2020年12月10日木曜日

映画『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』評text藤野 みさき

「眼差しのさきに」


Arena, Miami, 1978

© Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation


 ネオンライトがひかり輝くハリウッドのビルの屋上。

 一糸まとわぬ姿で脚を組んでポーズをとり、するどい瞳でキャメラをみつめるひとりのモデル。照明がハリウッドの夜景と彼女の長身で一切無駄のない裸体を鮮明に浮かびあがらせる。

「優しいまなざしは要らない。あごをひき、まっすぐ前をむいて。貧相な表情ではなくもっと堂々と!」そうモデルに指示をだす、ヘルムート・ニュートン。冒頭に映し出される、かれの撮影現場の一幕である。ヘルムート・ニュートンはブロンドで長身の女性を好み、堂々とつよくそしてたくましい女性像をつくりあげる名手であった。

 

 本作『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』は、伝説的なファッション・フォトグラファー、ヘルムート・ニュートンのキャリアと生涯を、かれとともに作品をつくりあげた、モデル・女優たちのインタヴューを交えながら、ときにスキャンダラスでもあった、ヘルムート・ニュートンというひとりの人物像をみつめたドキュメンタリー映画である。

 出演者には、女優のイザベラ・ロッセリーニ、シャーロット・ランプリング、マリアンヌ・フェイスフル他、トップモデルのクラウディア・シファー、ナジャ・アウアマン、ヴォーグ編集長のアナ・ウィンター、ドイツの伝説的な女優のハンナ・シグラと、実に豪華な著名人たちが名を連ね、ヘルムート・ニュートンとのそれぞれの逸話が語られてゆく。



Helmut at home, Monte Carlo, 1987
© Foto Alice Springs, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation


 ヘルムート・ニュートンは、1920年、ドイツの首都ベルリンに生まれる。

 ユダヤ人の両親をもち、生涯ベルリンという街をこよなく愛した。母国語のドイツ語に加えて、英語、フランス語の三ヶ国語を話す。子どもの頃から写真をこよなく愛し、ヴォーグのようなファッション雑誌に憧れを抱いていたという。

 彼は世界で初めての女性のファッションフォトグラファーである、イーヴァのもとで働き、彼女からおおきな影響を受けた。「彼女から写真の基礎を教わった。弟子としてネガのレタッチの方法や、ライティングについてを学んだ。そして、いかにフィルムが大切なのかということも……」かれはイーヴァについてをこのように振り返る。しかし、1942年、イーヴァはナチスの強制収容所で命をおとす。ヒトラー政権さなかのできごとであった。やがてヘルムート・ニュートンはドイツから逃亡、シンガポール、オーストラリアと国を転々とし、やがてはロンドン、パリと活動拠点を広げていった。2004年、晩年の不慮の交通事故で亡くなるまで、ヘルムート・ニュートンは写真を撮り、世界を挑発しつづけた。偉大なる、最も著名で世界的なファッションフォトグラファーのひとりである。

 

 ヘルムート・ニュートンの写真は、ひとめでわかるほどの力強さがある。

 モノクロームと完璧なコントラスト。美しく削ぎ落とされた肉体、ハイヒール、意思を感じる瞳と真っ赤な唇。モデルたちは、常に堂々としており、挑発的な表情を浮かべている。私の思うヘルムート・ニュートンの写す女性たちは、他者に媚びず、自らの意思で人生を力強く歩んでゆく、現代的で自立した女性像だ。

 

David Lynch and Isabelle Rossellini, Los Angeles, 1988
© Foto Helmut Newton, Helmut Newton Estate Courtesy Helmut Newton Foundation

 しかし、称賛を受ける裏側で、かれの挑戦的な写真はしばし物議を醸し、「女性差別」「ポルノまがい」と批判されることも多かった。なかでも、劇中のアーカイヴ映像で、作家・批評家のスーザン・ソンタグが鋭くヘルムート・ニュートンを批判しているやりとりは強烈だ。

「あなたの写真は女性蔑視もいいとこよ。女性として不快だわ。かれ本人ではなく作品がね」ヘルムート・ニュートンが「私は女性が好きだ。何よりも好きだよ」というと、「女性差別をする男性は皆そう言うわ」と、すかさず彼女から厳しいことばが返ってくる。

 スーザン・ソンタグのこの発言は、いまや世界的な運動となっている#MeToo、さらには#KuTooや「デートDV」ということばがようやく浸透してきた現在だからこそ、私もひとりの女性として、その意味をよりいっそう深く考えさせられる。

 ヘルムート・ニュートンの女性観について、イザベラ・ロッセリーニはこのように分析をする。

「ヘルムートの写真は男性的なだけでなくもっと複雑よ。女性を性の対象としてあつかい、同時に女性に対して魅力と怒りを感じている。女性に惹かれながら、弱みを握られて腹をたてているの」と。

 

 世の中ではヘルムート・ニュートンの写真を批判する者もいるが、一概にそれだけが真実だとはいえない。劇中の写真のなかで、とりわけ印象に残った写真がある。

 それは、雲ひとつない美しい青空を背景に、ブロンドのショートヘアに真っ赤な口紅をひいた女性が、白いテーラードのジャケットをまとい、同系色のショーツをはき、左手に杖をついた写真である。彼女のまっすぐに伸びた長く脚があらわになり、黒のハイヒールが美しい右脚をさらに引きたてる。しかし、彼女の左脚には足首から太ももまで、まるで金属で作られたギプスのような、先の尖った金具が張りめぐらされているのだ。

