「女弁士による無声映画上映会で『カリガリ博士』を観てきました」
去る7月29日。
柏・キネマ旬報シアターで『カリガリ博士』活弁上映会を観てきました。
プロの声優さんお二人。「やまがた屋」というグループで、無声映画にセリフをつけて上映する活動を行っていらっしゃるとのことです。
とあるご縁で、わたしイカザワ、メンバーの岸本百恵さんとお知り合いになって、一度お伺いしたいと思っていたのです。
さて、無声映画にセリフをつけて上映する、ということ。
「上映」ではなく、あえて「上演」と呼ばせて頂きたいと思います。「人がその場で語る」映画。とっても贅沢だと思うのです。昔はそれが当たり前だったんですね。
19世紀末。映画が生まれたこの時代、まだ映画に「音」はありませんでした。セリフは字幕、音楽は生演奏だったのです。
初めて日本で映画が公開されたのは、明治29年(1896)の暮れのこと。
日本人にとって映写機は、異国から来た不思議な機械でした。映画そのものも、とても短かった。なにがなんだか分からなかったことでしょう。そこで機械の説明や売り込みも兼ね、場を盛り上げる人があらわれました。これが、「活動弁士」の始まりです。
もともと日本には、落語や講談、歌舞伎や浄瑠璃の語りなど、長い間に培われた話芸の文化がありました。やがて映画が長く複雑なものになってきますと、活動弁士は、字幕のセリフを語り、場面の状況を説明する役割も担うようになりました。
活動弁士は自ら台本を書き、スクリーンの前に立ち、沢山の登場人物を巧みに演じ分け、さらに解説を加えます。まさに、八面六臂の大活躍。
「春や春、春 南方のローマンス」(1918年日本公開『南方の判事』の名文句)…このセリフ、どこかでお聴きになったことはありませんか? 観客は、映画とともに、活動弁士たちの名調子をも楽しんだのです。
しかし、音がついた映画「トーキー」の時代が到来すると、活動弁士たちは次第にその活躍の場を失っていきました。なにしろ、人がしゃべらなくても映画が全部しゃべってしまうのですから。
とはいえ、現在においても無声映画の上映に取り組む方々は数多くおられます。いにしえの活動弁士のスタイルを現代に継承している方々や、自作の映像にご自身の活弁をつける映画監督も。また、個性的な声で活弁をつけ、同時に楽器の演奏までしてしまう方。あるいは、活弁はつけなくとも、独自の劇伴を生演奏で聴かせる上映もあります。トーキーが当たり前のこの時代、無声映画は、より自由な形で現代に生きているとも言えるでしょう。
やまがた屋さんも、そういった、自由な形で無声映画を上演するグループです。
今回の上演は、ドイツ表現主義映画の古典、ロベルト・ヴィーネ監督『カリガリ博士』(1921年日本公開)です。かつて、活動弁士徳川夢声も演じ、それを竹久夢二も観たといいます。
やまがた屋さんの活弁は、お二人がプロの声優ということもあり、吹き替えのように演じられます。しかしそこは活弁、一人何役も演じます。演じながら、語ります。お二人での上演なので、途中で入れ替わりながらの上演です。
ホラー映画の古典的作品とされている『カリガリ博士』。舞台美術は不安をあおるように歪み、計算されたライティングやカメラワークが効果的です。そして、俳優の演技も非常に様式的なものとなっています。およそ現実とはかけ離れた世界がそこにあります。
しかし、これが不思議と、お二人が語る現代的な言葉遣いにとっても合うんです。
そういえば、洋画の吹き替えやアニメのアテレコを聴いていると、どこか様式的なものを感じるような気がします。リアルでありながら、様式的。声優の演技と、1920年代の俳優の演技、相通じるものがあるのかもしれません。
普段はチャップリン、ロイドなどコメディをメインに上演していらっしゃるとのこと。そういえばコメディの香りが漂う台本だと思いました。あちこちに細かなくすぐり、遊びの要素が感じられる。これは、映画の内容から考えると、ひょっとしたら好みが分かれるところではあるかもしれません。コメディの上演も是非観てみたいと感じた次第です。
演じ分け、語り、聴かせ、観せる。
本当に磨き抜かれた声の技術。しみじみと堪能致しました。
活弁映画、面白い。観るのも聴くのも面白い。
皆様、機会がありましたら、是非、やまがた屋さんの活弁映画、ご覧ください。
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(text井河澤智子)