている。「前途は遠かった。しかしそんなことはどうでもよい。道路こそが人生なのだから」と。

 

 写真の世界最高峰と言われるハッセルブラッド賞を受賞し、名実ともに世界中から支持を受ける森山にも、つらく陰を落とした時期があった。

 1972年に発表された実験作『写真をさようなら』をきっかけに「ぼくは写真がわからなくなってきました」と、森山は振りかえる。写真が撮れなくなり、生活もすさみ「写真とはなにか」を懸命に自答する日々。しかし、当時の写真が撮れなかったときのことを「写真を撮ることは極めてすくないけども、ぼくがあんなに写真に意識的だったことはない」と語る。

 そんな暗闇のなかにいた森山を照らしたのが、フランスの科学者であり写真家のニセフォール・ニエプスの撮った写真「ル・グラの窓からの眺め(仏語:Point de vue du Gras)」であった。森山はこの一枚の写真に光を見出し、もういちど「写真と出逢う」ことができた。いまでも寝室には「ル・グラの窓からの眺め」が飾られており、夜眠りにつくときも、朝目覚めるときも、ニエプスはいつも森山を見守り、支えつづけている。

 


©︎過去はいつもしく未来はつねにかしいフィルムパートナーズ

 映画でも風景でも、誰ひとりとしておなじ光景をみている者はいない。

 おなじ映画を観ても、おなじ風景をみても、みえているものや感じていることはひとによって違う。感性の赴くままに、ときに小走りをしながら、きょうも森山大道にしかとらえることのできない「いま、この瞬間」を写真におさめつづける。「写真とはなにか」を真剣に考えながら、写真とともに人生を歩む森山大道の姿にこころをうたれるのである。変わりゆく都市に、蔓延する新型のウイルス。いまの揺れ動く東京の街は、森山大道の瞳に、どのように写っているのだろう。


(text:藤野 みさき)



©︎過去はいつもしく未来はつねにかしいフィルムパートナーズ


『過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい 写真家 森山大道』 

2021年/日本/112分/5.1ch/スタンダート/DCP/G


キャスト

監督・撮影・編集:岩間玄 

音楽:三宅一徳 

プロデューサー:杉田浩光、杉本友昭、飯田雅裕、行実良

制作・配給:テレビマンユニオン 

企画協力:森山大道写真財団ほか 

印刷協力:東京印書館、誠晃印刷


出演者

森山大道、神林豊、町口覚ほか


配給:テレビマンユニオン


配給協力・宣伝:プレイタイム 

 

公式ホームページ

https://daido-documentary2020.com/


Twitter

@daido_doc


◉ 劇場情報
2021年4月30日(金)より全国順次公開。
※ 緊急事態宣言で延期をしておりました、新宿武蔵野館、渋谷ホワイトシネクイントは、5月12日(水)より公開いたします。詳しい情報は映画の公式サイトにてご確認ください。

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期受講生。
映画のほかでは、美容・セルフネイル・自分磨き・お掃除・断捨離、洋服や靴を眺めることが趣味。F・W・ムルナウをはじめとする独表現主義映画・古典映画・ダグラス・サークなどのメロドラマを敬愛しています。五月初旬に衣替えをおこない、花柄のワンピースやパステルカラーなど、私のワードローブにも春の風が吹きました。

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