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2015年12月22日火曜日

第16回東京フィルメックス《特集上映》『ヴィザージュ』レビュー text 井河澤 智子


「6年寝かせたレビューと、極私的解説」


2009/11/24 初稿
2015/12/10 大幅改稿

 まず感じたのは、「これが最後の作品になるかもしれない」という懸念であった。
 ツァイ・ミンリャン監督の作品には「水浸し」「性への渇望」「死者の存在」などのモチーフが通奏低音の如く響いているのだが、今回はそこに「自らへのオマージュ」らしきものを感じてしまったのだ。
『青春神話』に見られる、家じゅう水浸しになる場面。
『Hole』『西瓜』『黒い眼のオペラ』に見られる、唐突に挟まるミュージカルシーン。
『河』に見られる、同性愛の(えらく具体的な)描写。
『ふたつの時、ふたりの時間』に見られる、窓をガムテープで塞ぐ場面、パリの公園の場面。また、トリュフォーへの傾倒。ここで『大人は判ってくれない』が引用されているが、トリュフォーが「アントワーヌ」という役名でジャン=ピエール・レオーを主演に製作した「ドワネルもの」と呼ばれる一連の作品群と、ツァイ・ミンリャンがリー・カンションを主演に撮影した作品(「シャオカンもの」、と仮に呼ぶ)は、一人の俳優の成長を、長いスパンでフィルムに収める、という大きな共通点がある。

 そして、(『楽日』を遺作に鬼籍に入った、父親役のミャオ・ティエン以外)それまで出演していた俳優が総動員される。映画そのものが、例えるならフェリーニの『8 1/2』のラストシーン——いや、あのように「人生は祭りだ」などと吹っ切れたような祝祭感は全く感じられないが——そのように感じてしまうものであった。

 さらに、「家族の映画」としての側面もあったこの一連の「シャオカンもの」、『ふたつの時、ふたりの時間』では父親が亡くなるが、この『ヴィザージュ』では母親が亡くなってしまう。
 監督はもう撮らないのではないか、という懸念を抱いても仕方あるまい。

 水道管が壊れ、水浸しになった台北のシャオカンの自室(これもまた『青春神話』からほとんどレイアウトが変わっていない)。部屋から溢れた水はパリへと流れ、導かれるように『ヴィザージュ』は始まってゆく。
 シャオカンはいつしか「シャオカン(カンちゃん)」から「カンさん」と呼ばれる映画監督となり、「アントワーヌ」という名のフランス俳優を主演に迎え映画を撮影しようとしている。アントワーヌを演じるのがジャン=ピエール・レオー。アントワーヌの行動に振り回されるプロデューサーを演ずるのは、晩年のトリュフォーのパートナーであったファニー・アルダン。
『ふたつの時、ふたりの時間』において『大人は判ってくれない』を初めて観た青年が、セールスマン、路上の時計売りを経てAV男優として映像の世界に入り(『西瓜』)、そこで得た映像の経験を糧に映画監督となったのかもしれない、と想像すると少し楽しい。
 ツァイ監督はさぞ嬉しかったのではないか。 
 自らの分身リー・カンションが、ジャン=ピエール・レオーと一枚の絵に収まるということが。
 ほぼ一方的に映画について喋るレオーの言葉を、固有名詞を拾いながら、じっと聞くリー・カンション。この絵が撮りたかったのではないか。
 明らかに作り物の冬景色の中、この場面は非常に美しい。

 しかし、ここで一つの懸念を覚えてしまった。
 アントワーヌを演じるジャン=ピエール・レオーの、まるで幼児のような言動は、演技なのか、それとも素の姿なのか?
 演技なのだとすると流石と舌を巻くしかないが、その素顔がほとんど報じられることがなく、稀に風の便りがあったと思うと「つきっきりで世話をされていた」というような若干心配になるようなもので、正直言って筆者の感想は「このヨイヨイを撮るとは監督も随分と残酷なことしなさる」というものであった。
 精神的に不安定な時期もあった、と聞くが、現在は大丈夫なのか。コンスタントに映画には出ているようだが、筆者は追い切れていなかった。

 さて、カン監督がどのような題材で映画を撮ろうとしているのか、当初ははっきりとは明かされない。
 林の中に鏡が何本も立てられたセットは、まるでルネ・マグリットの「白紙委任状」(http://www.renemagritte.org/le-blanc-seing.jsp)が冬景色となったようだ。カン監督とアントワーヌの支離滅裂な会話で言及される映画のタイトルは、オーソン・ウェルズ『上海から来た女』である。アントワーヌはこの鏡の場面と、『上海から来た女』のラストシーンを重ね合わせたのではないか。また、アントワーヌの役柄は「王」であること、そして舞台は冬であること、それ以外の情報はほとんどない。
 メイクのプランを練るシーンでも、カン監督は「半透明な冷たさを出したい」と、女優の顔に空き缶やら氷やらを押しつける。ここでも具体的な話は出ない。
 このカン監督、ちっとも監督らしい顔をしない。女優の長すぎる衣装の裾を抱えて右往左往したりしている。

 しかしこのあたりでやっと「なにを撮ろうとしているのか」がぼんやりと見えてくる。女優がカン監督に向かって「サロメ」のセリフをつぶやく。サロメが洗礼者ヨハネに向けて語っているかの如く。いつしかカン監督はサロメがその首を欲しがるほどに愛しい洗礼者ヨハネに同一視される。されるがままカン監督が女優に弄ばれる、日本語でいえば俎板の鯉、フランスではなんというのだろうか。家畜がなす術もなく枝肉となってぶら下げられるようなシーンがツァイ監督お得意の長回しで映し出される。あたかも首を切られた洗礼者ヨハネ、それに愛しげに口づけするサロメ、といった体で。丁度レヴィ・デュルメルの絵画「サロメ」と構図がほぼ一致していたので、ご興味のある方はお調べいただきたい。
 とするならば、アントワーヌが演ずるのは「ヘロデ王」である。

 そして、アントワーヌとプロデューサー――あるいは、ジャン=ピエール・レオーとファニー・アルダン——二人の場面。ともにトリュフォーに愛された者同士が、「どこかで会ったような気がする」という。役柄と私生活が曖昧になる場面である。
 アントワーヌは鏡に口紅でメモを残して消える。「君を愛することはできない、僕は去る。」と。彼らはトリュフォーという存在を「奪い合う」間柄なのかもしれない、と深読みもできる。かつて自分を愛した人間が、後に別の人間を愛したという喪失感。
―—そういえば、トリュフォーの描くアントワーヌは、常に愛を欲し、愛に向かって駆けずり回るような青年だった——

