2021年12月27日月曜日

東京国際映画祭2021〜映画『四つの壁』TIFFトークサロンレポートtext藤野 みさき

© MAD DOGS & SEAGULLS LIMITED

たとえ私の心のなかに悲しみがあっても、それを微笑みに変えようといつも努力しています。なぜなら、私の映画を観にきてくださる観客の方々には、私たちは苦しみや悲しみといった感情ばかりではなく、私たちには食事の美味しさが必要であるように、人生には灯りがあるのだと、映画を通じて感じていただけたらいいなと思っているからです。——バフマン・ゴバディ

 

『酔っ払った馬の時間』『亀も空を飛ぶ』『ペルシャ猫を誰も知らない』など、常に力強い作品を世に送りだしつづける、名匠バフマン・ゴバディ監督。このたび約四年ぶりの新作となる『四つの壁』は、世界初公開のワールドプレミアとして、本年の東京国際映画祭で上映。多くの観客の心を動かし、話題になりました。

 いまから遡ること約十年前、ゴバディ監督はイランより亡命を余儀なくされ、のちに本作『四つの壁』の舞台である、トルコのイスタンブールに移り住みます。しかしゴバディ監督にとって、異国の地での生活、そして映画を撮ることは、ときにいのちの危険をも伴うほど大変なことでした。このTIFFトークサロンでは、来日の叶わなかったゴバディ監督がオンラインを通じて、どのようにして『四つの壁』を製作なされたのか、監督にとっての「壁」とはなにを象徴し意味するのか、そして、どのような想いを本作に込めたのかなどを語りました。ここにトークの模様の全文を記します。

(東京国際映画祭2021公式TIFFトークサロンアーカイヴより。構成・文:藤野みさき)

 

* * *

 

市山尚三さん(以下市山):このたびのゲストをおまねきしたいと思います。本日上映されました、映画『四つの壁』より、監督のバフマン・ゴバディさんにお話をお伺いしたいと思います。ゴバディ監督、どうぞ宜しくお願いいたします。

 

※ バフマン・ゴバディ監督が画面に映し出されます。

 

市山:Hi, Hello.

 

バフマン・ゴバディ監督(以下BG):Hello.

 

市山:まず、東京国際映画祭にワールドプレミア(世界初上映)という機会を与えていただきまして、ありがとうございます。

 

BG:こちらこそ、東京国際映画祭、そして私の映画をご覧になったみなさまに心から御礼を申しあげます。

 

市山:本日一回目の上映があり、もう一度上映があるのですが、既にツイッターなどには「素晴らしい映画だ」という評判があがっておりますので、日本の観客の方々にも受けいれられていると思います。

 

BG:とても嬉しいです。なぜなら、数年前に、実はこのお話を日本で撮りたいと考えたことがあったからです。

 

I ものがたりの起源

 

市山:では、まずそこから、お話をお伺いできればと思います。本作のストーリーを思いついたきっかけはどのようなことだったのでしょうか? なにか実際の事件があったのか、それとも、ご自身でお考えになられたのかを、お聞きしたいと思います。

 

BG:私は生まれたときから、様々な壁を感じておりました。はじめの壁というのは、父と母の間にある壁でした。そのあとは(ゴバディ監督が)クルド人なので、クルド人と政府との戦いの壁も感じましたし、革命もありましたので、革命と前の体制の壁もあります。そしてイラン戦争が始まることでも壁を感じました。それから、私と家族の間にも壁が存在してしまいました。

実は十年前なのですが、イスタンブールに引越しをしたのです。私の借りていたアパートからは海が見えました。それから一ヶ月だけ、私はクルディスタンに行ったのですが、イスタンブールに戻ってきましたら、目の前にあった樹々がどんどんなくなっていました。いまでも忘れられないのですが、私の部屋の窓からひとつの樹が倒れるところが見えて、下を見ましたら、そこには労働者の方々が働いており、クルド語を話していました。私は彼らに「なにがどうなっているのですか?」と聞きましたら、「これから、ここには建物を建てます」と言われました。私のアパートからは海が見えなくなってしまう。借りていたアパートでよかったなと思いましたが、もしも買っていたらどうなってしまっていたのだろう、と思いました。ですので、いつも私の頭のなかには別の壁がありましたので、本作もここから生まれたのだと思います。

 

