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2016年10月4日火曜日

【IFFJ2016特集】映画『キ&カ~彼女と彼~』評text佐藤 聖子

©Eros International

「♡3つのケーキ♡」


「ロマンスはゆっくり始まるものさ」
レタスを口に押し込みながら、思わせぶりに彼が言う。
しかし、言葉と裏腹に、彼と彼女は急速に近づいてゆく。

CEOを夢見て働く女性キアと、無職の年下男性カビール。
この映画は、そんな二人の恋愛娯楽作品として充分に楽しめる。キアが夢に向かって進む姿は爽快だし、有能な主夫として立ち回るカビールは愉快で微笑ましい。すれ違いやケンカも、ラブストーリーには欠かせないスパイスだ。

「キッチンは女人禁制」のシーンや、奥様たちとカビールの井戸端会議、機関車が走り回る部屋の内装など、笑いと遊び心にあふれている。
本作ポスター『Ki & Ka』の文字は、キアとカビールのイニシャルを仲良く並べてあるようで可愛らしい。

典型的ともいえる娯楽映画でありながら、この作品は社会的な顔を併せ持つ。
『キ&カ~彼女と彼~』(邦題)は、「彼女」と「彼」の順番が示すように、男女のイニシアティブ、ジェンダーや女性のキャリアデザインなど、恋愛や結婚において避けては通れない側面も描いている。
冒頭のシーン、友人の結婚披露宴でキアは言い放つ。
「親友の葬式なのよ!」

高学歴のカビールが働くことに意味を感じず「専業主婦だった母のようになりたい」と願う背景には、著名な実業家である父親と亡くなった母親の関係がある。
社会での肩書や成功を否定するカビールのセリフは辛辣だ。専業主婦の存在意義にも踏み込んでいる。
一方、父を事故で亡くし母子家庭で育ったキアには、彼女なりの想いがある。

働く女性が増えても彼女たちを支える存在が少ない社会で、働かない男性が認められにくい社会で、キアとカビールは愛する相手を通して様々な価値観に触れ、思いがけない自分の感情に出くわし、世界を広げてゆく。

影となり日向となり二人を支えるのが、同居しているキアの母親だ。キアとカビールが、時に諍いながらも「理想の自分」と「相手を応援し合う対等な関係」を実現させてゆく上で、この魅力的な女性の役割は大きい。
日本では「親との同居が夫婦の問題をややこしくする話」をよく耳にするが、キアの母親は二人を優しくしなやかに支えている。

恋愛映画でもあり、社会的な映画でもあるこの作品。個人的に、もう1つの要素を感じた。
聞きかじった程度のインド思想のイメージだが、主要人物に「トリ・グナ(3つの性質)」が重なって見えた。

野心を抱き出世の妨げになるものを排除して生きるキアはラジャス(活動)的、信念を持ちつつセグウェイでぶらぶらしているカビールはタマス(夢想)的、温和で聡明なキアの母親はサットヴァ(調和)的。
この3性質の均衡が崩れる時、創造が始まるという。
彼女たちの物語も、そこから始まっているように思う。

「3」という数字はこの映画の1つの鍵なのかも知れない。
キアとカビールとお母さん……それぞれの幸せ、キアとカビール二人の幸せ、家族三人にとっての幸せ。その象徴とも思える3つのケーキ。
味わってみて欲しい。
リキュールのきいた、甘くてほんのりビターな大人のマサラムービーだ。

(text:佐藤聖子)



『キ&カ ~彼女と彼~』
原題:Ki & Ka
2016/ インド/ 126分

作品解説
キャリア志向の女性と主夫志望の男性。その結婚が思わぬ展開に! 夫婦の役割を入れ替えたカップルの話だが、大胆でユニークな作品に定評のあるバールキー監督による驚きのひねりが物語を盛り上げる。演技派女優カリーナーと若手注目俳優アルジュンの、ふたりの「カプール」の好演も見逃せない。
飛行機で偶然出会ったキャリア志向の女性キアと「主夫」志望の男性カビール。二人は逆転夫婦として結婚。順調だった結婚生活は、カビールが「カリスマ主夫」として人気になったことから歯車が狂い始める。