 唐突に場面は切り替わる。ルーブル美術館、レオナルド・ダ・ヴィンチが展示された部屋。まさに「洗礼者ヨハネ」の絵画の真下、大理石の壁面がゴトッと外れる。そこから現れたのはヘロデ王の衣装を纏ったアントワーヌ。彼はその場を立ち去る。
 ここではじめて、観客は「舞台はルーブル美術館だったのだ」と気付く。

  実はこの映画はルーブル美術館の依頼によって製作された映画なのだという。
 しかし撮影はほとんど配管部分や下水管などで行われており、外の場面はルーブルの西に隣接するテュイルリー公園かと思われる。明らかに「ルーブル美術館です」とわかる場面はラスト5分やそこらであった。なんという壮大な無駄遣い。
 たとえルーブル美術館からの依頼でも、撮りたいものしか撮らないツァイ監督なのであった。

『ふたつの時、ふたりの時間』ではカメオ出演であったジャン=ピエール・レオーと本格的に組むことが出来て、さらにトリュフォーのパートナーであったファニー・アルダンの援護も得て、ツァイ監督は本懐を遂げてしまったのではないか。『ヴィザージュ』で台北を訪れたファニー・アルダンが、カンの部屋でトリュフォーの顔写真と「再会」する場面には落涙を禁じ得ない。ここに、ツァイ・ミンリャンのモチーフ「死者の存在」を見ることが出来る。(また、亡くなったカンの母親が旅立つ直前に共にリンゴを食べるのも、ファニー・アルダンである。)
 やはり、ツァイ・ミンリャンは撮りたいものを撮り切ってしまったのではないだろうか。

 また、ジャン=ピエール・レオーの健康状態(諸々の意味で)に関する筆者の要らぬ懸念は、『ヴィザージュ』初見から5年後の2014年秋、有楽町角川シネマにて開催された「没後30年 フランソワ・トリュフォー映画祭」において初来日した彼の舞台挨拶を観て、すっかり解消されることとなる。彼は、明晰に、茶目っ気たっぷりに思い出を語り、共に仕事をしてきた監督たちを語り、「Voila ! 」となんども楽しげに口にする、堂々たる名優であった。

2009年公開の『ヴィザージュ』の後、ツァイ監督は劇場映画を長らく撮影しなかった。

2013年。『郊遊 ピクニック』が公開され、監督は引退を宣言した。

2014年。新作『西遊』が東京フィルメックスで公開。

2015年。最新作『あの日の午後』が東京フィルメックスで公開。
また、劇場映画を撮影していなかった時期に撮っていた実験的な映像を含めた特集上映が行われる。

 引退宣言はどこへやら、とほっとしている。ツァイ監督、まだまだ撮りそうである。

唐突なマチュー・アマルリックに吹き出した度:★★★★☆
(再見時に気付いたけど何故あの役?)

(text:井河澤 智子)

『ヴィザージュ』(原題:臉)

フランス、台湾、ベルギー、オランダ / 2009 / 141分

作品解説

ツァイ・ミンリャン監督がヌーベルヴァーグの名匠フランソワ・トリュフォーにオマージュを捧げた作品。台湾人監督(リー・カンション)が、ルーヴル美術館を舞台に「サロメ」をモチーフにして映画を撮ろうとする。主人公を取り巻く撮影時に起こる様々な出来事が、夢幻的な世界観で描かれていく。第10回東京フィルメックス(2009)のオープニング作品であ理、日本劇場未公開作品。

出演者

リー・カンション
ジャン=ピエール・レオ
ファニー・アルダン
ジャンヌ・モロー

スタッフ

監督:ツァイ・ミンリャン 
配給:ユーロスペース

第16回 東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催(会期終了)。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

公式ホームページ


特集上映 ツァイ・ミンリャン

『郊遊 ピクニック』(2013)で、長編映画の製作からの突然の引退を宣言してファンを驚かせたツァイ・ミンリャン監督。世界に衝撃を与えたデビュー作『青春神話』(1992)とキャリア初期の傑作に加え、日本での劇場未公開作品『ヴィザージュ』(2009)、および日本初上映の短編作品などが上映された。


2015年12月8日火曜日

第16回東京フィルメックス《特別招待作品》 映画『昼も夜も』レビュー text加賀谷 健

「昼も夜も~その一点のまがまがしさによって~」


今、一人の青年が両腕を左右へ大きく広げながら自転車をこいでいる。青年の名は良介。彼は、心の中で誰かに呼びかけている。それが誰へのものなのか、我々観客には全く想像もつかない。だが、その青年を演じる瀬戸康史が驚くべき「美声」と言い知れぬ「存在感」を兼ね備えている事は確かである。

 実際、亡くなった父親の後を継いだという中古車店の経営者としての瀬戸は、説得力がないようでいて妙な説得力のある姿で画面にちゃんとおさまっているのだ。そこには、彼をただ「イケメン」にはとどめておかない何かがある。おそらくそれは、瀬戸康史という役者の徹底して透明な表情の演技によるものなのだろう。

 ある日、中古車店に一台の赤い車が乗りつけ、しおりという名の女が置き去りにされる。バスの本数が少ない事を知ったしおりは、1000円の手付金で強引に一台の中古車に乗り込み、勝手にその中で眠り始めてしまう。初めは無視していた良介であったが、段々と放っておけなくなり、その晩、彼女を車で送っていくことにする。車内でしおりは、昔死んだ犬の話を始める。良介は、聞いているのか聞いていないのか、まるで時が止まったかのように一点を見つめている。その時の彼の表情の素晴らしさは言うまでもない。それは、無表情故の「豊かさ」である。二人の間には、何か不思議な繋がりが出来始めている。この中編は、監督自身が語る通り、「小さなロマンティックな話」なのだろうか。
 
 映画の後半で二人は車で海へ行く。ここでも良介は見事な表情をしてみせるのだが、それを断ち切るかのような「2014.3.11」の字幕が海のショットを前にして挿入される。劇中、しおりの「腐った魚の匂い」という呟きを何度も耳にしていた我々は、ここにきてやっと全てを理解することになる。
 良介としおりは、無言の内に「震災」の想いを共有する。雨が激しく車を打ちつける。外の世界の現状は未だ厳しいままなのだ。しおりは姿を消し、良介は車を売り払う。