さきほどのお話にすこし戻るのですが、私は小さい頃、日本と中国、韓国との違いがわからなかったのです。でも成長し大きくなるにつれて、いまの時代では、「中国人ですか?」と聞くと「いいえ、日本人です」と怒られてしまったり、「日本人ですか?」と聞くと「いいえ、韓国人です」と怒られてしまうので、そのようなときに「壁ができたなあ」と感じます。様々なひととひととの間、または国と国との間に、どんどん壁ができてしまっている。ですので、人類は壁をつくることに関しては非常に優秀だと思うのですが、もしもできるのなら、反対に壁を壊す才能があればいいのにな、と願うことがあります。

 

 タイトルの『四つの壁』に込められた意味

 

市山:ありがとうございました。『四つの壁』という題名からひとつヒントを得られた気がいたします。『四つの壁』の、「壁」の意味はわかるのですが、「四つ」という意味に関しましては、具体的に映画のなかで主人公が四つの壁を経験することがあるのでしょうか? それとも、もうすこし抽象的な意味が込められているのでしょうか?

 

BG:これはシンボリック的な意味での「壁」と捉えていただけたらと思います。本作の主人公は音楽家のボランですが、ボランだけの人生を語るのではなく脇役ひとりひとりの人生も語りたかったのです。私は映画で主人公だけのものがたりをずっと語ることを好みません。私の映画のなかでは、モスクでお祈りする方々が主役でありますし、警察官も主役のひとりでもあるのです。とくに警察官という存在は、私に当てはまる話でもあります。といいますのは、私の父は大変厳しく「あなたは絶対に医者になるべきだ」などのプレッシャーを感じておりました。ですので、警察官という存在に対しても思いいれがあるのだろうと思います。そして、愛の壁や憎しみの壁は、ボランと母親との間にも存在するのではないでしょうか。

 

 ロケーションについて

 

市山:ありがとうございました。では、本日ご覧になられた観客のみなさまからも質問が届いておりますので、ひとつ、ご紹介したいと思います。

 

Q.1:非常に美しいロケーションでしたが、この場所がどのような場所で、なぜこの場所を選ばれたのか。その経緯を教えてください。

 

BG:ロケーションはイスタンブールでおこないました。すこし説明をしますと、映画を製作するひとにとってロケーションは非常に意味があることなのです。なぜなら、本当の意味で、撮影する場所のことを知らないと自分の映画をつくることは難しくなりますし、言語も非常に大切です。私はイスタンブールについてあまり知らず、トルコ語もまったくわかりませんでした。27日間という撮影期間のなかで、780人のスタッフと知らないロケーション現場で映画を撮影するのは、私にとってはとても大変なことでした。ですので、質問のなかで「ロケーションが美しい」と言ってくださるのを聞いて、大変嬉しかったです。私は一年以上イスタンブールに住んでいたのですが、いつも飛行場からタクシーで自分のアパートに帰り、ずっと部屋にこもっては、散歩もアパート周辺しかしていなかったのです。イスタンブールの街という街を歩きまわることもありませんでした。ですので、知らないロケーションのなかで映画をつくるということがどれほど大変なことなのか、ということにつきましては、実際に映画をつくられる方のほうが、私の気持ちをわかっていただけるのではないかなと思います。

 

 ロジャー・ウォーターズについて

 

市山:ありがとうございます。次もご覧になられた方からの質問です。

 

Q.2:ロジャー・ウォーターズがプロデューサーとしてクレジットされておりますが、どのように携わっているのでしょうか?

 

BG:実は、私はイギリスのBBCでロジャー・ウォーターズさんのインタヴューを聞いておりました。彼は映画を大切にし、大変多くの作品をご覧です。そのインタヴューのなかで「バフマン・ゴバディの作品も観たことがあります」ということばを聴いて興味をもちました。そして、イスタンブールでピンク・フロイドのライヴがあったときにロジャーさんに直接お逢いして、お食事をしながら色々なことを話しました。その際に、クルディスタンでISを逃れて難民キャンプで過ごしている女性や子どもたちを助けていることを知ったのです。そのクルディスタンのお話とは別に、実は私にはアメリカのラスベガスでひとつの企画があり、当時その企画を撮影しようとしていました。ですが、その企画は時間が掛かってしまうとのことで、イスタンブールに戻ってきたのです。短い期間で本作を撮影しようと思ったのですが資金が足らず、ヨーロッパなどで資金を集めていました。そのとき、ロジャーさんから「これからどうするのですか?」と訊かれまして「いまはトルコで映画を撮りたいのですが、資金を待っている状態なのです」と伝えました。そうしましたら「僕が参加しますよ」と、言ってくださったのです。たった27日間という期間で撮影をするのは大変なことでしたので、彼には本当に助けていただきました。

 

市山:ロジャー・ウォーターズさんは、実際に撮影の現場にも行かれたのでしょうか?

