「行き場のない情熱と、怒り」
「29才 夢に怯えるのはうんざりだ」
このコピーによると、どうやら夢には期限があるらしい。演劇に明け暮れる30手前の若者に、家族は現実を見ろと諭す。オーディションでも相手にされない。
金もない。将来の当てもない。あるのは夢だけ。
そんな彼らの間で、演劇を続けるか、映像に進出するかの口論が起きる。
「舞台を映画にすればいい」と一攫千金を狙う座長の将(越智貴広)。
舞台は舞台である、とこだわる樹志(工藤トシキ)。
そして、映画には舞台より金がかかるという現実。
しかし、舞台を映画化するための金策に関して、将はいくらかの勝算があるようだった……その自信はどこから?
そして6ヶ月後。
彼らは公演初日に劇場を占拠し、200人もの観客を監禁することになる。
逃げ場がない状況で、彼らの狂気はどんどんエスカレートしていく。
この6ヶ月の間、彼らはなにをしていたのか?
『狂覗』(2017)『超擬態人間』(2021)など、サスペンス・ホラーのジャンル映画を手がけてきた藤井秀剛監督作『半狂乱』。
今回は「生きにくい社会に対しての怒り」も交え、
夢に追い詰められ、斜め上の方向に突っ走っていく青年たちの、限界を超えた狂気が描かれる。
何故、彼らは公演初日の劇場を占拠し、観客の目前で凄惨な事件を起こすに至ったのか。
時間軸が複雑に切り替わるインターカットの手法で、劇場で起こっている事態と、6ヶ月前から彼らが仕組んできた、あるいは巻き込まれてきた出来事が交互に描かれる。
公演初日、直前準備でバタつく彼らの顔は髑髏(どくろ)のように塗られている。その中に紛れるように「震えが止まらない役者」「謎の札束」と言った仕掛けが施される。
この他にも「日本刀」や「ボロボロのチケット」などのアイテムが、現在の劇場と、そこに至るまでの時間を繋ぎ、「彼らが犯罪に手を染めることになった経緯」「何故そこまで追い詰められ、200人もの観客を人質にするに至ったか」を語る。複雑に絡み合った物語を読み解くそれらの小道具に是非ご注目を。
「すっかり神経が参ってしまった役者が、なぜその状態で楽屋入りする羽目に陥ったのか」も説明されるが、時間軸の関係で「忘れた頃に説明される」のでご注意を。
しかし、筆者がこの作品のあらすじに触れるのはここまでにしておこうと思う。
この作品はできるだけ事前に情報を入れずにご覧いただきたい。
筆者は、真っ白な状態のまま、久しぶりの「試写室での試写」にワクワクしながら入場したものの、さて上映が終わり外に出た時には、自らの脳内が真っ白になっており、少し傾いているはずの陽の光が異様に眩しく感じたのを思い出す。
監督の作品をこれまで観てきた方なら慣れているのかもしれないが、筆者は幸か不幸か初めてであったため、鳩尾にストレートを受けたように、しばらく重い感覚が残ることとなった。これが「爪痕を残される」ということか。
試写室での上映という臨場感も効いた。この作品は、劇場で観るべきである。
あらすじを大まかにしか書かないのは、観る方に筆者と同じ衝撃を受けて欲しいからである。
それだけ強烈な作品であった。
もうひとつ心に引っかかっていたのは、「これはちょっといただけない」という描写の数々である。
社会的弱者を「彼らの夢のために」搾取するとも受け取れるシーンや、狂気の若者たちが舞台上で繰り広げる常軌を逸した行動。エキストラですら退場したというそのシーンは、重要な場面ゆえに目を離せず、しかし残る後味は苦い。
しかし、時には。
時にはこのような狂気を孕んだ映画に一撃を喰らうのもいい。
「あれはどうなんだ」と考えるのはそれからだ。
監督自身が若き日に起こした出来事を元に、20年かけて送り出されるこの作品、『半狂乱』。
劇場で、その「逃げ場がない感覚」を、是非味わっていただきたい。
(text:井河澤 智子)
© POP Co.,Ltd. |
『半狂乱』
2021年/111分/シネマスコープ/R15
© POP Co.,Ltd.
◉ あらすじ
劇場に集まった200名の観客が人質にされた。
出演者たちが劇場を占拠したのだ。
半年前、役者達は“苦悩”していた。
夢へまい進する一方、社会は決して優しくない。
追い詰められた彼らが下した一世一代の決断。
それは全てを賭けた舞台公演のための—強盗計画だった。
◉ キャスト
越智貴広
工藤トシキ
山上綾加
山下礼
望月智弥
美里朝希
田中大貴
宮下純
種村江津子
◉ スタッフ
監督・製作・撮影・編集:藤井秀剛
製作総指揮:山口剛
プロデューサー:梅澤由香里 元川益暢 藤井秀剛
ラインプロデューサー:納本歩
音楽:青山涼
企画/共同製作:Skill
制作プロダクション: CFA
制作:POP RAPÀLLO
配給・宣伝:POP
◉ 公式ホームページ
◉ 劇場情報
11月12日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。
*******************************
【執筆者プロフィール】
井河澤 智子 Ikazawa Tomoko
幸か不幸か、29歳の頃はなんの焦燥感もありませんでした。
そこまで年齢が重たい規範となるとは思いもしないで生きてきました。
しかし、今ならわかります。
劇団員という不安定な夢を追い続けることができる人は、
逆にとても強いのかもしれません。
「青春」という概念は、とても人を縛り付けるものなのだなぁ、と
他人事のように思っています。
*******************************
0 件のコメント:
コメントを投稿