『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』と、冒頭で紹介した『乱れる』の結末には、決定的な違いがある。
『乱れる』は、加山雄三という男の死によって終わる映画だ。そして加山が死んだことで、我々は加山の遺体の前で呆然と立ち尽くす高峰秀子と同じように、加山の唐突な最期を理解しきれないまま、複雑な思いを体験することになる。その後になって、じわじわと、加山が死んだことで、高峰と加山の男女の関係が完全に終わってしまったことを理解し、『乱れる』が真に悲劇的な映画だったことを受け入れざるを得なくなる。
反対に、『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』は、Cという男の死によって始まる映画である。死んだCが幽霊となって愛するMと家に対する思いに囚われ、執着しながらも、やがて解き放たれ、そして自らの思いに決着をつけることで、幕を下ろしている。この幽霊の消失と、『乱れる』の加山の死とは意味合いが異なる。加山の死は、高峰との関係性の完全な断絶を意味する。だからこそ、悲劇的なのである。しかし、幽霊の消失には、多様な可能性を見出すことが可能である。悲しみの視点で見れば、無に帰ったかもしれないと捉えることも可能だが、前向きな視点で見れば、新しい命として生まれ変わっていったのかもしれないと捉えることも可能である。
だからこそ、『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』は、悲劇的なストーリーであると同時に、多様な可能性を見出すことが可能な素晴らしく感動的なストーリーである――という事実を、我々は時の流れとともに理解していくだろう。
今年2018年になっても新しい動きがでています。アメリカで大ヒットの『ブラックパンサー』(監督:ライアン・クーグラー)はブラックムービーですが、オープニング1週間の興業成績が『スターウォーズ 最後のジェダイ」(監督:ライアン・ジョンソン)並という勢いです。主演は映画『42 世界を変えた男』(監督:ブライアン・ヘルゲランド)で、伝説の黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソン役が印象的だったチャドウィック・ボーズマン。その国王を支える人達、近衛兵までもがほぼ女性だという、「女性こそが強い」という昨年来の流れも踏襲しています。ヒットが難しいと言われるブラックムービーで大ヒットが続けば、これまた節目になるのでしょうか。確かに出演者は『ゲット・アウト』のダニエル・カルーヤ、『クリード チャンプを継ぐ男』のマイケル・B・ジョーダン、大人気のテレビドラマ『THIS IS US 36歳、これから』(脚本:ダン・フォーゲルマン)のスターリング・K・ブラウンやルピタ・ニョンゴ、アンジェラ・バセットなど旬な黒人俳優を起用したのが勝因かと思います。中にはギャラが上がる前にスケジュールを押さえられた人もいるのじゃないでしょうか。
アカデミー賞の前哨戦、ゴールデングローブ賞では、女優が皆、黒色のドレスを纏い「Me Too」や「Time's Up」のワッペンをつけて、セクハラ追放を訴えました。映画は現実社会の映し鏡です。ただ、映画が社会現象となり現実社会に大きく影響を与えることばかりなら、それはそれで諸手を挙げて賛成とは言い難い面もあります。時に誰かの偏った思想の宣伝に利用されかねない危うさもあるからです。
アメリカの女性大統領が主役の作品といえば、15年ほど前に、あの『テルマ&ルイーズ』(監督:リドリー・スコット)のジーナ・デイビス主演ドラマ『マダム・プレジデント~星条旗をまとった女神』(原題:Commander in Chief)(製作:ロッド・ルーリー)がありましたが、人気がなく1シーズンのみで打ち切りなったのは有名です。しかし当時とは状況が違います。期が熟しているなら、シットコム『VEEP/ヴィープ』(脚本:アーマンド・イヌアッチ)のような女性副大統領が主役の作品が当たっている分けですから、いずれ女性大統領が主演のドラマや映画が頭をもたげてくるということしょうか。映画なら主演の第1候補はメリル・ストリープですね。
近年のハリウッドにおける女優の地位の問題、男優と女優の待遇格差の事実が明らかになりました。追放者まで出した昨年のセクハラ事件の表出は、反トランプ政権的な流れと重なって、あの超大国の中で、トレンドなどという軽い言葉では語れない、相反する、マグマのような大きなうねりが生じているようにも見えます。映画は現実を越え、例えば少し先の価値観を植え付けるものなのか、映し鏡として、例えば、やがて知れ渡る小さな現実の萌芽をクローズアップして世に伝えるものなのか、映画と現実世界の追いかけっこは今年も目が離せません。