 

BG:はい、そうです。実際の現場にもプライベート飛行機で来ていただきました。とてもエネルギッシュな方で、映画を細かい部分から制作に至るまで、驚くほど熟知しておられました。また大変な読書家で、アラブやイランなどの中近東にも大変に興味をもたれていて、非常に知識人な方でもあります。それでいてまるで二十歳くらいのような若々しいエネルギーをお持ちで、とても素晴らしい方です。


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 急遽のキャスティング 主役を演じたアミル・アガエイについて

 

市山:ありがとうございます。続きましても、別の方からのご質問です。

 

Q.3 主演の俳優さんの、まるでロバート・デ・ニーロを思わせるパワフルな演技に圧倒されました。主演を演じられた方について、どのようなひとなのか、そしてどのようにキャスティングをなされたのかをお聞かせください。

 

BG:主役を演じられた、アミル・アガエイさんはイラン出身の俳優さんです。ですが、私が当初オーディションで選んでいた方はトルコの俳優さんだったのです。撮影の始まる前の約一ヶ月間、私たちは一緒に仕事やテストをしていたのですが、ある朝起きましたら、突然そのトルコの俳優さんからメッセージがありました。そこには「ごめんなさい。この役は私にとっては大きく、重すぎます」と、綴られていたのです。大変驚きました。なぜならあと三日で撮影を開始しなくてはならなかったからです。そのときアシスタントの方が「アミル・アガエイさんはいかがですか? イランの方ですが、トルコ語も話されます」と、提案してくださったのです。私は以前、彼に偶然トルコでお逢いしたことがありました。彼は脚本を書いていますし、素晴らしい役者さんなのです。「もしも空いていたら……」という思いで連絡をしてみましたら、来ていただけることになりました。そしてたった二日間だけのリハーサルで、準備ができました。アガエイさんは理解が深く、ご自身の演じられるキャラクターや本作の脚本についてもよくわかっておられましたので、大変助かりました。

 

市山:ありがとうございます。それからヒロインというべきでしょうか、途中で出でこられる、事故を起こした青年の母親役の方も、素晴らしい女優さんだと思いました。この方もトルコの方なのでしょうか?

 

BG:彼女はトルコ人なのですが、いまは有名になられてきて、テレビドラマなどで活躍されています。彼女はとても強い表情をもっていて、主人公のボランに負けないくらいの表情を見せてくれる、素晴らしい役者さんです。

 

 鳥を撃つ、という仕事について

 

市山:ありがとうございます。映画の最初のほうで、ボランが空港に降りてくる鳥を撃つという仕事をされていましたね。観ていて「確かにこれは必要なことなのかな」と思ったのですが、これはトルコでは仕事としておこなわれていることなのでしょうか?

 

BG:五年ほど前になりますが、実はイランの飛行場でこのような仕事をする方々の写真を見たのです。私はクルディスタン州のサナンダジュというところが本当の故郷(ふるさと)なのですが、そこの飛行場が谷間にあるため、離陸する飛行機のエンジンに鳥が吸いこまれないために、鳥を撃つ仕事をしている方々がいらっしゃるというのは知っていました。ですので、日本はわからないのですが、もしかしたら、森の中にある飛行場や中近東などはやっているのではないかなと思います。イスタンブールの飛行場ではおこなわれているのかは定かではありませんが、新しく建築されているイスタンブールの飛行場は森に囲まれているので、このような仕事をされる方は必要なのではないかなと思います。映画を観ていただければお解りの通り、私たちの眼には直接は見えないようになっています。そして最新型の銃は音がそれほど大きくはないので、飛行場の音などもあり、発砲されたとしても、私たちの耳にははっきりとは届かないのではないかと思います。

 

 劇中の音楽について

 

市山:ありがとうございます。次の質問です。

 

Q.4 主人公がミュージシャンということもあり、本作では音楽のシーンが至るところにでてきますが、この音楽はトルコの音楽なのでしょうか? それとも、クルディスタンの音楽なのでしょうか?

