「エレクトリック・ミュージックの夜明け」
© 2019 Nebo Productions - The Perfect Kiss Films - Sogni Vera Films |
ときは、1978年。日本では、映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が公開されて大旋風を巻きおこし、音楽界ではピンクレディーの『UFO』や『サウスポー』、山口百恵の『プレイバックPart2』、大橋純子の『たそがれマイ・ラブ』など、いまもなお語りつがれる昭和を代表する歌謡曲が全盛期だったあの頃。フランスのパリでは、エレクトリック・ミュージック(電子音楽)のおとずれが、すこしずつ聴こえはじめていた。
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当時は「未来の音楽」と言われていた、エレクトリック・ミュージック。
機材もあまりなく、あつかえるひとも、手にはいるひとも限られていた。本作『ショック・ドゥ・フューチャー』は、そのエレクトリック・ミュージックに魅せられ、いちはやく未来に手を伸ばそうとした、ひとりの若い女性作曲家の一日の奮闘を描いたものがたりである。
主人公は、若手作曲家のアナ。
予定いっぱいの一日の朝を、彼女は煙草をふかしながら迎えていた。きょうは、依頼されていたCM曲の締切り日。そして夜にはパーティに大物プロデューザーがくると聴き、自分の音楽を聴いてもらえる機会だと胸を高鳴らせていた。
アナは壁一面に並べられたシンセサイザーをみつめる。彼女は椅子に腰掛け、メガネをかけ、ヘッドフォンをして、作曲を開始するのだが、そのシンセサイザーが壊れてしまう。途方に暮れているアナに修理屋の技術師が新しい機械をみせる。それが、新しいリズムマシンの「CR-78」である。彼女は瞳を輝かせ「これを私に貸してちょうだい。いい音楽が創れるわ」と嘆願する。アナは夢中になり、さっそく作曲をはじめるのであった。
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主人公のアナを演じるのは、アルマ・ホドロフスキー。
1991年生れの若き新鋭である。彼女は、『エル・トポ』『ホーリー・マウンテン』『リアリティのダンス』など、数々の傑作を世界に送りだす、映画監督のアレハンドロ・ホドロフスキーを祖父に持つ。映画『アデル、ブルーは熱い色』(2013年)『キッズ・イン・ラヴ』(2016年)に俳優として出演。着々とキャリアを重ねるなかで、モデルとしても活動し、フレンチ・ポップ・バンド「バーニング・ピーコック」のヴォーカルも務める。そんな多彩なアルマも、本作を支えるおおきな魅力だ。
美しいスタイルに、メイクをしなくても艶のある健康的な肌。シンセサイザーに向きあうときの、真摯で澄んだまなざし。そして、エレクトリック・ミュージックの音にふれるときの、彼女の瞳の輝きと笑顔。アルマの表情豊かで、演じるアナのどこか自由奔放な性格も、私たちを画面に惹きつける。
劇中には、入れ替わり立ち代り、さまざまな人物がアナの部屋をおとずれる。レコードコレクター、CM曲担当者、修理屋、歌手。
そこから浮かびあがるのは、当時、女性が作曲家として生きていくことの難しさである。「どうして女は約束を守られないんだ!」とCM曲担当者は怒鳴り、「“若くて美人なのだから歌手になればいい”と言われるわ」と、アナは言う。女性というだけでレッテルをはられて、生きたい道を叶えたい夢も実現することが難しい時代。これは、私たちの生きる現在でもあることではないだろうか。
これは私の話しになるのだが、いまよりも若いころ「若いのにどうして昔の映画ばかりを観ているのか」と言われたこともあった。悲しいことに「若い女性」というだけで、さまざまなことばを言われたり、脆弱な立場に置かれてしまう。現在ですらそうなのだ。約43年前のフランスや世界が、固定概念を振りはらい、女性が社会進出することがどれほど大変なことであったのか、想像することは難しいことではない。
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エレクトリック・ミュージックを愛し、作曲家の道を歩もうとするアナに、もっとも寄り添う存在であるのが、彼女の家におとずれたクララだ。クララもまた若く才能ある歌手である。アナはクララにシンセサイザーでのレコーディングを薦め、ふたりは息をあわせるかのように即興で曲をつくりあげてゆく。「ドラムは使っていないの?」と驚くクララに、「そうよ。全部これ(機材)だけでつくったの」と、瞳を輝かせて答えるアナ。ビートを刻む瞬間の高揚感に、高鳴る鼓動。ひとつの曲ができるまでの様子が実に楽しそうに描かれており、観ている私たちをも魅了する。
しかし、アナの愛するエレクトリック・ミュージックは当時のパリでは浸透していないのが現実だった。パーティでレコーディングをした曲を大物プロデューサーに聴かせても「フランスでは売れないだろう」と、厳しいことばを言われてしまう。落ちこみ、涙をながすアナ。芸術家のたまごたちの必ず通るであろう険しい道のり。なにを信じればいいのかわからなくなってしまったアナに、傍で見守ってきたCM担当者が語りかける。
「君のファンはいる。なのにどうして奴の意見だけを気にするんだ? 人生で大切なのは、転ぶ回数よりも起きあがる回数だよ」と。
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大切なのは、誰でもなく自分だ。
そして「好きだ」と愛することを、誰よりもまずは自分が信じてあげることだ。ときは遡るが、2010年の3月21日に、アンスティチュ・フランセでおこなわれた、アルノー・デプレシャン監督とマチュー・アマルリックとの対談で、黒沢清監督がご自身の映画製作についてをこのように述べていた。「ぼくは自分でつくった映画の一番のファンでありたいのです」と。約十年前のことであるが、黒沢監督のことばは、当時もいまも変わらず、ずっと私のこころにのこっている。大切なのは、どれほど自分のつくった作品に誇りをもち、愛することができるのかだと。
アナは担当者と深く抱擁を交わし、美しき夜のパリを歩いてゆく。
彼女はこれからフランスに到来する空前のエレクトリック・ミュージックの熱狂を知らない。いまはまだ、彼女に時代が追いついていないだけなのだ。大丈夫。夜明けは近い。
(text:藤野 みさき)
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『ショック・ドゥ・フューチャー』
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◉ あらすじ
◉ キャスト
◉ スタッフ
◉ 配給
アット エンタテインメント
◉ 宣伝
プレイタイム
◉ 公式ホームページ
◉ 劇場情報
8月27日(金)より、新宿シネマカリテ、渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開。
【執筆者プロフィール】
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期受講生。
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