キャスト
キア:カリーナー・カプール
カビール:アルジュン・カプール

スタッフ
監督:R.バールキー 

©Indian Film Festival Japan 2016

インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン2016(IFFJ2016)
日本未公開の最新インド映画を上映。インドと日本、両国の人々の交流と友好を深めることを目的とした映画祭。東京会場は、2016年10月7日(金)~10月21日(金)まで、ヒューマントラストシネマ渋谷にて開催。大阪会場は、2016年10月8日(土)~10月21日(金)まで、シネ・リーブル梅田にて開催。

開催期日/場所
東京:10月7日(金)~10月21日(金)/ ヒューマントラストシネマ渋谷
大阪:10月8日(土)~10月21日(金)/シネ・リーブル梅田

公式ホームページ
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/index.html

タイムテーブル
http://www.indianfilmfestivaljapan.com/schedule.html

©Indian Film Festival Japan 2016

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【執筆者プロフィール】

佐藤聖子 Seiko Sato 

福祉のお仕事を転々として、今は児童福祉施設の非常勤。時給が湿布代で飛んでゆくことに「人生」を感じている。
映画のような夢を見た朝の微睡みが好き。

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2016年9月24日土曜日

山形国際ドキュメンタリー映画祭 《映画批評ワークショップ体験記》 vol.3text佐藤 聖子

【その3】 映画との出逢い


「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー 
 ―山形in東京2016

9月17日から始まりました!
山形で上映されたすべての映画が上映されるわけではありませんが、見逃してしまった作品をできるだけいっぱい見たいです。
ドリームショーに合わせて、今回は、山形で見てきた映画を一部ご紹介。


1.『訪問、あるいは記憶、そして告白』(Visita ou Memórias e Confissões)
 監督:マノエル・ド・オリヴェイラ
開会式上映作品。
オリヴェイラ監督の自伝的映画。妻のマリア・イザベルに捧げられたこの作品は1982年に制作されたが、自身の死後に発表されるようシネマテーカ・ポルトゲーサに預けられていた。
「30余年もの間、眠っていた映画」である。この人が居たんだ、この映画を遺したんだ、と思う。
現在、オリヴェイラ監督の追悼特集が各地で上映されている。
http://jc3.jp/oliveira/ 


2.『桜の樹の下』(Under the Cherry Tree)
 監督:田中圭


初レビューを書かせていただいた作品。
田中監督は『ドキュメンタリーマガジンneoneo #06』に、この映画を撮るに至った背景を執筆されている。


3.『船が帰り着く時』(When the Boat Comes In)
 監督:キン・マウン・チョウ


ミャンマー南部の漁村で借金返済のために漁をする男とその家族。中心に妻を据えて描いている。
記録に対する大らかな誠実さ、とでも呼びたいものを感じる。 
質疑応答で、現在のミャンマーにおけるドキュメンタリー映画や表現の自由について質問させていただいた。2011年まではドキュメンタリーの制作が難しかったが、今は自由に表現できるとのこと。


4.『レバノン1949』(Lebanon 1949)+講談:宝井琴柑
 監督:ネーイフ・フーリー

 『レバノン内戦』(Lebanese Civil War)
 日本語版制作:パレスチナに連帯する日本人映画グループ、若松プロダクション

 『ベイルート PLO撤退からパレスチナ大虐殺まで』(Beirut 1982) 』
 製作:布川プロダクション

貴重な映像。二度と見られないかも知れない、と必死で見た。
『レバノン1949』は、こんな時代があったのかと驚きを感じるほど、長閑な家族の記録が延々と流れる。
3本を続けてみることで、レバノンの変遷が見えてくるかと思ったが、そこまで単純なものではなかった。
『レバノン内戦』では銃撃戦のさなかに、楽しそうに遊んでいた家族の映像が「取り戻せない過去」のように重なった。
一度始まってしまった戦いは、簡単に終結するものではないという恐怖を感じた。その間に、どれだけのものが破壊され、傷つくのだろう。
「紛争」や「戦争」は、映像の中で見慣れたものになっているが、「スクリーンは防波堤ではない」ことを考えた。