 

BG:全部で8トラックを使用しているのですが、そのうちの6トラックはクルドの音楽で、私がつくっています。あとのふたつはクルド語で書き、それらをトルコ語に訳してもらいました。そして、実はトルコで製作している映画のなかでは、クルド人を題材とする映画はすくないのです。トルコにはクルド人もたくさん住んでいるのですが、お互いが睨みあうようなことがあるというのは、私が住んでいるなかで感じたことでした。ですので、トルコ人にクルド人の本当の生活や気持ちをわかってもらいたいという思いがあり、トルコに住んでいるクルド人のものがたりをつくろうと思ったのです。これはプロデューサーから言われたことなのですが、クルド語で製作した場合、公開するときに何か言われる懸念がある。とのことでしたので、トルコ語で製作することにしたのです。また、トルコの音楽家の方にも、一緒に音楽をつくるなどして大変お世話になりました。またイランにも私の大好きな音楽家がいるのですが、その方にも一緒に音楽をつくっていただきました。

音楽家のお名前を聞き取ることができなかったため省略しております。ご了承ください。)

 

 ゴバディ監督の人生 苦しみのなかでもユーモアや笑顔を忘れないために

 

市山:ありがとうございます。この作品は非常にパワフルで、シリアスな映画ではあるのですが、ところどころにユーモアがあります。例えば、犬のシーンであったり、警官がもらい煙草をするシーンであったりと、それらのシーンが笑いを誘う感じがいたしました。これは、意図的にユーモアのシーンをいれてゆこうと思われたのでしょうか?

 

BG:人生においてもですが、私は苦しみや悲しみといった感情をバランスよくとらなければならないと思っています。いまはふるさとから離れて見知らぬところに住んでいますが、私自身にもバランスが必要です。ですので、私の心のなかで生きている子ども心や、私がふるさとで過ごした子ども時代の記憶を忘れずに生きてゆこうと思っております。私はいま51歳ですが、イランを離れてからは13年になります。ですので、心のなかでは「私はいま13歳だよ」と言っています。たとえ私の心のなかに悲しみがあっても、それを微笑みに変えようといつも努力しているのです。なぜなら、私の映画を観にきてくださる観客の方々には、私たちは苦しみや悲しみといった感情ばかりではなく、私たちには食事の美味しさが必要であるように、人生には灯りがあるのだと、映画を通じて感じていただけたらいいなと思っています。新型コロナウィルスが蔓延して一年半以上が経過していますが、いま本作をつくっていたら、劇中にもっとユーモアを取りいれていただろうと思います。次はアメリカで企画がありますが、コロナという大変苦しい時間を過ごした方々には、もっと希望や幸福、そして微笑みを必要としていると思うのです。ですので、音楽など、色々なことを変えていこうと考えています。

私たち映画をつくるひとたちは、まるで二人の人間がひとつの肉体にはいっているような気がします。映画をつくっているあいだは映画監督なのですが、ほかの時間はごく普通の人間なのです。私の人生は悲劇ばかりで、クルド人ということもあり、様々な困難に遭ってきました。クルド人のものがたりを書くなら、私自身の人生を書けてしまうほどです。ですが、映画をつくっているときは、私の辛く苦しい感情は入れないようにしています。私は国を出て、他のところに住んでいますので、いまはとくに、いつ、誰から襲われるかわからないという「恐れ」を抱きながら人生を送っています。歩いていて、ふと「後ろを誰かが歩いてきているのでは」と心配になることもあります。それは、イランの政府のひとでしたりと様々です。ときには殺されてしまうと思うこともあります。そのような人生を送っていますが、それを敢えて観客の方々と共有する必要はないのではないかと思うときがあるのです。ですので映画をつくるときは自分の話は置き、もっとユーモアをいれたいと思っています。

 

 俳優さんと音楽との親密性について

 

市山:ありがとうございます。次はご覧になられた方からの質問で、音楽のお話に戻ります。

 

Q.4 主人公たちが演奏していた曲がとても素敵でしたが、俳優さんのなかに楽器を演奏できる方はいらっしゃるのでしょうか?