 女性がハイヒールを履く姿はとても美しいが、同時に他者にみえないところでは、走ることもままならず常に痛みがともなうものでもある、というメッセージをもつ写真であると思う。この写真は現代の#KuTooにも充分に通じると感じた。女性の美しさとは、ときとしてみえない「痛み」とともにあることを、ヘルムート・ニュートンはこの写真で視覚化し、表現したかったのではないだろうか。

 

Charlotte Rampling © Pierre Nativel, LUPA FILM

 かれは多くの著名人との仕事のなかで、モデルを務めた人物にあたらしい発見や勇気を与えることもあった。

 シャーロット・ランプリングは28歳のとき、上半身裸のサスペンダー姿で、リリアーナ・カヴァーニ監督の『愛の嵐』(1974年)で主役のルチア役を熱演。ナチスの将校たちの前でドイツ語の歌を歌いあげるシーンは、いまでも名場面として語り継がれている。

 そんなシャーロット・ランプリングがヘルムート・ニュートンと出逢ったのは、ちょうど『愛の嵐』のあとのこと。

「ノール・ピニュホテルで撮影したヌードは、私の写真のなかでも最高傑作だと思う」と、彼女は当時を語る。二十代も後半にはいり、すこし反抗的な頃だったという。「私に近づかないで。干渉しないでよ。あなたは撮影、私はモデル。好きにさせて」という風に。ヘルムート・ニュートンは、そんな繊細で気難しかった彼女の胸に、撮影を通じて「ときめき」を与えた。

「突然イメージのもつ力に気づかされたの。ヘルムートがあのホテルで作りあげたイメージで、スタートを切ることができた。(中略)想像もしなかったイメージが生まれた。いまでは定着したけれど、当時は自分のイメージを模索していた時期だったの」と。

 高級ホテルのテーブルに腰掛け、振りむくように一点を鋭くみつめた写真。そこにはシャーロット・ランプリング自身のもつ気品や気高さ、意志の強さが、しっかりとおさめられている。一枚の写真を一緒に作りあげるとき、その写真がモデルとなる人物に発見や自信をもたらすことがあることを、あたらめて教えてくれる逸話である。

 

 茶目っ気があり、つねに読者の反応を楽しみにしていたという、ヘルムート・ニュートン。

 ヘルムート・ニュートンは本年2020年で生誕100周年を迎えた。かれは時代を先取りしたのではないかと思えるほど、いまみてもかれの写真は色褪せることなくあたらしい。どんなときも自身のスタイルを貫き、挑戦的な写真を、独自の美を、追求しつづけた。かれの写真は時代を越えて、私たちみる者につねに問いかけている。

「あなたは、この写真をみて、どうおもい、どう感じるのか?」と。


(text:藤野 みさき)




『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』
原題:HELMUT NEWTON THE BAD AND THE BEAUTIFUL
2020年/93分/カラー/1.78:1/ドイツ/英語・フランス語・ドイツ語

作品解説
2004年にロサンゼルスで自動車事故により不慮の死を遂げた後も、長く人々の記憶に残り続けている写真家のひとりだ。
1920年にドイツ・ベルリンに生まれ、映画やラジオなどの大衆文化が広まったワイマール文化の中で育ったニュートンは、50年代半ばから各国版の「ヴォーグ」誌をはじめとするファッション誌にユニークかつ衝撃的な作品を次々と発表。それまでの着せ替え人形のようなモードを見慣れていた読者に強烈なインパクトを与えた。だが、その作品は「ポルノまがい」「女性嫌悪主義」との議論も巻き起こし、「20世紀を最も騒がせた写真家」とも呼ばれた。
本作は2020年にニュートンの生誕100年を記念して制作されたドキュメンタリー(ニュートンは2020年10月31日生まれ)。
シャーロット・ランプリングやイザベラ・ロッセリーニ、ハンナ・シグラといった女優たちに加え、米国版「ヴォーグ」編集長のアナ・ウィンター、モデルのクラウディア・シファーらの貴重なインタビューを収録。さらに、ニュートンを鋭く批判した批評家スーザン・ソンタグとのTV討論のアーカイブ映像なども紹介する。稀代の才能の作品世界を、ニュートンにインスピレーションを与えた12人の女性たちの視点から捉え直した。

キャスト
監督:ゲロ・フォン・べーム

出演:
シャーロット・ランプリング
イザベラ・ロッセリーニ
グレイス・ジョーンズ
アナ・ウィンター
クラウディア・シファー
マリアンヌ・フェイスフル
ハンナ・シグラ
シルヴィア・ゴベル
ナジャ・アウアマン
アリヤ・トゥールラ
ジューン・ニュートン
スーザン・ソンタグ(アーカイブ出演)
カトリーヌ・ドヌーヴ(アーカイブ出演)
シガニー・ウィーバー(アーカイブ出演)
ヘルムート・ニュートン(アーカイブ出演)

配給:彩プロ

宣伝:プレイタイム

公式ホームページ
https://helmutnewton.ayapro.ne.jp

劇場情報
12月11日(金)よりBunkamuraル・シネマ、新宿ピカデリーほか全国順次公開

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期受講生。
映画のほかでは、美容・セルフネイル・自分磨き・お掃除・断捨離、洋服や靴を眺めることが趣味。F・W・ムルナウをはじめとする独表現主義映画・古典映画・ダグラス・サークなどのメロドラマを敬愛しています。
最近は月に一度の髪のスペシャルトリートメントに癒されています。

Twitter:cherrytree813

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