5.『太った牛の愚かな歩み』(Foolish Steps of a Fat Cow)
 監督:ガージ・アルクッツィ


同性愛者である監督のモノローグ。
「赦しを求める旅」の道程で、誰に何を赦されたいのかが少しずつ明らかになってゆく。パーソナルな作品だが、「罪」の背景に社会や宗教が見え隠れする。
監督は、「ライナスの毛布」のように優しい人だった。


6.『太陽の子』(Anak Araw)
 監督:ジム・ランベーラ

言語を通して描き出される文化的冒険ファンタジー(?)。他言語や他文化を知ろうとすることは一種の冒険である、という視点が興味深い。言葉が持つヒーロー性と、翻訳の際に失われる響きの存在を感じた。
世界の共通言語となっている英語や洗練された西洋文化へのアンビバレントな感情は自分にもあるなぁ、と思う。
英語の話せない私を励ましてくれたのも、この監督さんだった。


7.『三里塚に生きる』(The Wages of Resistance :Narita Stories)
 監督:大津幸四郎、代島治彦

©三里塚に生きる製作委員会

昨年見たドキュメンタリー映画の中で、個人的に一番印象深い作品。
英語のタイトルに「Resistance」とあるように政治的な映画かと思っていたが、私が見たものは「時間」と「人」だった。
次作『三里塚のイカロス』制作中とのこと。上映が待ち遠しい。


8.『たむろする男たち』(Standing Men)
 監督:マーヤ・アブドゥル=マラク


パリのとあるコールショップ(遠距離通話が割安でかけられる店)が舞台。そこに集う中東からの出稼ぎ労働者たちと、かつて監督の父親が家族に送った古い手紙によって作品が編まれてゆく。彼らと母国との距離は、物理的なものでありながら、また心情的なものであり、常に変動していると感じられた。
故郷を離れて暮らす者が抱く想いは、国、人種、文化、個人の体験に関わらず共感を誘うのかも知れない。
家族へ送る「庭のオリーブの木によろしく」というメッセージに、ぽろぽろと涙が出て自分でも驚いた。唯一、泣いてしまった作品。
(自分の記憶に自信がないので、もし映画の中にそのメッセージがなくてもご容赦ください)


9.『アスマハーンの耐えられない存在感』(The Unbearable Presence of Asmahan)
 監督:アッザ・エル=ハサン


1940年代エジプト映画でスターになった伝説的歌姫アスマハーンに、どうしようもなく惹かれる。この魅力があったからこそ彼女の存在感は厄介であり、タイトルの「耐えられない」まで膨れ上がったのだろう。上映後のトークで「人物崇拝をやめようという運動がアラブの春だという見方もある」と解説があった。
作品の所々に織り込まれた40年代の映画は、現代の厳格なアラブからは想像もつかない艶と華に満ちている。廃墟となった撮影所を案内する男が「あの頃のエジプトは本当に自由だった」と懐古する。これからのアラブはどうなってゆくのだろう……。


10.『マリア・サビーナ 女の霊』(Maria Sabina,Woman Spirit)
 監督:ニコラス・エチェバリア


メキシコ中部マサテコ族の女性マリア・サビーナは、幻覚作用のあるキノコを用いて儀礼を行う優れた治病シャーマンであった。この撮影から5年後に世を去った。世界のどこにもいない人が、記録の中で圧倒的な生命力を放つことに驚き、そして少し怖く感じた。この映画に彼女の魂が移ったと信じる人がいても不思議ではない。
「先住民の宗教とキリスト教の融合」に関しては、私が想像していた以上に自然なこと、逆にどう分離すればいいのかという次元まで一体化しているようであった。


11.『学校に行きたい』(A School of My Own)
 監督:ガルギ・セン


ヒマラヤ山脈のふもとで暮らす人々。親は子どもに教育を受けさせたいと願い、子どもたちも学校へ行きたいと願っている。貧しい生活の中に位置づけられた「学校」という存在は、彼らに知識だけではなく夢と誇りをもたらしているようであった。
日本には「学校に行きたくない」子どもたちがたくさんいること、教育が夢や誇りに結びつきにくいことを改めて考える。