 

BG:音楽を演奏している方は実際にバンドをもっていらっしゃる方々です。劇中の目の見えない方(ボランにアパートを紹介する方)は、実際は弁護士なのですが、音楽活動もなされている方です。ボラン役のアミル・アガエイも楽器を演奏できます。みなさん、音楽に興味をもたれていたり、あるいは関わっている方々だったのです。

 

 日本の方々へのメッセージ ゴバディ監督の祈り

 

市山:ありがとうございます。最後に、日本の方々にメッセージがございましたらお願いいたします。

 

BG:私は日本と日本の方々が大好きです。ですので、遠くから、みなさんを心配したり、日本のもつ美しさや平和的な部分がなくならないようにとお祈りしております。そして、心配である隣国との争いもおこらないことも。我々にとって「愛」とは一番の宗教です。愛がいつもみなさんを守り、包みこみますようにと心から祈っております。

私たちがふたつの手をもっているのは、お互いの手を握るため、握手をするためだと思っております。ですが、いまその手は、スマートフォンやツイッターなど、様々なところで憎しみのコメントをすること、流すことに使われています。本来でしたら、私たちの手は、そのようなことに使うためのものではなく、お互いを大切にするために存在するのだと思います。ですので、スマートフォンやツイッターで、憎しみのことばが流れてしまうのは本当に残念なことです。

いま、日本・中国・韓国・北朝鮮の間には多くの壁ができている気がいたします。ですが、映画のなかでも示されていますが、このような壁というのは現実ではないのです。人間の現実というのは、やはりみな同じ人間ですので、壁をつくるのではなく壊すべきだと思います。そのために音楽を奏でたり、文化を題材にしながら、お互いの間にある壁をどんどん壊してゆく。それが、私の願いであるのです。

 

* * *

 

 いまこの瞬間も、世界では多くの難民や迫害など、たくさんのひとびとが苦しみ、人種・宗教・思想など、数えきることのできない壁が私たちの間に存在しています。私はゴバディ監督の話される原語を理解することができませんでしたが、通訳さんを通じて私たちのもとに届けられることばのひとつひとつから、背景にあると想像される日常の危険と緊迫感が伝わってきました。

 だからこそ「どんなときでも、ユーモアを、微笑みを忘れてはいけない」とおっしゃるゴバディ監督のことばに、つよく胸をうたれます。そして最後のメッセージからも、ゴバディ監督の発信することの勇気と覚悟、そして人類を分け隔てなく深く愛する心が伝わってきました。スクリーニングショット中にも手をあわせ「ありがとうございます」と深く感謝を述べていたゴバディ監督。本作『四つの壁』が日本で公開することを願うとともに、ゴバディ監督の平和を願う祈りが、ひとりでも多くの方々の心に届きますよう祈っております。

 

text:藤野みさき)


© MAD DOGS & SEAGULLS LIMITED

『四つの壁』

原題:The Four Walls

2021年/114分/カラー/トルコ/トルコ語、クルド語/ワールドプレミア/コンペティション部門

 

◉ 作品解説

クルド人の音楽家のボランは、妻と子供を呼び寄せる日を楽しみにしながら部屋のローンを返済するために働いている。そんなボランを悲劇が襲う。『亀も空を飛ぶ』(04)のゴバディ監督による強烈な人間ドラマ。(第34回東京国際映画祭公式ホームページ、映画『四つの壁』作品解説より)

 

◉ キャスト

監督:バフマン・ゴバディ

出演:

アミル・アガエイ

ファティヒ・アル

フンダ・エルイイト

 

【第34回東京国際映画祭】
開催期間:20211030日(土)~118日(月)【10日間】会期終了

会場:① 日比谷会場:東京ミッドタウン日比谷/TOHOシネマズ日比谷/TOHOシネマズ シャンテ

② 有楽町会場:東京国際フォーラム/有楽町よみうりホール/角川シネマ有楽町/ヒューマントラストシネマ有楽町

③ 銀座会場:シネスイッチ銀座

公式サイト:https://2021.tiff-jp.net/ja/

 

35回東京国際映画祭開催決定!

20221024日(月)〜112日(水)【10日間】

 

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【執筆者プロフィール】

藤野みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ映画批評・ライター講座第二期後期受講生。

映画のほかでは、美容・セルフネイル・自分磨き・お掃除・断捨離、洋服や靴を眺めることが趣味。FW・ムルナウをはじめとする独表現主義映画・古典映画・ダグラス・サークなどのメロドラマを敬愛しています。


Twittercherrytree813

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2021年11月11日木曜日

映画『半狂乱』評text井河澤 智子

「行き場のない情熱と、怒り」


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29才 夢に怯えるのはうんざりだ」

 

このコピーによると、どうやら夢には期限があるらしい。演劇に明け暮れる30手前の若者に、家族は現実を見ろと諭す。オーディションでも相手にされない。

金もない。将来の当てもない。あるのは夢だけ。

 

そんな彼らの間で、演劇を続けるか、映像に進出するかの口論が起きる。

「舞台を映画にすればいい」と一攫千金を狙う座長の将(越智貴広)。

舞台は舞台である、とこだわる樹志(工藤トシキ)。

そして、映画には舞台より金がかかるという現実。

しかし、舞台を映画化するための金策に関して、将はいくらかの勝算があるようだった……その自信はどこから?