 3ヶ月後、良介のもとにしおりから電話がかかってくる。彼女は自転車で日本中を回っているという。「呼びかけ」が届いた良介は、今は幸せだと返す。映画は、このまま瀬戸の「美声」とともに文字通り美しい終幕を迎えるかにみえる。だが、エンド・ロールの後、黒みの画面に響き渡るのは、ヘリコプターのまがまがしい音、ただそれだけである。「映画はキレイに終わりすぎてはいけない」、そう語る塩田明彦は、やはりどこまでも「残酷な」映画作家であった。

作家の残酷度:★★★★☆
(text:加賀谷 健)


11/24 有楽町朝日ホールで行われた『約束』『昼も夜も』塩田明彦監督Q&A


『昼も夜も』

日本 / 2014 / 69分

作品解説

塩田明彦監督がウェブサイトのために監督した2本の短編の内の一編。第16回東京フィルメックスでスクリーン上映され、もう1本の『約束』(日本 / 2011 / 15分)も同時上映された。
両作品を作るにあたり、ラフな脚本を元に少しづつ肉付けしてゆくという自主映画時代の方法論を適用したという塩田明彦監督の、原点回帰とも言える作品である。

出演

良介:瀬戸康史
しおり:吉永淳


スタッフ

監督:塩田明彦

第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催(会期終了)。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス作品。

公式ホームページ

http://filmex.net/2015/


2015年12月4日金曜日

第16回東京フィルメックス《コンペティション作品》 映画『タルロ』 text 高橋 雄太

揺らぐ「私」


「私」とは誰か。
そう問われた人は、「私は私。自分のことくらいわかっている」と思うかもしれない。だが「私」とはそれほど確固とした存在だろうか。映画『タルロ』を観た後、私は「私」への不安に襲われた。

本作の主人公、本名はタルロ、通称「三つ編み」。男性、おそらく四十代、名が示すとおり髪は三つ編み、チベットの羊飼い、国籍は中華人民共和国。彼は警察に身分証(identity document:ID)の作成をすすめられ、それに必要な写真を撮る際、理髪店の女性と親しくなる。人里離れた放牧地から彼女の元へ通い、町の生活を経験する。二人はお金を貯め、遠い場所へ行くことを誓い合う。

自分が自分であることを証明する身分証を持っていないタルロだが、自分が何者かは知っている。名を尋ねられれば「三つ編み」と答える。抜群の記憶力で羊の数も特徴も覚えており、『毛沢東語録』の一節を暗誦する。身体的特徴、羊飼いとして必要な情報、過去に学んだものの記憶。身分証はなくとも、これまで生きてきた時間に基づくアイデンティティを持っているのだ。
彼は女性との出会いにカルチャーショックを受ける。女性にも関わらず短い髪、女性の喫煙、カラオケ・バー、ヒップホップのライブ。チベットの伝統の中で生きてきたであろうタルロは、現代の文化に戸惑う。また、町の看板にはチベットの文字と漢字が併記され、派出所には「POLICE」というアルファベットまで記載されている。タルロもチベット語で会話をし、『毛沢東語録』は中国語で暗誦する。
すなわち、時間、言語、文化、多くの面でタルロと現代との間にはギャップが存在しており、彼はそれに対応していくことになる。羊飼いの恋歌をカラオケで唄い、女性のなすがままに三つ編みからスキンヘッドになってしまう。そして彼は自分を見失う。ファムファタルに惑わされる男という個人の中に、伝統と現代との軋轢、チベットと中国との摩擦という、大きな問題も見えてくる。

彼の不安定さには一つのテクノロジーが関わっている。カメラである。
本作はモノクロ、固定ショット、長回しで構成された作品である。冒頭の派出所では、固定ショットの左側にタルロ、右側に所長が配置され、二人は向かい合い、なごやかな雰囲気で会話をする。理髪店では鏡越しにタルロと女は見つめ合い、親密になる。ワンシーン=ワンショットの長時間にわたって交わされる視線が、人と人とを近づける。
しかし、人間とは別の視線=カメラの視線がタルロの存在を揺るがしていく。序盤、彼は写真撮影のために写真屋を訪れ、カメラの前に座る。映画のカメラと写真屋のカメラとが一致しているかのような正面からの固定ショット。所長や女性とは画面内で見つめ合っていたタルロであるが、ここでは画面内に孤立し、かつ見つめられる存在になる。写真屋に洗髪をすすめられたことで、理髪店の女性と出会い、前述の関係が始まる。羊飼いとして暮らすことの証拠とも言える砂埃や汗、彼のアイデンティティを示すものを洗い流すとき、ファムファタルと現代の文化が彼を襲う。
写真撮影の直前、バストショットのタルロに、画面外からの声が「帽子を取れ、髪を整えろ、カバンを下ろせ、上着を脱げ」と指示を与える。画面内のタルロはそれに従う。チベットの羊飼いタルロが、中国の国民へと矯正=強制される過程の長回しである。カメラにより魂を抜かれるという言い伝えが現実になったかのように、彼は写真撮影により自分を失い始めるのだ。すなわち撮影は一種の殺人であり、カメラは凶器、「殺人カメラ」とすら言える。
さらに、写真屋でタルロの先客の夫婦は、伝統衣装を着込み、写真のプリントされた幕を背景にして記念写真の撮影中である。その背景は、ラサ、北京の天安門、ニューヨークの摩天楼と変化していく。写真屋の「パッとしない」との意見のままに夫婦は伝統衣装から洋服に着替えるが、やはり「パッとしない」らしい。夫婦は、背景の変化により世界をたらい回しにされ、着替えを繰り返す。二人は、新婚の喜びに輝いているわけではなく、不安定な世界に投げ込まれたことに戸惑っているようである。また、ニューヨークの背景の右隅には2001年に崩壊したツインタワーが写っている。不安定な世界を象徴しているように。
ショット同士の対照にも不安定は現れている。「三つ編み」という名のタルロが坊主頭になったとき、皮肉にも三つ編みだった頃の写真付きIDが出来上がる。所長らは外見が違いすぎるとして、写真を撮りなおすようタルロに告げる。名前の由来である三つ編みを失い、自分を証明するはずのIDが自分を証明しない。このときタルロは自分が善人か悪人かもわからなくなり、自慢の記憶力すら薄らぎ始める。
ID受け取りのシーンは、冒頭の派出所のシーンの鏡像である。つまり冒頭シーンとは左右反転しており、右側にタルロ、左側に所長の配置で、二人は向かい合う。派出所を舞台にした二つのショットは、「殺人カメラ」に殺される前後の世界、相容れない異次元の世界を示しているのだ。固定ショットでは視界は揺れず、被写体を安定して納めることができるはず。だが、その安定から不安定が発生し、「私」は揺らいでいく。
もう一度問う。「私」とは誰か。本作で「私」という存在への不安を観た後、この疑問を無視できるだろうか。

