2018年10月21日日曜日

東京国際映画祭ラインナップ発表会~東京グランプリの行方2018〜text 藤野 みさき

© 2018 TIFF

 東京国際映画祭は本年度で32回目を迎える。本映画祭はアジア最大の映画祭として、毎年さまざまな映画を上映し続けてきた。「映画は世界の窓である」ということばとおり、日本ではなかなか観ることのできない映画との邂逅が、本年も私を六本木という映画の夢の世界へと誘ってくれる。

本年度の東京国際映画祭のアンバサダーを務める松岡茉優さん © 2018 TIFF

 東京国際映画祭の中でも、毎年最も注目をあつめるのが、東京グランプリを授与されるコンペティション部門である。本年度は109の国と地域から合計1829本もの映画があつまり、厳正なる審査のもと、16本もの映画が選出された。本年度のコンペティション部門は、社会派ドラマから心温まる人間ドラマ・コメディ・ホラーと、東京国際映画祭のめざす多様性に富んだジャンルの映画が出揃ったことも非常に楽しみな要素となっている。
「秋の新作」という主題をもとに邁進してきた本部門。社会問題を扱った映画が多く出揃った一昨年、それとは対照的に個人の人生に焦点を当てた去年。本年度は「例年にも増して、作家性・個性を重視しました」と、プログラミング・ディレクターの矢田部氏は述べる。本年度はどのような映画たちがコンペティション部門を彩るのだろうか? ここでは、その作品のひとつひとつをみつめる。


『アマンダ』© Nord-Quest Films

 まずはフランスより、『アマンダ』。人間の喪失が胸をしめつけるのは、どうして春でも秋でもなく、夏なのだろう。30歳の若さでこの世界を去ることを選んだ恋人の死を、夏の陽光とともにみつめた、前作『サマー・フィーリング』。本作の『アマンダ』もそんな前作を想起するような、ひとりの青年と姪におとずれる突然のできごとを主軸に、悲しみを乗り越えようとする人々を描いた作品である。太陽はいつも私たちを照らしながら、またいつかその心に笑顔が灯るようにと願っている。監督のミカエル・アースは、本作でも人間の繊細な感受性を、表情を、夏の陽光とともに紡いだ。
 隣国イタリアからは『墜ちた希望』が選出。監督のエドアルド・デ・アンジェリスは本作が長編5作品目となる。2017年のイタリア映画祭では、長編3作品目にあたる『切り離せないふたり』が上映されたことも記憶にあたらしい。本作『堕ちた希望』では、人身売買をする組織のもとで働くマリアという女性が主人公。あるとき、自らのお腹に生命が宿っていることがわかり、この荒れ狂う無法地帯と生活から這いあがることを決意する。ナポリの荒れ果てた海辺を舞台に、ひとりの若く美しい主人公が希望をみいだすまでを追う。


『ブラ物語』© Ilkin Huseynov

『ブルーム・オブ・イエスタデイ』『さようなら、ニック』と近年も秀作がならぶ実力派国、ドイツ。そんなドイツから届いたのは、全編にせりふのない、まるでサイレント映画を想起させる、現代のあたたかな寓話『ブラ物語』。列車に引っ掛るひとつのブラジャーの持ちぬしを探すものがたり。出演は『パパは出張中!』『アンダーグラウンド』と、エミール・クストリッツァ監督の映画でも主演をつとめた、名優ミキ・マノイロヴィッチ、『ルシアとSEX』のパス・ベガ、ご存知の方も多いであろう、レオス・カラックス監督の映画には欠かすことのできない、ドニ・ラヴァン。国際色豊かな俳優たちがどのようなものがたりを魅せてくれるのだろうと、いまからとても楽しみな作品である。
 イギリスからは、名優レイフ・ファインズが監督をつとめた長編第二作品目の『ホワイト・クロウ』が到着。“ニジンスキーの再来” とも評されたロシアの天才バレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフの生涯を描いた伝記映画である。ヌレエフを演じるのは、現役バレエ・ダンサーのオレグ・イヴェンコ。激情の時代を生きた、ひとりの天才の素顔をみつめる。


『ヒズ・マスターズ・ヴォイス』© KMH Film

 北欧、デンマークからは『氷の季節』。2010年代から若手が台頭するなか、その中心にいる人物が、マイケル・ノアー監督であると矢田部氏は述べている。ときは、19世紀。貧しい農村地の農家の主人は、娘を裕福な地主との結婚により、この貧困の生活から逃れようともがく人々を描きだず。非常に厳しいリアリズムに定評のある監督の手腕に期待がかかる作品である。
 お次は、待っていました! ハンガリーの大鬼才、パールフィ・ジョルジ。監督の最新作『ヒズ・マスターズ・ヴォイス』が本年度のコンペティション部門で世界初上映となる。幼いころに失踪した父親の行方を追う兄弟の前に見え隠れする、米国の国家秘密とその陰謀の影。
「一言では表すことのできませんが、映像を全身で受けとめていただきたい」と矢田部氏も熱く語った。『ハックル』『タクシデルミア ある剥製師の遺言』と、常に私たちを驚かせ、独特の映像世界を創りあげてきた、パールフィ・ジョルジ。最新作の『ヒズ・マスターズ・ヴォイス』では、どのような世界を魅せてくれるのだろうと、いまから非常に楽しみだ。