 

そして6ヶ月後。

彼らは公演初日に劇場を占拠し、200人もの観客を監禁することになる。

逃げ場がない状況で、彼らの狂気はどんどんエスカレートしていく。

この6ヶ月の間、彼らはなにをしていたのか?

 

『狂覗』(2017)『超擬態人間』(2021)など、サスペンス・ホラーのジャンル映画を手がけてきた藤井秀剛監督作『半狂乱』。

今回は「生きにくい社会に対しての怒り」も交え、

夢に追い詰められ、斜め上の方向に突っ走っていく青年たちの、限界を超えた狂気が描かれる。

 

何故、彼らは公演初日の劇場を占拠し、観客の目前で凄惨な事件を起こすに至ったのか。

時間軸が複雑に切り替わるインターカットの手法で、劇場で起こっている事態と、6ヶ月前から彼らが仕組んできた、あるいは巻き込まれてきた出来事が交互に描かれる。

公演初日、直前準備でバタつく彼らの顔は髑髏(どくろ)のように塗られている。その中に紛れるように「震えが止まらない役者」「謎の札束」と言った仕掛けが施される。

この他にも「日本刀」や「ボロボロのチケット」などのアイテムが、現在の劇場と、そこに至るまでの時間を繋ぎ、「彼らが犯罪に手を染めることになった経緯」「何故そこまで追い詰められ、200人もの観客を人質にするに至ったか」を語る。複雑に絡み合った物語を読み解くそれらの小道具に是非ご注目を。

「すっかり神経が参ってしまった役者が、なぜその状態で楽屋入りする羽目に陥ったのか」も説明されるが、時間軸の関係で「忘れた頃に説明される」のでご注意を。

しかし、筆者がこの作品のあらすじに触れるのはここまでにしておこうと思う。

 


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この作品はできるだけ事前に情報を入れずにご覧いただきたい。

筆者は、真っ白な状態のまま、久しぶりの「試写室での試写」にワクワクしながら入場したものの、さて上映が終わり外に出た時には、自らの脳内が真っ白になっており、少し傾いているはずの陽の光が異様に眩しく感じたのを思い出す。

監督の作品をこれまで観てきた方なら慣れているのかもしれないが、筆者は幸か不幸か初めてであったため、鳩尾にストレートを受けたように、しばらく重い感覚が残ることとなった。これが「爪痕を残される」ということか。

試写室での上映という臨場感も効いた。この作品は、劇場で観るべきである。

あらすじを大まかにしか書かないのは、観る方に筆者と同じ衝撃を受けて欲しいからである。

それだけ強烈な作品であった。

 

もうひとつ心に引っかかっていたのは、「これはちょっといただけない」という描写の数々である。

社会的弱者を「彼らの夢のために」搾取するとも受け取れるシーンや、狂気の若者たちが舞台上で繰り広げる常軌を逸した行動。エキストラですら退場したというそのシーンは、重要な場面ゆえに目を離せず、しかし残る後味は苦い。

 

しかし、時には。

時にはこのような狂気を孕んだ映画に一撃を喰らうのもいい。

「あれはどうなんだ」と考えるのはそれからだ。

 

監督自身が若き日に起こした出来事を元に、20年かけて送り出されるこの作品、『半狂乱』。

劇場で、その「逃げ場がない感覚」を、是非味わっていただきたい。


(text:井河澤 智子)



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『半狂乱』

2021年/111分/シネマスコープ/R15

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◉ あらすじ

劇場に集まった200名の観客が人質にされた。

出演者たちが劇場を占拠したのだ。

半年前、役者達は“苦悩”していた。

夢へまい進する一方、社会は決して優しくない。

追い詰められた彼らが下した一世一代の決断。

それは全てを賭けた舞台公演のための強盗計画だった。

◉ キャスト

越智貴広

工藤トシキ

山上綾加

山下礼

望月智弥

美里朝希

田中大貴

宮下純

種村江津子

 

◉ スタッフ

監督・製作・撮影・編集:藤井秀剛

製作総指揮:山口剛

プロデューサー:梅澤由香里 元川益暢 藤井秀剛

ラインプロデューサー:納本歩

音楽:青山涼

企画/共同製作:Skill

制作プロダクション: CFA

制作:POP RAPÀLLO

配給・宣伝:POP

 