12.『蛇の皮』(Snakeskin)
 監督:ダニエル・フイ


催眠的な導入だった。監督による静かなトーンのナレーションは語り部を思わせ、炎のゆらめきは太古の生物に見えた。シンガポールの歴史が、架空の存在や神話と交錯し、その幻想的な時空に今を生きる人々の顔が浮かび上がる。入り組んでいて分かりにくい部分もあったが、それを補って余りある見応えだった。
20代の監督が撮ったとは思えない作品。フイ監督は、センスと才能の塊みたいな人に見えた(しかも監督さんはモテモテとの噂だった。天は気前よくなれる人に対しては、二物どころか何物でも与えるようだ)。


13.『女たち、彼女たち』(Us women. Them women)
監督:フリア・ペッシェ


アートディレクターでもあるペッシェ監督による初の長編映画。5年の歳月を費やして完成を見た。描かれているのは監督自身が「自分の核」と呼ぶ家族の歴史である。9人の女性たちの命や想いが、緩やかに受け継がれていく。
『女たち、彼女たち』は、女性から生まれた全ての人の物語であり、命の記憶である。それらを繋ぐ臍帯のようなこの映画は、余韻まで美しかった。


ドキュメンタリー映画に浸る幸せ度:★★★★★
(text:佐藤聖子、
 画像提供:山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局)


関連レビュー:
*山形国際ドキュメンタリー映画祭 《映画批評ワークショップ体験記》 vol.1
text佐藤 聖子
http://kotocine.blogspot.jp/2015/11/vol1-text.html

*山形国際ドキュメンタリー映画祭 《映画批評ワークショップ体験記》 vol.2
text佐藤 聖子
http://kotocine.blogspot.jp/2016/02/vol2-text.html

*山形国際ドキュメンタリー映画祭2015訪問記」
text 高橋 雄太
http://kotocine.blogspot.jp/2015/10/2015text.html

劇場情報
「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー ―山形in東京2016」
9月17日(土)〜10月7日(金)に新宿K's cinemaにて開催中
公式ホームページ:http://cinematrix.jp/dds2016/

ヤマガタ映画批評ワークショップ
(2015年10月9日〜12日に山形まなび館にて既開催)
・今回で3度目の開催となる、ヤマガタ映画批評ワークショップ。山形国際ドキュメンタリーにて、映画祭というライブな環境に身を置きながら、映画についての思慮に富む文章を執筆し、ディスカッションを行うことを奨励するプロジェクト。
・応募して選考を通った若干名の参加者は、プロの映画批評家のアドバイスを受け、参加者が執筆した記事は、映画祭期間中に順次発表される。
※開催中にヤマガタ映画批評ワークショップの批評文がUPされた〈YIDFF live!〉
・参加者はこのプロセスを通じて、ドキュメンタリー映画をより深く、より広い視点から理解することを可能にする映画批評の役割について考察、実践することになる。
・今回は初の試みとして、国際交流基金アジアセンターと共催し、東南アジアからのワークショップ参加者を募る機会を設け、関連したシンポジウムも開催する。
・ワークショップの使用言語は英語・日本語で、講師となる批評家はクリス・フジワラ、北小路隆志、金子遊の各氏。


山形国際ドキュメンタリー映画祭2015
●2015年10月8日(木)〜15日(木)※既開催
公式ホームページ:http://www.yidff.jp/2015/2015.html

山形国際ドキュメンタリー映画際2017
2017年10月5日(木)〜12日(木)開催予定
公式ホームページ:http://www.yidff.jp/2017/2017.html

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【執筆者プロフィール】

 佐藤聖子 Seiko Satoh

福祉のお仕事を転々として、今は児童福祉施設の非常勤。時給が湿布代で飛んでゆくことに「人生」を感じている。
映画のような夢を見た朝の微睡みが好き。

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2016年2月10日水曜日

山形国際ドキュメンタリー映画祭 《映画批評ワークショップ体験記》 vol.2 text佐藤 聖子

【その2】 映画批評ワークショップ&山形まなび館


〈2015年10月9日〜10月12日 ワークショップ〉 映画、そして書く!
9日朝、山形まなび館にて、講師・参加者の顔合わせとオリエンテーションが行われました。

ワークショップ初の試みとして、国際交流基金アジアセンターと共催し、東南アジアからの参加者を募っており、タイ、フィリピンから3名の若手ライターが参加していました。
国際交流基金の方もいらして「ワークショップを通じてアジアの文化的交流を深める」ことについてのお話を伺いました。