『ヒストリー・レッスン』

 北米のカナダから届いたのは、ダークスリラーの『大いなる闇の日々』。第二次世界大戦中のさなか、チャップリンのものまねをしながら生活をする芸人の男。かれの故郷であるカナダに帰ろうとするとき、親切な男に声を掛けられ、悪夢がはじまる……。まるでヒッチコック監督の映画を想起するようなあらすじが印象的であるが、ファシズムの隠喩などに映画は溢れている。レダ・カテブ、ロマン・デュリスのフランスの人気実力派俳優ふたりが、この作品の脇を固める。
 紫色の明るい写真がひときわ輝くのは、南米メキシコより選ばれた『ヒストリー・レッスン』という作品だ。引退をひかえた歴史を教える女講師のもとに、ある反抗的な女子生徒が転校してくる。この歳も立場も違う女性ふたりが、さまざまなことを通じて心を通わせてゆくもようを描く。とても素直な、爽やかな女性ドラマとなっている。
 母を亡くした少女のまじないは叶うのだろうか?
 ブラジルから届いた、ホラー『翳りゆく父』。近年のブラジル映画はホラーとスピリチュアルな要素を芸術映画に融合させる、というあたらしい動きがある。その系譜をひっぱるひとりが、このガブリエラ・アマラウ・アウメイダ監督です。と矢田部氏は自信をもち、その名前を紹介した。母を亡くした少女はおまじないをつかって、なんとかお母さんに生き返ってほしいと願い、父は妻を喪う悲しみに心が満ちてゆく。奇妙なものがたりでありながら、やがては家族のものがたりが語られる。ホラーの要素がありながらも、人間ドラマへと収束してゆく注目の一作である。


『シレンズ・コール』

 去年、セミフ・カプランオール監督の『グレイン』が東京グランプリを受賞したトルコ。ここ数年間をみても毎年必ずノミネートされている実力派の国のひとつであるが、本年は『シレンズ・コール』が選ばれた。都会をぬけだしたくてもぬけだせない、という筋書きは、まるで出たくてもなぜか出られないという、ルイス・ブニュエル監督の不条理劇の傑作『皆殺しの天使』を想起させる。スマートフォンに代表される、現代の世界を生きる私たちが逃れることのできない闇を、本作は炙りだす。必見のブラックコメディである。
 イスラエルからは『テルアビブ・オン・ファイア』が選出。60年代が舞台の、パレスチナ人の女性スパイとイスラエル人の将校が恋に落ちる。という禁じられた愛を描くドラマが、現在のイスラエルで大ヒットをしている。という設定をもとに、その映画を製作する人々たちのもようを描く。「複雑な政治問題をコメディで伝えることは非常に難しいのですが、成功すると非常に大きな効果をもたらすことがあります。この『テルアビブ・オン・ファイア』はそのすばらしい成功例のひとつです」と、賞賛のことばとともに、矢田部氏は自信をもって本作を紹介した。
 カザフスタンからは『ザ・リバー』がノミネート。カザフスタンというと、去年の同部門で上映された『スヴェタ』が記憶にあたらしいひとも多いのではないだろうか。監督のエミール・バイガジンは、29歳のとき、長編第一作目の『ハーモニー・レッスン』がベルリン国際映画祭の銀熊賞を受賞した実力のある若手監督である。本作の『ザ・リバー』は、辺境の地で暮らす仲の良い五人兄弟のもとに、都会からきた少年の存在を境に崩れゆく様子を、美しい映像美とともに描きだす。崩壊する危うい少年たちの心理と、それとは対照的に美しい映像との対比。胸にせまるコントラストに注目があつまる作品である。


『三人の夫』© Nicetop Independent Limited

 続いて、中国からは『詩人』という映画が選ばれる。深く愛しあう詩人の夫と、夫を支える妻のものがたりである。中国の激動の時代を描き、変わりゆく世界のなかで翻弄されてゆくさまを描いている。監督のリウ・ハオ監督は、中国の第六世代(ジャ・ジャンクー、ワン・ビン、ロウ・イエなど)に属する監督のひとり。壮大なスケールで描かれる自然の映像美と、念密に計算された室内のショットのコントラストもみどころである。
『メイド・イン・ホンコン/香港製造』(デジタル・リマスター版)が記憶にあたらしい、フルーツ・チャン監督。香港からは、そんなチャン監督の最新作『三人の夫』が満を持してコンペティション部門で上映される。舞台は香港のとある港。船の上で生活をする娼婦は、三人の夫に愛されながら、セックスに明け暮れる日々を送る……。映画の大半はセックス・シーンが描かれており、このセックスを、彼女を通じて、映画はなにを訴えようとしているのだろうか? その作風・メッセージを全身で体感したい。


