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2015年10月13日火曜日

映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』textくりた

「マックスとその亡霊たち」 


『マッドマックス 怒りのデス・ロード』の主人公であるマックスは、「フュリオサに比べるとちょっと目立たない」というイマイチな評判をしばしば目にします。しかしこの作品は非常に多くの観客に観られ、そして様々な考察がされる中で取りざたされている興味深い一説に「マックス精神病んでる説」があります。それを裏付ける主な着目ポイントとして「他人と目を合わせられない」「単語しか話さない」「同じ言葉を繰り返す」等々いくつか不自然な点が挙げられています。

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED


またその中でも最も分かりやすく、顕著な症状として幻覚・幻聴があります。主な幻覚として現れる少女はクレジットで“Glory the Child”となっているのですが、では彼女は一体何者なのか?何者なのかって、まぁご覧になった方はお分かりでしょうが、クライマックス前に「Come on Pa!(急いで!パパ!)」と呼びかけるので恐らくマックスの娘なのだろう、という事が分かります。

しかし彼女はそれより以前は、彼に向かって「マックス」と、呼びかけているのです。
観ている間その呼びかけの違いに違和感を感じていたので、これがどういうことを意味するかを考えていました。

先述にもある通り、マックスが精神を患った状態であるという考察は多いですし、きっとそれが正しい認識なのだろうと思います。その結果としてマックスは“Glory the Child”を始めとする過去に救えなかったであろう人物達の幻覚が見えているのですが、マックスはずっとその幻に責め立てられているのです。そして“Glory the Child”は出てくるたびに同じ台詞を繰り返しています。

「Where are you?(何処にいるの?)」「You promised to help us!(助けてくれるって約束したのに!)」と。

この2つの台詞はマックスにとってどんな意味があるのでしょうか?

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED

まず「Where are you?」ですが、これは物語の冒頭で「I am the one who runs from both the living and the dead.(生者からも死者からも逃げている)」とマックス自身が語っていたところを見ると、死者から「逃げている」という意識はすなわち、「死者が自分のことを探し回っている」、という妄想の表れだとも言えます。その妄想が「何処にいるの?」という幻聴として聞こえてきているのだろうと推察できます。

また、それらの症状はフュリオサ達と出会ってからは現れる回数が劇的に減っています(忙しくて幻覚を見てる暇すらないということもありますが!)。それは戦いを通してマックスが少しずつ癒され、精神が安定していっているであろう事を表しています。

それから後にフュリオサ達と別れ、荒野に1人で佇んでいるシーンでまたあの“Glory the Child”が現れ、そして再度「Where are you?」とマックスに囁きかけます。つまり、ここでフュリオサ達と共に歩むこと(戦うこと)から「逃げた」というマックスの自責の念が、やはり「Where are you?」という台詞に投影されているのだと考えられるのです。

また、その一方で「You promised to help us!」という台詞はさらに直接的に、マックスを責め立てる台詞ですがこれはまた別の重要な役割を果たす一文でもあります。

先ほどの別れのシーンにおいて繰り返されるその2つの台詞の他に、“Glory the Child”が泣きながら「Monny!」と呼びかける声が聞こえ、その直後に子供ではない女性の声で「You promised to help us!」という台詞が続きます。この2つの台詞の前後関係を考えると、「You promised to help us!」と言ったのは“Glory the Child”の母親、つまりはマックスの妻と考えることも出来るのです(妻かどうかはものすごい飛躍かも知れませんが)。

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED

おそらくですが、フュリオサ達と出会うそれ以前は幻覚に現れる少女が誰なのかマックス自身も分からなくなっていた、もしくは認識したくなかったのではないかと思うのです。それほどまでに心を病んでいたのではないかと。しかし、フュリオサ達と共に戦いながら癒され、立ち直りつつあったマックスはその時になって、ようやく“Glory the Child”が自分の娘だったという事を認識できた(思い出せた)のではないか?またその娘を、妻をも救うことが出来なかったことと向き合えたのではないかと思うのです。