講師のクリス・フジワラ先生は、映画祭の公式カタログでも論述しておられますが、西洋とアジアの映画批評の間に広がる断絶、英語以外の言語で執筆活動をしている者たちの言語的孤立について問題提起をされています(山形国際ドキュメンタリー映画祭2015公式カタログ114ページ参照)。

ワークショップを始めるに当たり、「世界に通用する映画批評をアジアから発信してゆく」という壮大なヴィジョンが語られる中、私は場違いなところへ来てしまったかも……と小さくなっておりました。そこへいきなり、
「佐藤さん、ワークショップの最終目標は?」
金子先生、ここで振ってきなさるなんて!
咄嗟に口から出たのは「みなさんが、どんなことを考えているのか知りたいです」
自分でもガーンとなってしまうような……まるで子どもみたいな返答です。

その時の自分は小さくなりながらも、色々な職種や関係者(山形市民の方も含めて)が、さまざまな形でこの映画祭に関わっていることに感じ入っていたのです。
「きっと、一人一人がそれぞれの文化を持っているんだろうな」という考えが勝手に膨らんで「グローバルな文化交流も、電車内で人とぶつかって会釈し合うのも、すべてが異なる文化に生きる人と人との交流みたい」と嬉しくなり、「人の数だけ文化がある不思議」に想いを馳せていたのです。
それがなぜか前述の発言となって出てしまったのでした(言い訳ですが事実です)。

海外からの参加者3人はクリス・フジワラ先生、大学生の女性2人は北小路先生がそれぞれ担当され、大学4年生の男性(仮称Aさん)と地元山形から参加されている女性(仮称Bさん)、私の3人は、金子先生に担当していただくことになっていました。3グループに分かれて別々の小部屋へ。

ワークショップは、「映画を見て文章を書く」それに尽きます。
1日1本以上の映画を見て、1000字前後の文章を書くのですが、どの映画を見るかは自由です。
結果、1日2時間のワークショップと、参加を指示されたプログラム以外は個人行動になります。それぞれが自分の選んだ映画を鑑賞し、文章を書き、提出します

「見たい映画と文章にできる映画は違うんだな。初心者には映画の選び方も大事な要素なんだ」と気づいたのは、ワークショップも終了してホッとした後のことでした。

さて「金子クラス」のメンバーです。
学生のAさんは、色々な文章を書いていらっしゃるようでした。
Bさんは、ほとんど書いたことがないとのこと。
私もほとんど書いたことがありません(昔、童話を少しばかり)。

ちなみに選考通過した理由について、バラしていいのか不明ですけれども。
Aさん「文章力があり内容もレベルが高い」
Bさん「ぜひ参加して欲しかったんですよね」
私  「佐藤さんは経歴。福祉やアラブね」
  ……得心がいくとはこういうことでしょうか。

そして、一人一人に対し、金子先生から指示がありました。
「Aくんは別枠」と、彼にだけ条件が課せられます。
誰かの言葉等の引用はなし。他作品との比較もなし。自分の言葉だけで書く。というような条件だったと思います(そもそも先生とAさんの会話の速度についてゆけません)。 

Bさんには、文章を書く上での基本的レクチャー。
「起承転結、それぞれ200字ずつ書けば800字になる。
 始まりは大事。印象的なフレーズで、続きを読みたいと思わせる。
 最後はなんか良いこと書いて、じーんと余韻が残るような終わりにすれば、  
 それでもう一本になるから」
ざっくりとしたご説明ではありますが非常に分かりやすく、文章を書く上での基礎の基礎を初めて教わった気がしました。

で、私は?
「とりあえず書いてみて」
  ……クールな金子先生なのでした。
「cool」はいやだな。「sharp」ならいいけど。by金子先生)

書き上げた原稿は夜中の12時までに、メールで金子先生に送付します(ホテルの部屋からはネットに繋げられないので、ロビーまで降りなければならず……)。
そして、翌日午前のワークショップで、先生から講評という名のダメ出しがあり、即行リライトです。それを最終稿として、その場で提出しなければなりません。
映画を見て、その日のうちに原稿を書くだけでも「ひょえー」となっていましたが、1時間程度でリライトするなんて!

