2021年1月23日土曜日

映画『ミッドナイト・ファミリー』評text今泉 健

 「パワフル、タフ、生命力≠幸福」
 
© Family Ambulance Film LLC

 私営の救急車ビジネスという驚きドキュメンタリーがあると聞いて、すぐに思い浮かんだのは、アメリカンドラマ『サード・ウォッチ』。ニューヨーク市の救急隊員のドラマでした。タイトルの意味は「第3勤務シフト」、PM3時~11時が最も事件事故が多発する救急車が大忙しの時間帯ということです。放映の時期は9.11を挟んでいて、エンタメ故に家族はもちろん恋も友情もあるとはいえ3Kで安月給、精神衛生上も良くない時もある過酷な職場で、働く人の職業倫理が支えている体でした。
 人口900万人に45台未満の救急車しかないメキシコシティ。営利目的の私営の救急車をビジネスにしている人たちがいて、いわば、救急車版の白タク、決定的な社会インフラ不足社会のニッチな生業(なりわい)。オチョア一家は90年代末からこの仕事、アメリカのオクラホマから中古の救急車を買いました。医療崩壊どころか慢性的に不足が当たり前の異常な状態が放置されていることになります。主な登場人物は男性4人、若きハイティーンのオチョア家の当主的存在ホアン、朴訥な父フェル、やんちゃなホアンの9歳の弟ホセ、助手的なマヌエル・エルナンデスです。救命士の資格があるわけでもなく当然公的な許可もなく、主な稼働時間帯もサードウォッチの後半から深夜という文字通りのいわゆる「闇営業」。なのに料金表があったり、必要な装備の情報が入ったりで、行政から表向きではなくても事実上認められた必要悪的な商売と捉えられているのでしょう。

© Family Ambulance Film LLC

 撮影クルーはオチョア一家の救急車に6か月も同乗しているので、家族の視線からみたメキシコシティの状況が映されることになり、犯罪や暴力や汚職や賄賂やドラッグやネグレクトや様々な社会状況が垣間見えます。駆けつける現場の情報は車中で賄賂で確保した警察関係のネットワークからとりますが、地理的状況、自分たちの手に負える負えないとか、お金になるか判断を含めて、自分たちの家計状況、周囲との競争を加味して自然と取捨選択しているのでしょう。上手くいくいかないに関わらずAIでも到底無理なようなスピーディーにえらく高度な判断を要求されるような気がします。商売としての難しさは上手くいかなくても料金を請求しないといけないこと。安い公立病院は混んでいるし、通報される恐れもあるから、たぶん付き合いのある、(どうやら彼らに料金の立て替え払いをしてくれる)私立の病院に運ぶことが多く、時間がかかることもあるのでしょう。それが極限状態の「お客様」でも半ばクレームの不満な点になります。強みは、実際待っていても行政の救急車はまず来ないと言い切れること。なんとこの一家、職業倫理観を持っていて、この街には自分たちが必要という考えもあるから、お金を持っていなさそうな人も助けてボランティアみたいな仕事が続くこともあり、そうなれば途端に家計は逼迫するようです。もっとも、当然ながら同業者にはドライに割り切っている人たちもいて、悲しいことですが、オチョア一家の方が少数派なんだろうと思います。
 
 
© Family Ambulance Film LLC

 作品から社会問題が垣間見えはしますが、それを浮き出して、問題として捉えるというより、そこで懸命に生きる家族を追っています。まさにタイトル通りで、あくまで深夜帯の暗闇での必要悪的仕事を生業にする家族の物語です。訓練も受けていないのに、エグイけが人を見たら卒倒しないのかとか、けが人の血液を浴びて何らかの感染症にならないかとか、様々なギモンや懸念は浮かびますが、この一家、基本、なんかタフでパワフルで感心してしまいます。現場に向かったりする時はほんとに同業者と、病院に向かうときもカーチェイスしていて、これは迫力があって撮影クルーも命がけです。オチョア一家を取り巻く状況はどうみても厳しく余裕などなさそうで、心がくじけたら待っているのは自滅、でもホアンもカノジョと思われる人物とスマホで話している様子も映っていて将来なんか考えている雰囲気もあって、このあたりに生きる上での力強さ、逞しさ、生命力を感じます。目の前で起きていることが正しいだとか間違いだとかで頭がいっぱいになったり、将来を悲観して不安に思い悩んだりするのは、今、それなりに得ている満足があるからと改めて気づかされます。食べるのに汲汲として考える時間も余裕もなく、大して良かったあの頃という戻りたい昔もなければ、希望は未来にしかないから自ずと前だけを見て生きることになるのかしれません。ただし、それは幸福からはかけ離れ過ぎで、とてもあるべき姿とはいえないのも事実、そもそも本人達も現状が幸福とは思っていないでしょう。

 

 (text:今泉 健)



 

『ミッドナイト・ファミリー』
原題:Midnight Family
2019年/81分/カラー/アメリカ、メキシコ

サンダンス映画祭 米国ドキュメンタリー審査委員賞受賞

◉ あらすじ
メキシコ・シティには、人口 900 万人に対して公共の救急車が 45 台未満しかない。そのため、救急救命にあたる闇救急車の需要がある。オチョア家族も同業 の救急救命士らと競い合って急患の搬送にあたる私営救急隊だ。この熾烈なビ ジネスで生計を立てるため、オチョア家族は救助を求める患者から何とか日銭 を稼ごうと奮闘する。しかし、闇営業を取り締る名目で汚職警官に賄賂を要求 されるようになり、さらに家族は金銭的にも追い詰められていく。倫理的に疑 問視されるオチョア家族の稼業をヒューマニズムにあふれる視点で捉えつつ、 医療事情、行政機能の停滞、自己責任の複雑さといった差し迫った課題を描い たドキュメンタリー映画。

◉ キャスト
監督:ルーク・ローレンツェン
企画制作:ケレン・クイン、ルーク・ローレンツェン
プロデューサー:ダニエラ・アラトーレ、エレナ・フォルテス
撮影・編集:ルーク・ローレンツェン
共同編集:パロマ・ロペス・カリーリョ
編集協力:マリー・ランプソン
音響デザイン:マティアス・バルベリス
音楽:ロス・シャハトス

◉ 出演
ホアン・オチョア
フェル・オチョア
ホセ・オチョア
アンドレス・サンチェス

◉ 配給:MadeGood. Films

◉ 公式ホームページ

◉ 劇場情報
1月16日(土)より渋谷ユーロスペースにて上映中。他全国順次公開

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【執筆者プロフィール】

今泉 健:Takeshi Imaizumi

会社員 1966年生 東京在住 名古屋出身

映画好きが高じてNCW、上映者養成講座、シネマ・キャンプ等受講。青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了。映画館を作りたいという野望あり。


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