だからこそ、先のシーンで“Glory the Child”の呼びかけが「マックス」から「パパ」へと変化したのではないでしょうか。

そこでようやくアイデンティティ(父親であり、夫であった自分)を取り戻した彼は、自らが今しなければならない事を改めて認識し、フュリオサ達のもとへ向かうシーンへと繋がっていくのです。かつて救えなかった人たちの面影を胸に、しかし二度と同じことは繰り返すまいと覚悟を決めたマックスは、その前夜にフュリオサに向かって「希望を持つな」と告げた時の彼とは明らかに違います。自分自身を取り戻した彼は、フュリオサに向かって「可能性にかけろ」と諭すのですから。

© 2014 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED

「もしかしたら駄目なのかも知れない」、それでもマックスは(恐らく)また以前のように、自分以外の人間のために、虐げられた人々のために命をかけることを選択するのです。それは真の英雄的行為、究極の自己犠牲の精神であるわけなのですが、しかし彼はそれをただ「人のためだから」と行っているわけではない筈です。その行為自体が、他ならぬマックス自身のためでもあるから戦っているのです。過去に助けを求めてきた人たち、自分の大切な人たちを守れず、1人生き残ってしまった自分と向き合えずに崩壊してしまった心。それを取り戻すことは、再び他人のために命をかけることでしか為し得ないのです。そうやって生きていくこと自体がマックスたる所以、それが彼のアイデンティティの根幹にあるのです。

こんなにも尊い行いを何も言わずに、見返りすら求めずに最後までやり遂げる男を観てこれが泣かずにいられますか?
もう正直言って涙しかないです!
そうやってまた繰り返し観てしまうのが『マッドマックス』なのです。

(text:くりた)

関連レビュー:
映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 【鉄と血と、怒れる女神の物語】text:くりた






『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

2015/アメリカ/120分

『マッドマックス』(1979)のシリーズ第4作。石油も水も尽きかけた世界。主人公は愛する家族を奪われ、本能だけで生きながらえている元・警官のマックス(トム・ハーディ)。荒野をさまようマックスは、資源を独占し恐怖と暴力で民衆を支配する凶悪なイモータン・ジョーに捕えられる。そこへジョーの右腕の女戦士フュリオサ(シャーリーズ・セロン)、配下の全身白塗り男ニュークスらが現れ、マックスはジョーへの反乱を企てる彼らと協力し、奴隷として捕われていた美女たちを連れ、決死の逃走を開始する。追いつめられた彼らは、自由と生き残りを賭け、決死の反撃を開始する!

出演
マックス:トム・ハーディ
フュリオサ:シャーリーズ・セロン
ニュークス:ニコラス・ホルト
イモータン・ジョー:ヒュー・キース=バーン
トースト:ゾーイ・クラビッツ

スタッフ
監督:ジョージ・ミラー
脚本:ジョージ・ミラー、ブレンダン・マッカーシー、ニコ・ラザリウス
撮影:ジョン・シール
美術:コリン・ギブソン
衣装:ジェニー・ビーバン
編集:マーガレット・シクセル
音楽:ジャンキー・XL
制作:ダグ・ミッチェル、ジョージ・ミラー、P・J・ボーデン
製作総指揮:イアイン・スミス、グレアム・バーグ、ブルース・バーマン

公式ホームページ:http://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuryroad/

blu-ray&DVDレンタル/発売日:2015年10月21日(水)

2015年7月3日金曜日

映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』text高橋 雄太

「バイオレンス駅馬車」


ゴダールは「男と女と自動車があれば映画ができる」と言ったという。
本作はそのテーゼを具現化した。しかも「目的地を目指す」と「追いかけっこ」という最も単純な形で。
男:マックス(トム・ハーディ)、ニュークス(ニコラス・ホルト)
女:フュリオサ(シャーリーズ・セロン)、妻たち
この男女の一団と、イモータン・ジョーなどの敵とが、追いかけっこをする。

アイアンマンが空を飛び、自動車がロボットにトランスフォームし、X-MENが超能力でバトルする21世紀。
生身の人間が改造車でカーチェイスするなど時代錯誤とも思える。
だが、単なる光の点にしか見えない弾丸やミサイル、光線を出すだけの超能力では、本作の迫力は得られない。
人が傷つけば血が出る。車がクラッシュすれば破片が飛び散り、砂煙が舞う。
『マッドマックス』では、そんな当たり前のことが画面狭しと繰り広げられる。
画面いっぱいに散乱するモノから、物質の体積や質量、materialとしての物質の存在感が伝わってくる。