私は誰?度:★★★★★
(text:高橋 雄太)

『タルロ』(Tharlo / 塔洛)

2015/中国 /123分

作品解説

『オールド・ドッグ』で第12回東京フィルメックスグランプリに輝いたペマツェテン監督の最新作。現代文明と伝統文化の相違に引き裂かれてゆくチベットの遊牧民をユーモアとほろ苦さを交えて描く。長回しの撮影と大胆な構図が強烈なインパクトを与える力作である。

スタッフ

監督:ペマツェテン(Pema Tseden)

第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス作品。

公式ホームページ


2015年11月30日月曜日

第16回東京フィルメックス 特集上映《ツァイ・ミンリャン特集》上映前舞台挨拶 レポート text 井河澤 智子

2015年11月28日、有楽町スバル座。
第16回東京フィルメックス《ツァイ・ミンリャン特集上映》の幕が上がった。

オープニングを飾るのは、ツァイ・ミンリャン監督(以下、ツァイ監督)劇場映画デビュー作『青春神話』(1992)。
上映に先立ち、ツァイ監督と、彼の「分身」ともいうべき俳優リー・カンション氏(以下、リー氏)が舞台挨拶を行った。

写真左より、ツァイ・ミンリャン監督とリー・カンション氏

ツァイ監督:

皆さんこんにちは。
時間がたつのは本当に早いもので、わたしがこの映画を皆さんにお見せしたのは1992年か93年のことでした。
それから東京に来るご縁ができました。
……僕たち、見た目は(公開当時に比べて)そんなに歳を取ったとは思っていないんですけど……。


(会場からあたたかな笑いが)


リー氏:

 この作品は、僕とツァイ監督が初めて仕事をした作品です。
その時の東京国際映画祭で銅賞をいただくことが出来たのを覚えています。
(第6回東京国際映画祭ヤングシネマ1993コンペティション部門 東京ブロンズ賞受賞)
また今回ご縁があって、ツァイ監督の特集上映を開くことができて、とても嬉しく思っています。
皆さん、22年前の、若い頃の僕の姿をご覧頂けると思います。気に入ってくださるといいなと思います。


22年前の作品である、ということで、
「『青春神話』を初めて見るという人」という呼びかけに多数の挙手が。


ツァイ監督:

1992年には、まだ生まれていない人もいるかもしれませんね。
『郊遊 ピクニック』(2013)を撮ってから、ありがたいことに、僕の映画を観る若い人たちが増えてきました。
当時の客層を考えると、若い人が僕の作品を観て、キャッチアップしてくれることは、とても嬉しいことです。


さらにツァイ監督は、2003年製作の短編『歩道橋』が修復される計画を明かし、自分の作品が埋もれることなく、蘇った姿で観てもらえることはとても嬉しいことである、と語った。

この日の朝、有楽町朝日ホールにおいて、最新作『あの日の午後』が上映されたツァイ監督。ツァイ監督とリー氏が延々語り合う、淡々とした、しかし濃密な時間の流れる作品であった。
Q&Aでは、現在、リー氏の体調が思わしくない(1997年公開の『河』の撮影時期、リー氏は首の調子が極めて悪かったということであるが、その頃と同じくらい首の調子が悪い)ということが語られた。
そして、同日の午後上映された『青春神話』において、リー氏は鬱屈した、内に秘めた暴力性をもてあます少年そのものであった。私たちは、同じ日に同じ俳優の22年間を観たことになる。しかし、先ほど舞台に登壇していたリー氏の、貫禄と儚さを同時に纏うような独特の雰囲気は、当時も今もほとんど……それこそ監督が言ったように「変わっていない」ものであり、そしてこれからも変わることがないであろう、と感じさせられた。
近年、ツァイ監督も体調が思わしくないと伝えられていたが、今は肌ツヤも良く元気そのもの。リー氏の体調の早い回復を祈るとともに、お二人でこれからも素晴らしい作品を製作していただきたいと、心から願う次第である。

ツァイ・ミンリャン監督特集上映は11月28日~12月4日、有楽町スバル座で行われる。

(text、写真:井河澤 智子)

関連レビュー:

第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

公式ホームページ

特集上映 ツァイ・ミンリャン

『郊遊 ピクニック』(2013)で、長編映画の製作からの突然の引退を宣言してファンを驚かせたツァイ・ミンリャン監督。
世界に衝撃を与えたデビュー作『青春神話』(1992)とキャリア初期の傑作に加え、日本での劇場未公開作品『ヴィザージュ』(2009)、および日本初上映の短編作品などを上映。
ツァイ・ミンリャン監督作品の魅力にどっぷりハマりましょう!
※チケット発売方法が他プログラムと異なりますのでご注意下さい。

「特集上映:ツァイ・ミンリャン」は開催日程、会場、チケット発売方法が他と異なります。
会期:11/28(土)〜12/4(金) 各日2回上映
会期:有楽町スバル座
チケット発売方法:前売券は劇場窓口での取り扱いのみ(有楽町スバル座、有楽町朝日ホール)
※ticket boardでの取り扱いはございません。(公式ホームページより)

詳しくは公式ホームページの《特集上映 ツァイ・ミンリャン》のページをご参照下さい。


2015年11月27日金曜日

第16回東京フィルメックス特別招待作品≫映画『タクシー』text 高橋 雄太

「これは映画である」


これは映画である。
ジャファル・パナヒはそう宣言する。
『オフサイド・ガールズ』などが反体制的であるとして、イラン当局から映画制作を禁じられた映画監督ジャファル・パナヒは、iPhoneを使い、自宅を舞台にした映画『これは映画ではない』(原題:This is not a film)を撮った。新作『タクシー』においては、カメラをダッシュボードに設置することで映画を作る。運転手を演じるのはパナヒ自身だ。様々な人との会話を通して、イランの今、映画の本当と嘘、そしてパナヒの反骨精神が描かれる。

最初に乗り込む男性と女性の罪と罰に関する会話。男性は罪人は死刑にすべきだと主張し、女性はそれに反対する。女性が教師だと聞いて「やっぱりな」と冷笑する男性は、自分は強盗だと言い残して車を降りる。暴力を志向する男性・マチスモと、知性と寛容を志向する女性・リベラルとの対決である。