「そもそも映画の感想文とレビューと批評の違いって何?」レベルの私には、自分の書いている文章がどういう種類のものかも、全く分かりませんでした。

午前のワークショップで原稿を提出した安堵に浸る暇もなく、午後から映画鑑賞&さらに書く!

このスピード感、若者ならいざ知らず、私にはめちゃくちゃハードです。
それが4日間続くのです。
「まるで虎の穴だよ〜」と思わずにはいられない濃厚な体験でした。

 ☆山形まなび館☆
 ワークショップ会場である「山形まなび館」は、もとは小学校だったところを地域に開放して色々な催しを行っています。
 海外からの参加者たちも、この会場のあちこちに興味を持ったようでした。


画像提供:山形まなび館

小学校時代の机や椅子が、そのまま置いてあり、懐かしくなって座ってみました。
小学生ってこんなに小さいんだ、と思いながら机の落書きを読んだり、教室の雰囲気を味わいました。
騒いで先生に叱られる子や、真面目にお掃除する子が、ここにもいたんだと思い浮かべていたら、こぼした牛乳を拭いた雑巾の臭いまで思いだされました。

画像提供:山形まなび館

現地から山形出身のお友だちにハガキを出しました。
東京に戻ったあと、お返事メールが来ました。
「今山形にいるの?
 三津屋っていうお蕎麦屋さんがおいしいですよ。
 山形まなび館は、私が出た小学校よ。
 観光施設になってるから、お暇があったらどうぞ。
 駅の近くすずらん街のホテルサンルートの前の路地あたりで私は産まれたの。石碑がたってる。(それはウソ)」

彼女の出身校と知らずに、そこでウンウン唸りながら数日間文章を書いていたことが、人生のちょっとした「おもしろご縁」に感じられました。
冬になると日直が地下からストーブに使う石炭を運んでいたとか、トイレの花子さん的怪談話があったとか、後から話を聞かせてもらいました。
2年後は、小学生だった頃の彼女の面影を探して、山形の街を歩いてみようと思います。

映画批評ワークショップ参加者がリライトを重ねて書いた最終原稿は、冊子になるとのことです。
私は『桜の樹の下』について書きました。冊子になった際にはご報告致します。お読みいただければ嬉しく存じます。

苦闘度またはスピー度:★★★★★
(text: 佐藤聖子)

関連レビュー:
*山形国際ドキュメンタリー映画祭 《映画批評ワークショップ体験記》 vol.1
text佐藤 聖子
http://kotocine.blogspot.jp/2015/11/vol1-text.html

*山形国際ドキュメンタリー映画祭2015訪問記」
text 高橋 雄太
http://kotocine.blogspot.jp/2015/10/2015text.html


ヤマガタ映画批評ワークショップ

●10月9日-12日 [場所]山形まなび館

今回で3度目の開催となる、ヤマガタ映画批評ワークショップ。山形国際ドキュメンタリーにて、映画祭というライブな環境に身を置きながら、映画についての思慮に富む文章を執筆し、ディスカッションを行うことを奨励するプロジェクト。
応募して選考を通った若干名の参加者は、プロの映画批評家のアドバイスを受け、参加者が執筆した記事は、映画祭期間中に順次発表される。
※開催中にヤマガタ映画批評ワークショップの批評文がUPされた〈YIDFF live!〉

参加者はこのプロセスを通じて、ドキュメンタリー映画をより深く、より広い視点から理解することを可能にする映画批評の役割について考察、実践することになる。

今回は初の試みとして、国際交流基金アジアセンターと共催し、東南アジアからのワークショップ参加者を募る機会を設け、関連したシンポジウムも開催する。

ワークショップの使用言語は英語・日本語で、講師となる批評家はクリス・フジワラ、北小路隆志、金子遊の各氏。


山形国際ドキュメンタリー映画祭2015
●10月8日(木)〜15日(木)
公式ホームページ:http://www.yidff.jp/home.html

山形まなび館
公式ホームページ:http://yamagatamanabikan.jp/

2015年11月4日水曜日

山形国際ドキュメンタリー映画祭 《映画批評ワークショップ体験記》vol.1 text佐藤 聖子

「2015ヤマガタ映画批評ワークショップ」に応募してみる


レビュー1つ書いたことのない自分。
年とともに膨れ上がる、新たなフィールドに入ってゆく怖さ。
心身ともにガタが来ている昨今、応募のハードルは高く見えました。

そもそもの発端は母なのだろう、と思います。世界中のあらゆる問題を、他人事ではないと感じる人でした。
母は「他人の痛みが分かる人になって欲しい」という願いを込めて私を育てたわけですが、私自身にも痛みがあること、簡単には知ることのできない深いところにも人の痛みがあること、それは誰からも教わらなかった気がします。