おバカ映画、低IQと言うなかれ。
横と縦、近さと遠さの切り替えが、メリハリを生んでいる。
自動車の猛スピードの水平移動。そこにバイクがジャンプして爆弾投下。
さらに、棒飛び隊が上空で振り子運動する。
全編通じての横移動に、縦のアクションが加わるのだ。
クラッシュ時の目が飛び出る超クローズ・アップなど、過剰なまでの接近がある一方で、空撮による車列のロングショットもある。
遠近の視点で、状況説明と激しさを両立させている。

そしてシンプルさ。
冒頭に述べたように、乗り合わせた乗客が敵の追跡を振り切って目的地を目指すことが、本作のほぼ全て。
乗客に妊婦がいる。大切な荷物(本作では種子)を抱えている。
また、乗り物から乗り物へと飛び移る曲芸のようなアクションもある。
まるでジョン・フォードの『駅馬車』だ。
遠近の視点の使い分けも共通。
そこで、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を21世紀に生まれた「バイオレンス駅馬車」と勝手に認定しよう。

シンプル・イズ・ベスト度:★★★★★ 





『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

2015/アメリカ/120分

『マッドマックス』(1979)のシリーズ第4作。石油も水も尽きかけた世界。主人公は愛する家族を奪われ、本能だけで生きながらえている元・警官のマックス(トム・ハーディ)。荒野をさまようマックスは、資源を独占し恐怖と暴力で民衆を支配する凶悪なイモータン・ジョーに捕えられる。そこへジョーの右腕の女戦士フュリオサ(シャーリーズ・セロン)、配下の全身白塗り男ニュークスらが現れ、マックスはジョーへの反乱を企てる彼らと協力し、奴隷として捕われていた美女たちを連れ、決死の逃走を開始する。追いつめられた彼らは、自由と生き残りを賭け、決死の反撃を開始する!

出演
マックス:トム・ハーディ
フュリオサ:シャーリーズ・セロン
ニュークス:ニコラス・ホルト
イモータン・ジョー:ヒュー・キース=バーン
トースト:ゾーイ・クラビッツ

スタッフ
監督:ジョージ・ミラー
脚本:ジョージ・ミラー、ブレンダン・マッカーシー、ニコ・ラザリウス
撮影:ジョン・シール
美術:コリン・ギブソン
衣装:ジェニー・ビーバン
編集:マーガレット・シクセル
音楽:ジャンキー・XL
制作:ダグ・ミッチェル、ジョージ・ミラー、P・J・ボーデン
製作総指揮:イアイン・スミス、グレアム・バーグ、ブルース・バーマン

劇場情報:TOHOシネマズ、ユナイテッド・シネマ、MOVIX、ピカデリーの各劇場他にて絶賛公開中

2015年6月25日木曜日

映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』textくりた

「鉄と血と、怒れる女神の物語」 

※ネタバレしている箇所があります

Diorの広告塔としても有名なシャーリーズ・セロン。
177cmの長身にすらりとした長い手足、健康的な肌にブロンドヘア。 そして形の良いアーモンド型の目にはブルーグリーンの繊細な瞳がはまっている。 彼女の持つまばゆいばかりの美貌は人々を惹きつけ、魅了してありあまる。

 その彼女が美しい風貌をかなぐり捨てて、丸坊主&黒塗りヘッドの、片腕で挑んだ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。
本作でのシャーリーズ・セロンは「美しい風貌」を捨てているかもしれないが、それでもやはり彼女は美しく、神々しかった。
砂埃と血とオイルにまみれ、身も心も傷だらけになりながらデス・ロードを爆走する彼女のその姿は誰よりも気高く、そして誰にも支配されない戦いの女神さながらだ。
正直言ってマックス役のトム・ハーディの影も薄くなるほどの苛烈さで、一体どちらが主人公なのか観るものを惑わせる。
いや、どちらかというと彼女が演じるフュリオサこそ真の主人公だといって差し支えないのかもしれない。

 「マッドマックス」シリーズの主人公・マックスの象徴である黒の革ジャケットとソード・オフ・ショットガン、そしてインターセプターは確かにハーディ演じるマックスの持ち物であったが、ショットガンは不発、インターセプターはほとんどウォーボーイズの1人に乗り回されて最終的にはフュリオサが運転するウォータンクに押しつぶされて大破する。

  マックスがマックスとしての象徴を1つずつ取りこぼしていく(ジャケットだけは取り返すが)その一方で、シャーリーズ・セロンが演じるフュリオサはどうか?