女性同士の対照も面白い。金魚鉢を抱えた二人の老婦人は、イスラムの戒律に従った黒いローブを頭からかぶっている。また、正午までに金魚を泉に放さなければ自分たちは死ぬという迷信を信じている。一方、パナヒの協力者らしき弁護士は、ベールをかぶっているものの、洋服を着て、美しい化粧をし、近代的な都会人といった風情である。また真っ赤なバラの花束を持っている。伝統的な服装と迷信、おまじないのための赤い金魚。都会的な外見と知性、美を示す赤い花束。
こうした対照的な人々は、伝統と現在が混在するイラン、政教分離の進んだ現代に存在する宗教的国家「イラン・イスラム共和国」の二面性を示しているようだ。

この現代イランに生き、体制の敵とされたのが本作の監督・主演ジャファル・パナヒである。パナヒは映画と現実との関係を使いながら、体制にカウンターを試みている。
パナヒと同じくイラン出身のアッバス・キアロスタミの『10話』も車内の会話で構成された映画であった。『10話』では、カメラは被写体に意識されることはない。乗員はカメラを触ることなく、カメラ目線になることもなく、ひたすら会話を続ける。カメラはまるで覗きをしているかのように会話を記録する。
これに対し『タクシー』は、カメラの存在も演出も暴露してしまう。ファーストシーンでカメラは車の前方を撮影している。その直後、乗客の男性が「これは何だ?」と言いながらカメラを回転させ、助手席の自分の方に向ける。一方的に被写体を観察できるというカメラの特権的な立場が、最初の搭乗者によりいきなり侵されてしまうのだ。回転後のカメラは、助手席の男性と後部座席の女性の二名を同じ画面に収める。偶然にしては出来過ぎ、いやおそらく意図された見事なカメラアングルだ。
さらに、DVDの業者は運転手がパナヒであることをあっさり見破り、乗り合わせた乗客も映画の出演者であろうと指摘する。姪のハナまでも、パナヒの幼馴染だというスーツ姿の男を見て、彼とパナヒとの関係の嘘を看破する。
嘘をついておきながら、本当のことをあっさりとバラし、カメラの存在も観客に意識させる。この仕掛けで示されるのは「これは嘘である」=「これは映画である」ことだ。

ハナが映画制作の授業で学校から課されたルールに、俗悪なリアリズムの禁止がある。リアル=現実ではなく、リアリズム=現実らしさ。本作は、現実を装うフィクション、まさにリアリズムの映画だ。しかもフィクションであることを暴露することで、リアリズム=現実らしさが恣意的であること、すなわち映像の本質的な欺瞞を示している。
一方、本作の登場人物は、映像が真実を記録するものであると無邪気に信じている(そのような演技をする)。交通事故に遭ったらしい男性は血を流しながら遺言を語り、パナヒのスマホに動画として記録を残してもらう。ハナはCanonのカメラを使い、少年が落ちていたお金を自分のものにする場面を記録してしまう。観客には嘘だとわかっている映像を、出演者たちは現実だと思い込む。その滑稽さに笑ってしまうが、映像を信じる彼らは映画を見る我々の姿でもあるだろう。
映画に揺さぶりをかける本作は、さらに体制に反撃する。唐突な暴力によって再びカメラが侵され、映画は終わる。パナヒに対する映画制作の禁止と同じく、暴力により映画は終了するのだ。ただし、本作においてはこの事件もフィクションであろう。禁じられたはずの映画を使い、映画制作の禁止という俗悪な「リアル」を、暴力という俗悪な「リアリズム」として描く。

不屈の精神とユーモアを持ってパナヒは宣言する。これは映画である。

パナヒのタクシーに乗りたい度:★★★★★
(text:高橋雄太)

『タクシー』

2015/イラン/82分

作品解説

公式には映画製作活動をいまだに禁止されているジャファル・パナヒの最新作。テヘランの街を走るタクシー運転手に扮したパナヒと乗客たちの会話から、現在のテヘランに生きる人々の様々な姿が照射される。今年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞した。

出演

タクシー運転手:ジャファル・パナヒ

スタッフ

監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ

第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス作品。

公式ホームページ

http://filmex.net/2015/


2015年11月26日木曜日

第16回東京フィルメックス《オープニング作品》映画『ひそひそ星』text長谷部 友子

鈴木洋子には理解できない。
テレポーションが可能なこの時代、どうして何年もの時間をかけて箱に入ったものを届けようとするのかを。それを送るのは人間で、受け取るもの人間だということを。

ロボットが8割、人類が2割になった未来の宇宙では、人類は滅びゆく絶滅種に認定されている。鈴木洋子は様々な星を巡って人間たちに荷物を届ける宇宙宅配便の配達アンドロイドだ。10年近くも一人宇宙船に乗り配達を続ける彼女はレトロ趣味らしく、狭い宇宙船には、閉まりの悪い蛇口とか、ほうきとか、はたきとか、近未来にしては不自然なものたちが鎮座する。そして彼女はよく緑茶をすすり、くしゃみをする。
繰り返される何もない宇宙船での日常。星々で人間に荷物を届け続けた鈴木洋子は、ついに「人間しか住んでいない惑星」に降り立とうとする。

大学生がつくった映画のようだと思った。
それはやたらと昭和的なものたちを配置して宇宙船と言い張るインディペンデント的な映画の作成手法のみが理由ではない。アンドロイドが人間の心を知りたい。ある意味使い古された題材でありながらも、そこに奇妙な無邪気さと純粋さを感じたからだ。
その感覚はある意味正しかった。上映後の園子温監督の質疑応答によれば、この作品は監督が25年前に書いた脚本と絵コンテをもとにつくられ、監督の言葉によれば、「20代の自分、それはもう彼と言ってもいいくらいの存在の彼に、君はそう考えるんだねとリスペクトして作成」している。25年前の構想を現在の視座から構築しなおしてというよりは、そのときの自分の発想に忠実につくられた作品となっている。
25年前に想定していたものと大きな違いは撮影場所で、人間がしでかしてしまった愚かな場所には当時「夢の島とかそういった場所」を想定していたが、それは「福島」にかわっていた。この作品の多くの場面は東日本大震災の傷跡が残る福島で撮影されている。

