2020年9月3日木曜日

映画『mid90s ミッドナインティーズ』評text藤野 みさき

 「あの夏の足跡」

© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved

 A24は、いまから8年前の2012年に設立されたばかりの新鋭の映画制作・配給会社である。設立されてからまだ歴史の浅い会社ではあるものの、その短い歴史のなかでも数多くの秀作を世界へと送りだしてきた。
 ギリシャの鬼才ヨルゴス・ランティモス監督の『ロブスター』、『ラ・ラ・ランド』を抑えて、2017年度のアカデミー賞作品賞・助演男優賞・脚色賞の3部門に輝いた『ムーンライト』、そして忘れてはいけない、グレタ・ガーウィグ監督の『レディ・バード』。この新型コロナウイルスの渦中で営業が再開された映画館では、『ミッドサマー/ディレクターズカット版』が上映されたことも記憶にあたらしい。数こそ非常にすくないが、私の出逢ったA24の作品はどれもが粒揃いばかりである。その品質の高さが評判を呼び、いまや世界中から熱いまなざしを受ける映画製作会社となった。そのA24が新たに世に送り出した作品が、俳優のジョナ・ヒルが監督をつとめた、ひとりの少年のひと夏を描いた青春映画『mid90s ミッドナインティーズ』である。

 舞台は1990年代半ばのロサンゼルス。
 主人公のスティーヴィーは13歳の男の子。内気でこころ優しく、小柄で、シャイな笑顔が愛らしい少年だ。かれはシングルマザーの家庭で育ち、母・ダブニーと同じくティーンエイジャーの兄・イアンと暮らしている。イアンはスティーヴィーより体型も大きく、音楽の知識もあった。喧嘩ではいつも負け、力でも勝つことができない。
 かなわない兄の存在。スティーヴィーは居場所がなく孤独だった。そんなある日、かれは通りの向こうでたむろしているスケートボードの少年たちに目を奪われる。「自分もかれらのように格好良くなりたい。強くなり兄をみかえしたい」そんな感情がスティーヴィーのこころを動かし、スケートボードの少年たちの仲間の一員になる。あたらしい仲間に、あたらしい世界、そして自分でも知らなかった、あたらしい自分。どこまでも広がる青い空のしたで、スケートボードに乗って風をきることの爽快さ。しかしそんな眩い世界とは裏腹に、そのグループの少年たちにもそれぞれが見えない問題を抱えていた……。


© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved

 本作『mid90s ミッドナインティーズ』は、監督のジョナ・ヒルの少年時代の経験をもとに描かれている。ジョナ・ヒルは1983年にロサンゼルスに生まれ、兄と妹の三人兄弟で育った。そんなひとりの映画少年でもあったジョナ・ヒルの幼き自らの体験を、本作は世代や性別を超越し、ひとつの青春映画として昇華することに成功している。全米では4館からのロードショウだったにもかかわらず、ひとびとの評判を呼び、1200ものスクリーンで上映される大ヒット映画となった。
 その魅力は映画の至るところで輝いている。画面から溢れる眩しい夏の陽光に、スケートボードを愛する少年たちの若さと躍動感(そして愚かさ)。憧れの輝いている世界を経験したことにより、色褪せてみえる自分の生活や大切な家族の存在。遅くなる帰宅時間。見失ってゆく自分……。スケートボードをひとりで練習し、何度も、何度も転ぶスティーヴィーの姿も愛らしい。そんなスティーヴィーというひとりの少年像にかつての自分自身を重ねて共感を覚えたり、あの夏の日の自分と再び邂逅するひともいるだろう。本作の素晴らしさは、自らの実体験を説教のように語るのではなく、当時ひとりぼっちの男の子だった幼き自分を、大人になったジョナ・ヒルが「いいんだよ」とやさしく肯定するかのように、当時のまなざしで瑞々しく描いたことである。スティーヴィーはジョナ・ヒルだけでなく、私たち観客の幼き頃の代弁者でもあるのだ。


© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved

 しかし、ひと夏の恋が儚く短いように、憧れの世界の夢のような時間も長くはつづかない。スケートボードを颯爽と乗りこなしているようにみえる少年たちも、実は様々な悩みを抱えていた。直接的な描写は描かずとも、ジョナ・ヒルは当時の子どもたちが抱いていた問題を提示することも忘れない。スケートボードの仲間たちのリーダー的な存在のレイは、あるとき落ちこむスティーヴィーの横に座り、仲間のこと、そして自らの胸のうちを話す。
「俺たちは自分の生活が最悪だと思う。でも他のやつらの生活をみるとそれよりマシだと気がつくんだ。フォースグレード、あいつは靴下ひとつ買えないほど貧乏なんだ。ルーベンの母親はめちゃくちゃで、あいつと妹を殴る。だから家には帰りたくないわけだ。ファックシットは親友だ。よく将来の夢を話した。スケートして、どこに行くかって……。だけどいまのあいつはフラフラしている。毎日どこでパーティをし、酔えるのかを考えている。悲しいだろ?」すこしの沈黙のあと、レイは三年前に弟を交通事故で亡くしたことをうちあける。「でも弟が死んだあと、ファックシットがきて、俺をスケートに連れだしてくれた。そばにいてくれたんだ」と。そうしてレイはスティーヴィーを励まし、ロサンゼルスの街を一緒に滑った。
 笑顔の裏には涙があるように、孤独なのは自分だけではない。スティーヴィーは、憧れを抱いていた仲間たちも、実はみなつらい事情や経験を抱えた、居場所のない自分と同じひとりの少年であることを学ぶ。スケートボードとは、そんなかれらのアイディンティティーを社会や他者から守る大切な存在でもあるのだ。身分や環境や境遇をこえて、愛するスケートボードに乗るときだけは自分らしくいることができる。たとえどんなことがあったとしても絶対的な自分の味方をしてくれるこころの在り処が、人生には必要であることを。


© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved

 いまこの瞬間を楽しむだけの仲間たちとは違い、リーダーのレイは鋭い瞳で周囲を観察し、どこかでこの時間(とき)は永遠にはつづかないことをわかっていた。スティーヴィーにもとうとう大きな転機がおとずれる。スティーヴィーが仲間とともに乗った車が飲酒運転により事故をおこし病院に緊急搬送されたのだ。スティーヴィーが瞳をあけると、レイを始めとするスケートボードの仲間たちが傍で見守ってくれていた。
 レイは静かに語りかける。「誰よりも悲惨な目に遭ってしまったな。もうその必要はないだろ?」と。そのことばはどこか「もう、この世界は充分だろう?」と、レイがスティーヴィーに語りかけたようにも思える。弱々しい瞳でレイを見つめかえすスティーヴィー。純粋で、真面目で、一生懸命。ただ格好良くなりたい一心で飛びこんだスケートボードの世界だった。

 ガラスのように脆く繊細で、大怪我を負うほど危うかったあの頃。でも、そんなかつての自分を後悔したり責めたりはしない。道を誤ることもあるし、さまざまな世界を経験したからこそ、いまの私が存在しているのだから。「あのときの僕は僕でよかったんだよ」と、まるで語りかけるかのようなまなざしが映画を包みこむ。ラストシーンに紡がれる、想い出に満ちたひと夏の足跡。それは、当時の少年だった自分に、そしてかつての少年少女であった私たちに贈られる、ジョナ・ヒル監督からの暖かな抱擁である。

(text:藤野 みさき)




『mid90s ミッドナインティーズ』
原題:mid90s
2018年 / アメリカ / 英語 / 85分 / スタンダード / カラー / 5.1ch / PG12
日本語字幕:岩辺いずみ
© 2018 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

あらすじ
舞台は1990年代半ばのロサンゼルス。13歳のスティーヴィーは、シングルマザーの母・ダブニーと兄・イアンと暮らしている。スティーヴィーはまだ体も小さく、力も知識も負けてしまう兄との関係に悩んでいた。そんなある日、スティーヴィーはスケートボードショップの前を通りかかり、そこに集まる生き生きとした少年たちに憧れを抱く。スティーヴィーはその少年たちの仲間になり、スケートボード、そして自分の知らない新しい世界を体験してゆく……。

キャスト
スティーヴィー:サニー・スリッチ
イアン:ルーカス・ヘッジズ
ダブニー:キャサリン・ウォーターストン
レイ:ナケル・スミス
ファックシット:オーラン・ブレナット
ルーベン:ジオ・ガルシア
フォースグレード:ライダー・マクラフリン
エスティー:アレクサ・デミー
トッド:ハーモニー・コリン

スタッフ
監督・脚本:ジョナ・ヒル
製作:スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ、ケン・カオ、ジョナ・ヒル、リラ・ヤコブ
製作総指揮:スコット・ロバートソン、ジェニファー・ゼムラー、アレックス・G・スコット
撮影監督:クリストファー・ブローヴェルト
編集:ニック・ホウイ
音楽:トレント・レズナー&アッティカス・ロス
美術:ジャーミン・アッサ
衣装:ハイディ・ビヴェンス
キャスティング:アリソン・ジョーンズ

提供:トランスフォーマー、Filmarks

配給:トランスフォーマー

公式ホームページ
http://www.transformer.co.jp/m/mid90s/

劇場情報
9月4日(金)新宿ピカデリー、渋谷ホワイトシネクイントほか全国ロードショー

*******************************

【筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期受講生。映画のほかでは、美容・セルフネイル・自分磨き・お掃除・断捨離、洋服や靴を眺めることが趣味。F・W・ムルナウをはじめとする独表現主義映画・古典映画・ダグラス・サークなどのメロドラマを敬愛しています。拙いながらも、自分自身に素直な文章を書けるようにと心掛けています。
Twitter:cherrytree813

*******************************