そのだいじな事実について、きちんと考えるようになったのは、ここ十数年くらいのことでしょうか。    
以来、様々な事象との向き合い方を模索してきました。

この世界に溢れる諸々のことがらは、知ることによって自分の問題となってしまうけれど、知らなければ何とかスルーしていられる、とでもいった感覚で過ごした時期もありました。 

けれど、いくら見ないようにしても、逃げ出そうとしても、余裕なんかなくても、つらいことはズカズカと自分の人生に踏み込んでくるものです。そんな当たり前のことが文字通り骨身にしみたのは、両親を相次いで亡くしたからかも知れません。

ALSの母とアルツハイマーの父。二人が同時に要介護状態になってからは、激流に翻弄される葉っぱのようにくるくると、方向感覚を失いながら生きていました。

宣告された余命よりほんの少し長く生きた母は、きれいに澄んだ秋の朝、まみえぬ人となりました。1年後の寒い日に、父もいなくなりました。

前回の山形国際ドキュメンタリー映画祭に観客として出かけて行ったのは、母の納骨の直後だったなぁ……と思い出しています。たまらない喪失感の中で見たドキュメンタリー映画には、それまで感じたことのない「光」のようなものがありました。希望とか、幸せとか、そんな言葉にできるものではなかったのですけれども、作品から、あるいは作り手から私への贈り物に思えたのです。

この贈り物をどうすればいいのだろう、そう思いながら2年が過ぎました。
たぶん誰かに渡してゆくものなのだと思いつつ、どう渡してゆけばいいのか分からずにいました。
終焉を迎えようとしている両親に、ビデオどころかカメラも向けられなかった私には、ドキュメンタリーとの関わり方が見えませんでした。

そこへワークショップの情報が入ってきました。

「これかもしれない……」

高いハードルなんて、どこにいる時でも、何をしている時でも、いくらでもあったよね。
まず応募しよう、そう思いました。

約1ヶ月後、山形行きの新幹線の中、心臓バクバクさせている自分がいたのでした。

(ワークショップ内容、海外からの参加者さん、監督さんたちについても、ぼちぼち書いてゆきますので、興味のあるところだけでも、お読みいただければと思います。)

山形国際ドキュメンタリー映画祭については、高橋雄太さんの体験記に詳細が書かれています(*)。

続く

ワークショップ応募チャレンジ度:★★★★★
(text:佐藤 聖子)

*関連レビュー:山形国際ドキュメンタリー映画祭2015訪問記」text 高橋 雄太
http://kotocine.blogspot.jp/2015/10/2015text.html


ヤマガタ映画批評ワークショップ

●10月9日-12日 [場所]山形まなび館

今回で3度目の開催となる、ヤマガタ映画批評ワークショップ。山形国際ドキュメンタリーにて、映画祭というライブな環境に身を置きながら、映画についての思慮に富む文章を執筆し、ディスカッションを行うことを奨励するプロジェクト。
応募して選考を通った若干名の参加者は、プロの映画批評家のアドバイスを受け、参加者が執筆した記事は、映画祭期間中に順次発表される。
※開催中にヤマガタ映画批評ワークショップの批評文がUPされた〈YIDFF live!〉

参加者はこのプロセスを通じて、ドキュメンタリー映画をより深く、より広い視点から理解することを可能にする映画批評の役割について考察、実践することになる。

今回は初の試みとして、国際交流基金アジアセンターと共催し、東南アジアからのワークショップ参加者を募る機会を設け、関連したシンポジウムも開催された。

ワークショップの使用言語は英語・日本語で、講師となる批評家はクリス・フジワラ、北小路隆志、金子遊の各氏。



山形国際ドキュメンタリー映画祭2015
●10月8日(木)〜15日(木)
公式ホームページ:http://www.yidff.jp/home.html