あなたが私であったなら。
今この瞬間、私があなたと完全に同一であったなら、私の不安は消え去るだろうし、あなたをこれほど求め、焦がれることもないのだろう。
触れられない距離に焦がれ、あなたとの差異を生む時間に疑心暗鬼になる。それはいつだって私たちを苦しめる。けれど埋まることのない時間と距離はまちがいなく私たちの人生を彩るのであろう。

誰かの不在を想い、距離のあるその人は、いまどうしているかと思いを馳せる。昔の記憶を呼び起こし、ときには写真を眺め、思い出の品を見つめながら。
「モノ」や「カタチ」に意味はないという人もいる。大切なものは記憶であり思い出で、大事なものは「カタチ」がないのだと。
けれど私たちは輪郭に触れ、何かを想起する。原始的なその感情をこの作品は優しく肯定してくれる。

公開が待ち遠しい度:★★★★☆

text:長谷部友子





『ひそひそ星』
2015年/日本/100分

作品解説
園子温監督が2014年に設立したシオンプロダクションの第1作として、自主制作で完成させたモノクロSFドラマ。園監督が1990年に執筆した脚本を、妻である女優・神楽坂恵を主演に迎えて映画化した。

出演
神楽坂恵、遠藤賢司、池田優斗、森康子

スタッフ
監督・脚本:園子温
プロデューサー:鈴木剛、園いづみ
配給:日活

劇場情報
2016年5月、新宿シネマカリテにて公開決定!

第16回東京フィルメックス
2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス作品。

公式ホームページ
http://filmex.net/2015/



2015年10月17日土曜日

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.4《ラインナップ記者会見取材》(特集上映作品編) text 井河澤 智子


【特集上映 ホウ・シャオシェン】

台湾ニューウェーブを代表する映画監督として、世界中の映画ファンを魅了するホウ・シャオシェン監督。最新作『黒衣の刺客』はカンヌ映画祭監督賞を受賞しました。ご覧になった方、多いのではないでしょうか?
そんなホウ監督の作品を35ミリプリント英語字幕付きで上映するプロジェクトが、昨年秋から各国を巡回しております。そのプロジェクトが東京フィルメックスにやってきました。
今回上映されるのはこの3本です。

『風櫃(フンクイ)の少年』 台湾/1983/102分
1984年ナント三大陸映画祭最優秀賞受賞。ホウ・シャオシェン監督の名を海外に知らしめた自伝的作品。現在は監督としても活躍しているニウ・ツェンザー主演。

『悲情城市』 台湾/1989/160分
1989年ヴェネチア映画祭において、中華系の監督として初めて金獅子賞を受賞した代表作。トニー・レオン主演。

『戯夢人生』 台湾/1993/142分
1993年カンヌ映画祭審査員賞受賞。日本では長らく上映の機会が途絶えていた幻の傑作。

実は日本ではホウ監督の作品は比較的上映される機会が多いので、上映する作品を選ぶ作業はかなり大変だったということです。が、ということはここで挙げられた3本は、本当に選りすぐり。見逃せません。


【特集上映 ツァイ・ミンリャン】

『郊遊 ピクニック』(2013)で映画製作から引退を宣言したツァイ・ミンリャン監督。と言っても、昨年の東京フィルメックスでは『西遊』が上映され、また今回も特別招待作品として『あの日の午後』が上映されるなど、あの引退宣言は「劇場長編作品」から引退する、ってことか…と、ファンをほっとさせました。東京フィルメックスとの縁も深いツァイ監督の作品が、日本初上映の短編など9本(予定)特集上映されます。
現在決定しているのはこちらの4本。

『ふたつの時、ふたりの時間』 台湾、フランス/2001/116分
台北の時計屋と、パリに旅立つ女との出会い。ツァイ監督が初めて台北以外の都市を舞台に製作した作品。ジャン・ピエール=レオーが出演している。

『無色』 台湾/2012/20分
“行者(Walker)”シリーズの記念すべき第1作。托鉢僧に扮したリー・カンションが超スローモーションで台湾の群衆の中を歩く。

『行者』 香港/2012/27分
“行者(Walker)”シリーズの2作目。香港の様々な街角をリー・カンションが超スローモーションでを歩く。香港映画祭のオムニバス企画『美好 2012』の一編として製作され、その後カンヌ映画祭批評家週間でも上映された。

『無無眠』 台湾、香港/2015/34分
“行者(Walker)”シリーズ最新作。全編東京で撮影された。渋谷駅近くの歩道橋を超スローモーションで歩くシーンに始まり、サウナでの日本人青年との出会いが描かれる。サウナ客として安藤政信が出演。香港映画祭のオムニバス企画『美好 2015』の一編。

9本上映予定、ということは、あと5本は未定…いったいなにが来るのでしょう?あれが来ると嬉しい、これが来ても嬉しい… 筆者、個人的にもとってもわくわくしているのですが、ここでちょっとご注意を。
特集上映 ツァイ・ミンリャンは、開催日程、会場、チケット発売方法が他と異なります。

 会期:11/28(土)~12/4(金)各日2回上映
 会場:有楽町スバル座
 チケット発売方法:前売り券は劇場窓口での取扱のみ
 (有楽町スバル座、有楽町朝日ホール)
 ※ticket boardでの取り扱いはございません。

ちょっと声を大きくしてお伝えいたしました。
 

(写真:左よりプログラム・ディレクターの市山尚三さん、園 子温監督、東京フィルメックスディレクターの林加奈子さん)

東京フィルメックスは毎年毎年新しい発見を与えてくれる映画祭。この季節が来るととってもわくわくします。その年のベストがここで見つかることも。
去年ここで観たあの映画、おととしここで観たあの映画、そのまた前にここで観た…
本当に毎年毎年、驚くほど印象的な映画との出会いがあります。
今年は、どんな映画がここで観られるでしょうか?
来年の今頃は、「去年ここで観た…」なんて、今年のことを話しているかもしれません。

さて、今年の(ほぼ)全ラインナップをご紹介しました。観たい映画は、どれでしょうか?決まりましたか?
え?多すぎて決まらない?

大丈夫。そういう人、いっぱいいますから!