 まずフュリオサ(Furiosa)という名前。 これはポルトガル語で「激怒する」等の意味合いがあり、原題の「Fury Road(フューリーロード)」とはまさに、彼女そのものを表しているかのようだ。
また『マッドマックス2』でメル・ギブソン演じるマックスは物語後半で左目を負傷するのだが、本作のクライマックスシーンではフュリオサが右目を負傷し、同じような傷を負っている(トム・ハーディ=マックスの顔面は無傷)。
これは監督であるジョージ・ミラーが意図的に彼女をメル・ギブソン=マックスの対となるキャラクターとして考え、真の意味での主人公として位置づけていると言っても良いのではないだろうか。

 フュリオサはボロボロになりながら老女ばかりの「鉄馬の女たち」を率い、イモータン・ジョーの5人の妻たちを守りながら「怒れる道(Fury Road)」をひた走る。
自らの命を燃やし尽くさんばかりのその勇姿は、イモータン・ジョーの焼印よりも強烈に、観る者たちの胸に深く刻み込まれるに違いない。

 そして忘れてはいけない「鉄馬の女たち」の戦い振りも鮮烈かつエモーショナルだ。 劇中ではあまりのスピードの速さに状況を把握するだけで精一杯だが、鑑賞後のクラクラした頭の中で、ひとつひとつ彼女たちの戦いや表情を思い返すと、ふいに胸が詰まるのを感じる。
観終わった後に泣けてくるなんてそんな映画はいまだかつてなかった。しかもこんなハイテンションのバイオレンス映画で涙する日がくるなんて一体誰が想像しただろう?

 ハイスピードのカーアクションにド派手なクラッシュ、異形のキャラクターが破壊の限りを尽くすだけのバイオレンス作品かと思いきや(確かにそれも見物だが)、決してそれだけではない。
奪われてばかりだった女たちが反旗を翻し、そして自分以外の誰かを守るために立ち上がるこの映画は、女神が人々を再生へと導く神話なのである。

シャーリーズ・セロンの女神度:★×MAX!!!!!
(text:くりた)

関連レビュー:
映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』text高橋 雄太
映画『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 「マックスの亡霊たち」textくりた




『マッドマックス 怒りのデス・ロード』

2015/アメリカ/120分

『マッドマックス』(1979)のシリーズ第4作。石油も水も尽きかけた世界。主人公は愛する家族を奪われ、本能だけで生きながらえている元・警官のマックス(トム・ハーディ)。荒野をさまようマックスは、資源を独占し恐怖と暴力で民衆を支配する凶悪なイモータン・ジョーに捕えられる。そこへジョーの右腕の女戦士フュリオサ(シャーリーズ・セロン)、配下の全身白塗り男ニュークスらが現れ、マックスはジョーへの反乱を企てる彼らと協力し、奴隷として捕われていた美女たちを連れ、決死の逃走を開始する。追いつめられた彼らは、自由と生き残りを賭け、決死の反撃を開始する!

出演
マックス:トム・ハーディ
フュリオサ:シャーリーズ・セロン
ニュークス:ニコラス・ホルト
イモータン・ジョー:ヒュー・キース=バーン
トースト:ゾーイ・クラビッツ

スタッフ
監督:ジョージ・ミラー
脚本:ジョージ・ミラー、ブレンダン・マッカーシー、ニコ・ラザリウス
撮影:ジョン・シール
美術:コリン・ギブソン
衣装:ジェニー・ビーバン
編集:マーガレット・シクセル
音楽:ジャンキー・XL
制作:ダグ・ミッチェル、ジョージ・ミラー、P・J・ボーデン
製作総指揮:イアイン・スミス、グレアム・バーグ、ブルース・バーマン

劇場情報:TOHOシネマズ、ユナイテッド・シネマ、MOVIX、ピカデリーの各劇場他にて絶賛公開中