◉ 公式ホームページ

https://www.hankyoran.com


◉ 劇場情報

1112日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。

 

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【執筆者プロフィール】

井河澤 智子 Ikazawa Tomoko

 

幸か不幸か、29歳の頃はなんの焦燥感もありませんでした。

そこまで年齢が重たい規範となるとは思いもしないで生きてきました。

しかし、今ならわかります。

 

劇団員という不安定な夢を追い続けることができる人は、

逆にとても強いのかもしれません。

「青春」という概念は、とても人を縛り付けるものなのだなぁ、と

他人事のように思っています。

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2021年8月26日木曜日

映画『ショック・ドゥ・フューチャー』評text藤野 みさき

「エレクトリック・ミュージックの夜明け」

 

© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films


 ときは、1978年。日本では、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が公開されて大旋風を巻きおこし、音楽界ではピンクレディーの『UFO』や『サウスポー』、山口百恵の『プレイバックPart2』、大橋純子の『たそがれマイ・ラブ』など、いまもなお語りつがれる昭和を代表する歌謡曲が全盛期だったあの頃。フランスのパリでは、エレクトリック・ミュージック(電子音楽)のおとずれが、すこしずつ聴こえはじめていた。


© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films

 当時は「未来の音楽」と言われていた、エレクトリック・ミュージック。

 機材もあまりなく、あつかえるひとも、手にはいるひとも限られていた。本作『ショック・ドゥ・フューチャー』は、そのエレクトリック・ミュージックに魅せられ、いちはやく未来に手を伸ばそうとした、ひとりの若い女性作曲家の一日の奮闘を描いたものがたりである。

 

 主人公は、若手作曲家のアナ。

 予定いっぱいの一日の朝を、彼女は煙草をふかしながら迎えていた。きょうは、依頼されていたCM曲の締切り日。そして夜にはパーティに大物プロデューザーがくると聴き、自分の音楽を聴いてもらえる機会だと胸を高鳴らせていた。

 アナは壁一面に並べられたシンセサイザーをみつめる。彼女は椅子に腰掛け、メガネをかけ、ヘッドフォンをして、作曲を開始するのだが、そのシンセサイザーが壊れてしまう。途方に暮れているアナに修理屋の技術師が新しい機械をみせる。それが、新しいリズムマシンの「CR-78」である。彼女は瞳を輝かせ「これを私に貸してちょうだい。いい音楽が創れるわ」と嘆願する。アナは夢中になり、さっそく作曲をはじめるのであった。


© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films

 主人公のアナを演じるのは、アルマ・ホドロフスキー。

 1991年生れの若き新鋭である。彼女は、『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』『リアリティのダンス』など、数々の傑作を世界に送りだす、映画監督のアレハンドロ・ホドロフスキーを祖父に持つ。映画『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)『キッズ・イン・ラヴ』(2016年)に俳優として出演。着々とキャリアを重ねるなかで、モデルとしても活動し、フレンチ・ポップ・バンド「バーニング・ピーコック」のヴォーカルも務める。そんな多彩なアルマも、本作を支えるおおきな魅力だ。

 美しいスタイルに、メイクをしなくても艶のある健康的な肌。シンセサイザーに向きあうときの、真摯で澄んだまなざし。そして、エレクトリック・ミュージックの音にふれるときの、彼女の瞳の輝きと笑顔。アルマの表情豊かで、演じるアナのどこか自由奔放な性格も、私たちを画面に惹きつける。

 

 劇中には、入れ替わり立ち代り、さまざまな人物がアナの部屋をおとずれる。レコードコレクター、CM曲担当者、修理屋、歌手。

 そこから浮かびあがるのは、当時、女性が作曲家として生きていくことの難しさである。「どうして女は約束を守られないんだ!」とCM曲担当者は怒鳴り、「“若くて美人なのだから歌手になればいい”と言われるわ」と、アナは言う。女性というだけでレッテルをはられて、生きたい道を叶えたい夢も実現することが難しい時代。これは、私たちの生きる現在でもあることではないだろうか。

 これは私の話しになるのだが、いまよりも若いころ「若いのにどうして昔の映画ばかりを観ているのか」と言われたこともあった。悲しいことに「若い女性」というだけで、さまざまなことばを言われたり、脆弱な立場に置かれてしまう。現在ですらそうなのだ。約43年前のフランスや世界が、固定概念を振りはらい、女性が社会進出することがどれほど大変なことであったのか、想像することは難しいことではない。


© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films

 エレクトリック・ミュージックを愛し、作曲家の道を歩もうとするアナに、もっとも寄り添う存在であるのが、彼女の家におとずれたクララだ。クララもまた若く才能ある歌手である。アナはクララにシンセサイザーでのレコーディングを薦め、ふたりは息をあわせるかのように即興で曲をつくりあげてゆく。「ドラムは使っていないの?」と驚くクララに、「そうよ。全部これ(機材)だけでつくったの」と、瞳を輝かせて答えるアナ。ビートを刻む瞬間の高揚感に、高鳴る鼓動。ひとつの曲ができるまでの様子が実に楽しそうに描かれており、観ている私たちをも魅了する。

 

 しかし、アナの愛するエレクトリック・ミュージックは当時のパリでは浸透していないのが現実だった。パーティでレコーディングをした曲を大物プロデューサーに聴かせても「フランスでは売れないだろう」と、厳しいことばを言われてしまう。落ちこみ、涙をながすアナ。芸術家のたまごたちの必ず通るであろう険しい道のり。なにを信じればいいのかわからなくなってしまったアナに、傍で見守ってきたCM担当者が語りかける。

「君のファンはいる。なのにどうして奴の意見だけを気にするんだ? 人生で大切なのは、転ぶ回数よりも起きあがる回数だよ」と。


© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films

 大切なのは、誰でもなく自分だ。

 そして「好きだ」と愛することを、誰よりもまずは自分が信じてあげることだ。ときは遡るが、2010年の321日に、アンスティチュ・フランセでおこなわれた、アルノー・デプレシャン監督とマチュー・アマルリックとの対談で、黒沢清監督がご自身の映画製作についてをこのように述べていた。「ぼくは自分でつくった映画の一番のファンでありたいのです」と。約十年前のことであるが、黒沢監督のことばは、当時もいまも変わらず、ずっと私のこころにのこっている。大切なのは、どれほど自分のつくった作品に誇りをもち、愛することができるのかだと。

 

 アナは担当者と深く抱擁を交わし、美しき夜のパリを歩いてゆく。

 彼女はこれからフランスに到来する空前のエレクトリック・ミュージックの熱狂を知らない。いまはまだ、彼女に時代が追いついていないだけなのだ。大丈夫。夜明けは近い。


(text:藤野 みさき)


© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films


『ショック・ドゥ・フューチャー』

原題Le choc dfutur

2019フランスフランス78シネスコサイズ/PG-12

© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films


◉ あらすじ

1978年、パリ。ミュージシャンのアナは、部屋ごと貸してもらったシンセサイザーで、依頼されたCMの作曲にとりかかっていたものの、納得のいく曲が書けずにいた。すでにプロデューサーと約束した締め切りは過ぎ明日クライアントに出しなければならない担当者は、何度かしにやって来る。なのに、シンセサイザーの機材れ、修理呼ぶ羽目に。しかし、修理に来た技術者が持っていたズムマシン(ROLAND CR-78)に魅せられたアナは、「これがれば、ものすごい曲を作れる」と頼み込んで貸してもらう。そこCM曲の収録依頼されていた手のクララがしているうちにアイデアがんだ2人は即興で曲を作り始めた。たして、大物プロデューサーも参加するはずの夜のパーティに、アナは未来の音楽を成させることができるのか。——プレス資料より


◉ キャスト

アナ:アルマ・ホドロフスキー

CM曲担当者:フィリップ・ル

レコードコレクター:ジェフリー・キャリー

歌手クララ:クララ・ルチアーニ


◉ スタッフ

監督:マーク・コリン

本:エリーナ・ク・

作:エル・ルフィエ、ニコラ・ジューディエ

撮影:ステファノ・フォルリーニ

編集ン・マルコール


◉ 配給

アット エンタテインメント


◉ 宣伝

プレイタイム


◉ 公式ホームページ

https://chocfuturjp.com


◉ 劇場情報

8月27日(金)より、新宿シネマカリテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開。


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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期受講生。
映画のほかでは、美容・セルフネイル・自分磨き・お掃除・断捨離、洋服や靴を眺めることが趣味。F・W・ムルナウをはじめとする独表現主義映画・古典映画・ダグラス・サークなどのメロドラマを敬愛しています。1978年とは、私の父や伯母の青春時代。この時代をリアルタイムで生きられたことがとても羨ましいく思いながら、映画を拝見しておりました。

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