秋の例大祭度:★★★★★
(text、写真:井河澤 智子)


関連レビュー:



第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

公式ホームページ
http://filmex.net/2015/

2015年10月15日木曜日

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.3《ラインナップ記者会見取材》(ピエール・エテックス特集上映、フレンチタッチ・コメディ!、松竹120周年祭編) text藤野 みさき

(写真中央:園子温監督)

 《映画の未来へ》を主題に、東京フィルメックスは、アジアの映画作家を育てる映画祭として、これまで数々の映画監督を世界に発信し続けてきた。『ふたりの人魚』で第1回目の最優秀作品賞を受賞した中国のロウ・イエ監督、第63回カンヌ国際映画祭においてパルムドールに輝いた『ブンミおじさんの森』のアピチャッポン・ウィーラセータクン監督。そうしたカンヌ国際映画祭を始めとする、数々の国際映画祭という世界の舞台で飛躍する作家たちの作品を日本でいち早く上映する東京フィルメックス。2000年に創立された本映画祭は、今年で第16回目を迎える。


(写真:ヌーレディン・エサディ氏)

ピエール・エテックス特集上映


 東京フィルメックスは、主軸であるコンペティション部門の他に、特別招待作品、特集上映と、主に三つの項目が設けられている。本年の特集上映は、本映画祭のメインビジュアルにもなっている、フランスの映画作家、ピエール・エテックス。カンヌクラシックスでも上映が行われた彼の貴重な二作品である『ヨーヨー』と『大恋愛』がデジタル・リマスター修復版として美しくスクリーンに蘇る。
 ピエール・エテックスは、その特異な才能を持ちながらも、作品の権利関係の問題があり、長い間本国であるフランスを始めとする多くの国々でも紹介することの出来ない映画作家であった。映画監督の枠に留まらず、俳優、脚本家、音楽家、イラストレーター、そして道化師と様々な顔を持つアーティスト、ピエール・エテックス。そんな多彩なエテックスを「彼を定義すのに最もふさわしい言葉は道化師かもしれません」と、フランス大使館映像放送担当官のヌーレディン・エサディ氏は述べる。又、ピエール・エテックス本人の人柄についても「稀に見る優雅さ、類希なユーモアのセンス、そして常に自分の仕事に情熱を傾ける姿勢に深く感銘を受けました」と言葉を続けた。
 チャールズ・チャップリン、バスター・キートン、ハロルド・ロイド、そして、ジャック・タチ。喜劇王である彼等の後継者とも呼べるピエール・エテックスの世界を、この機会に是非堪能したい。

フレンチタッチ・コメディ!


 
アンスティチュ・フランセ東京では、ピエール・エテックス特集上映に伴い、連動上映として「フレンチタッチ・コメディ!」を開催する。東京フィルメックスで上映される『ヨーヨー』『大恋愛』他のピエール・エテックス監督作品や、1930年代から現在に至るまでのコメディ映画を中心に特集が催される。又近年では、コメディアンの俳優達が監督業を務めることも多くなったフランス映画。古典では「エルンスト・ルビッチのフランス人の兄である」とフランソワ・トリュフォー監督が評した、『とらんぷ譚』のサシャ・ギトリ監督を始め、近年では『さすらいの女神(ディーバ)たち』で監督としても活動をするマチュー・アマルリックに、『やさしい人』で主演を務めたヴァンサン・マケーニュなど、多彩な活躍をする俳優をテーマに当てた作品が出揃う予定であり、こちらも年末まで楽しめる特集上映となっている。


松竹120周年祭


 そして最後に、10月10日(土)〜10月30日(金)、11月21日(土)~11月27日(金)まで東劇で開催される、松竹120周年祭も見逃せない永遠の名画が揃った。満を持してのジャパン・プレミアとなる、小津安二郎監督の『晩春』と溝口健二監督の『残菊物語』。その他、『東京物語』『彼岸花』『お早う』『秋日和』『秋刀魚の味』の計6作品の小津安二郎監督の作品に加え、木下恵介監督、高峰秀子主演の『カルメン故郷に帰る』、大島渚監督の『青春残酷物語』がデジタル修復版となって一挙に上映される。

 古今東西、現代の新しい才能との出会いを始め、フランスのコメディ映画に、美しく復元された日本の名画との再会。本年もすばらしい映画が出品された、東京フィルメックス。この秋はしばし名画の芳香に心酔してしまいそうである。

ラインナップ充実度:★★★★★
(text・写真:藤野 みさき)


関連レビュー:




第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

公式ホームページ


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PROFILE:ピエール・エテックス Pierre Étaix


1928年生まれ。
漫画家、イラストレーターとして生計を立てていたところにジャック・タチの『ぼくの伯父さんの休暇』と出会い、映画の道に進むことを決意。『ぼくの伯父さん』(58)の撮影現場では助監督や俳優を務めたほか、世界的にも有名なポスターをデザインした。その後、アカデミー賞短編映画賞を受賞した『幸福な結婚記念日』(62)などの短編を監督し、『Le Soupirant』(62)で長編デビュー。同作はベルリン映画祭のコンペティションコンペティション部門で上映され、『女はコワいです』という邦題で日本公開もされている。

1964年にはサイレント喜劇のスタイルを踏襲し、子どもの頃に道化師に憧れた自身の体験を色濃く反映した『ヨーヨー』を発表。カンヌ映画祭のコンペティション部門で上映された。トリュフォーは「すべてのショット、アイデアが好きな美しい映画。多くの事を私に教える」と絶賛している。四作目となる代表作『大恋愛』(69)もカンヌ映画祭のコンペで上映され、大きな話題を呼んだ。

その後、長編劇映画の演出から離れる。同時に権利関係の複雑さから、フランス国内でも長らくエテックス作品は上映機会に恵まれなかった。その間も、エテックスの作品を強く支持する映画作家の作品に俳優として出演を続ける(大島渚『マックス・モン・アムール』、アキ・カウリスマキ『ル・アーブルの靴みがき』など。『フェリーニの道化師』では本人役で出演。)2009年にはミシェル・ゴンドリーやミシェル・ピコリ、デヴィッド・リンチ、ウッディ・アレンなどの多くの著名な映画人や映画ファンが、エテックスへの権利返還を求める陳情の署名活動を行った。

2007年には『ヨーヨー』が、2010年には『大恋愛』がそれぞれデジタル復元され、カンヌ映画祭クラシック部門で上映され好評を博した。またパリでは特集上映と合わせてエテックスのイラストや撮影した写真で構成された展覧会が開催された。世界各地で再評価の機運が高まっている喜劇映画の名匠であり、多彩な才能を誇るマルチクリエイターである。

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2015年10月14日水曜日

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.2《ラインナップ記者会見取材》(特別招待作品編) text梅澤 亮介


(写真:発表会に登壇された園子温監督)


 第16回東京フィルメックスのプログラム・ディレクターである市山尚三からは、特別招待作品9本が紹介された。オープニング作品は園子温監督『ひそひそ星』。クロージング作品はジャ・ジャンク―監督『山河故人』(原題)。
その他7本は以下のラインナップ。