愛がなんだ』© 2019映画「愛がなんだ」製作委員会

 最後に、日本からは二本の映画が選ばれた。
 一本目は、今泉力哉監督の『愛がなんだ』。原作、角田光代氏の同名小説『愛がなんだ』を映画化した作品である。人間たるもの、一生にいちどは、命がけの恋たる恋があっていい。それがたとえ一方通行の片思いであったとしても。片思いのマモルを愛そうとし、全身でぶつかってゆくテルコの恋を、恋愛映画を得意とする今泉監督が描きだす。男性も女性も感情移入ができ、やがては恋愛映画の枠を超えてゆくという本作のゆくえを、最後の最後まで見届けたいと願う。
 二本目は、阪本順治監督の『半世界』という作品だ。とても個人的な回想になるのだが、私が子どものころ「SmaSTATION!!」という番組のなかで「月1ゴロー」というコーナーがあった。その頃から、稲垣吾郎氏の映画好きは幼いながらも印象的であり、楽しみにしていた連載のひとつだったことを懐かしく思いだす。本作はそんな稲垣吾郎氏を主演に迎えた、40歳を目前とした男たち三人を通じて、世界との関係を描く作品である。主人公は家族や友人には恵まれているものの、非常に不器用であり、世界からはすこし隔離されたところでひとり仕事をしている。そんな主人公の生きる世界は、どのようなものであるのかを本作は描きだしている。
「本年度のコンペティション部門は、世界との距離をはかる監督のコンペであると申しあげましたが、まさにこの作品はタイトルからしても今年の本部門を象徴する作品の一本であると思っております」と、矢田部氏は本作を讃えながら、本年度のコンペティション部門のすべての作品を心を込めて紹介した。

 東京国際映画祭は、いよいよ来週の25日(木)より始まる。
 映画をもっとも身近に感じることのできる場所である、東京国際映画祭。「今年はどんな作品と出逢えるのだろう?」と、毎年映画との出逢いに思いをはせながら、映画の式典をこころから楽しみたいと願っている。六本木の、風に吹かれながら。

(text:藤野 みさき)

【コンペティション部門作品解説】
※ 各作品をクリックすると公式サイトの作品紹介ページに移ります。

◉ ヨーロッパ

『アマンダ(原題)』
107分 カラー フランス語 | 2018年 フランス

『堕ちた希望』
100分 カラー イタリア語 | 2018年 イタリア

『ブラ物語』
90分 カラー せりふなし |  2018年 ドイツ/アゼルバイジャン

『ホワイト・クロウ』
127分 カラー 英語 | 2018年 イギリス

『氷の季節』
104分 カラー デンマーク語 | 2018年 デンマーク

『ヒズ・マスターズ・ヴォイス』
108分 カラー 英語・ハンガリー語 | 2018年 ハンガリー、カナダ


◉ 北米・南米

『大いなる闇の日々』
94分 カラー フランス語・英語 | 2018年 カナダ

『ヒストリー・レッスン』
105分 カラー スペイン語 | 2018年 メキシコ

『翳りゆく父』
92分 カラー ポルトガル語 | 2018年 ブラジル


◉ アジア

『シレンズ・コール』
93分 カラー トルコ語 | 2018年 トルコ

『テルアビブ・オン・ファイア』
97分 カラー アラビア語・ヘブライ語 | 2018年 ルクセンブルク/フランス/イスラエル/ベルギー

『ザ・リバー』
113分 カラー カザフ語 | 2018年 カザフスタン/ポーランド/ノルウェー

『詩人』
123分 カラー 北京語 | 2018年 中国

『三人の夫』
101分 カラー&モノクローム 広東語 | 2018年 香港

◉ 日本

『愛がなんだ』
123分 カラー 日本語 | 2018年 日本 配給:株式会社エレファントハウス

『半世界』
120分 カラー 日本語 | 2018年 日本 配給:キノフィルムズ


第31回 東京国際映画祭
期間:2018年10月25日(木)〜11月3日(土・祝)
会場:六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区)ほか都内の各劇場および施設・ホール
公式ホームページ: https://2018.tiff-jp.net/ja/


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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、未来の映画館を作るワークショップ第一期受講生。映画のほかでは、自分磨き・お掃除・断捨離・自然・セルフネイル・洋服や靴を眺めることが趣味。最近は心の深呼吸を大切に、ひとつひとつのことに丁寧に向きあうことを目標としています。

Twitter:@cherrytree813

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