『タクシー』 イラン/2015/82分/監督:ジャファル・パナヒ

『念念』 台湾、香港/2015/119分/監督:シルヴィア・チャン

『最愛の子』 中国、香港/2014/130分/監督:ピーター・チャン

『華麗上班族』 中国、香港/2015/118分/監督:ジョニー・トー

『約束』 日本/2011/15分/監督:塩田明彦

『昼も夜も』 日本/2014/69分/監督:塩田明彦

『あの日の午後』 台湾/2015/137分/監督:ツァイ・ミンリャン

 個人的注目作は『華麗上班族』。香港が生んだ名匠ジョニー・トーは、香港ノワールを筆頭に、武侠劇、ラブコメ、ヒューマンドラマなど、ジャンルを問わず幅広く制作してきたが、本作はミュージカル。大企業での昇進抗争劇が主な内容だ。
 キャスト・スタッフ陣も豪華! 主演はジョン・ウー監督作品で有名なチョウ・ユンファ。さらに、本映画祭のコンペティション部門・国際審査員として任命されたシルヴィア・チャンも出演している。舞台美術はウォン・カーウァイ監督作品で知られるウィリアム・チャン。香港映画ファンには垂涎ものだ。

 なお、今回は園子温監督も登壇された。「日劇*という大きな小屋を使って、皆さんに見て頂けるという素晴らしい最初の第一歩を踏み出せて光栄です」とのこと。
 また、本映画祭のオープニング作品を飾る映画『ひそひそ星』は、園監督が自身のプロダクションを作って制作した第1回の作品である。ロボットが8割、人類が2割になった未来の宇宙を舞台に、様々な星を巡って人間たちに荷物を届ける宇宙宅配便の配達アンドロイド、鈴木洋子を主人公にした物語。壮大な旅をしながら、3.11の傷跡残る福島を舞台とする。演者の三分の二が現地の仮設住宅の人だ。
 同作品は、9月15日に開催された第40回トロント国際映画祭にてワールドプレミアが行われ、NETPAC(最優秀アジア映画賞)を受賞している。

 特別招待作品は、世界的な名匠の作品ばかり。しかし、東京フィルメックスで公開されても、日本での劇場公開は1年以上先ということも多い。例えば、ジョニー・トー監督『奪命金』でさえ、2011年の同映画祭で上映されながら、2013年公開であった。映画ファンであれば、好きな監督の最新作は見たいはず。筆者も楽しみでしかたない。

*TOHOシネマズ日劇のスクリーン1は、スタジアム形式の946席と、7.20m×17.30mの大きさで日本最大級の劇場

ラインナップの興奮度:★★★★☆
(text:梅澤 亮介)

関連レビュー:
第16回東京フィルメックス 特集記事vol.1《ラインナップ記者会見取材》(コンペティション部門編)text大久保 渉

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.3《ラインナップ記者会見取材》(ピエール・エテックス特集上映、フレンチタッチ・コメディ!、松竹120周年祭編) text藤野 みさき




第16回東京フィルメックス
2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。


公式ホームページ
http://filmex.net/2015/

2015年10月13日火曜日

第16回東京フィルメックス 特集記事vol.1《ラインナップ記者会見取材》(コンペティション部門編)text大久保 渉


激しく叫ぶ男のすがた。遠くを見やる女のすがた。青空の下に広がる自然の原風景。いずことも知れぬ異国の街並み。

10月7日(水)、アンスティチュ・フランセ東京にて開催された『第16回フィルメックス』全ラインナップ記者会見は、ほんの一瞬顔を向けただけで画面から目が離せなくなってしまうほどに、エネルギーに満ちた溢れた予告編映像の公開から始まった。

フィルメックスと言えば、毎年話題を集めるのがコンペティション部門である。今年は釜山映画祭のディレクターを務めるイ・ヨンガン氏が審査委員長を務め、その他自身の出演、監督作が同映画祭で多数上映される台湾の大女優・シルヴィア・チャン氏、『害虫』他話題作を発表し続ける映画監督・塩田明彦氏、映画評論家の斎藤敦子氏らが審査員席に名を連ねることとなった。 

今年のプログラムについては、同映画祭ディレクター・林加奈子氏による「作り手の揺るぎない覚悟と想いが受けとめられる」、「映画の未来を担う素晴らしい10本が揃った」というコメントがとても印象に残った。そしてそれでいて、「押しつけるのではなく、胸に押し寄せてくる」という作品の数々。 

妥協を許さない、製作者たちの熱い「呼吸音」までもが聞こえてくるほどの気迫と覚悟が感じられる日本の『クズとブスとゲス』。同映画祭初のネパール映画『黒い雌鶏』。過去に『オールド・ドッグ』でグランプリを受賞したペマツェテン監督の最新作『タルロ』。そしてその他、同映画祭人材育成事業「タレンツ・トーキョー」卒業生が関わったという『人質交換』等々、それぞれに語り口が異なる、目を見張るばかりのプログラムが会期中いっぱい上映されていくと発表された。 


(以下、コンペティション部門・全10作品)

『わたしの坊や』カザフスタン/2015/78分//監督:ジャンナ・イサバエヴァ

『白い光の闇』スリランカ/2015/82分/ヴィムクティ・ジャヤスンダラ

『黒い雌鶏』ネパール、フランス、ドイツ/2015/91分/監督:ミン・バハドゥル・バム

『消失点』タイ/2015/100分/監督:ジャッカワーン・ニンタムロン

『人質交換』フィリピン/2015/97分/監督:レムトン・シエガ・ズアソラ

『酔生夢死』台湾/2015/107分/監督:チャン・ツォーチ

『タルロ』中国/2015/123分/監督:ペマツェテン

『ベヒモス』中国/2015/91分/監督:チャオ・リャン

『コインロッカーの女』韓国2015/111分/監督:ハン・ジュニ

『クズとブスとゲス』日本/2015/141分/監督:奥田庸介 


現在世界で何が起こっているのか? 人々は日々どんな想いを胸に生きているのか? 新しい世界との出会い。今いる世界との接近。果たしてカメラは何を映し、我々は、何を見、何を感じることができるのだろうか? 今年もコンペティション部門の全作品を見逃すわけにはいかない、期待に溢れるプログラムだと感じた。 


みんなで行こう!フィルメックス!!度:★★★★★ 
(text:大久保 渉)

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第16回東京フィルメックス
2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭です。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス。

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