「あたたかな孤独」
「都会の孤独」なる紋切り型の言い回しは、その抽象性ゆえどのような器にもつるりと入り込む。不安感。断絶。「都会の孤独」ということばは、ひんやりとした感触を内包しがちであったのではないか。エドワード・ヤン『恐怖分子』(1986)ツァイ・ミンリャン『愛情萬歳』(1994)などが思い浮かぶ。勿論、詳しい方におかれましては別の作品の方が例として適切というご意見もおありでしょう。
台湾からコンペに出品された『ジョニーは行方不明』の監督ホァン・シーは、まさしく台湾ニューシネマの中心人物ホウ・シャオシェンの弟子筋にあたる。作品のトーンは全くもって「ああホウ・シャオシェンだ」と納得せざるをえない。人物ひとりひとりが緩やかに、柔らかに、有機的な細い糸で繋がりつつ、暮らしている。その様子は、劇中で映し出されるMRTの交差のようでもあり--ちょうどホウ・シャオシェン『珈琲時光』(2003)で映し出された東京の入り組んだ線路をも思わせる--ラストシーンでどんどん引いていくカメラに映し出される、夕暮れ時の混雑した高速道路の合流や分岐のようでもある。
台北のアパートの中で繰り広げられる人々の関わりは、まるでそんな駅と駅のような、道路の交差のような、点と点との緩やかな繋がりを思わせる。
生活とは、細く繋がる連続性である。その人個人の、あるいはその人をとりまく、複雑に絡まる連続性である。
思えば、「すべてが初めから明らかである」という人物などそうそうおらず、また、その全てを明かすことなく送る日常、なんていうことはごく普通なのだ。ふと、身近なあの人この人を思い浮かべる。たとえ親しくしていても、実は彼らについて知っていることなんてそんなに多くはない。この映画は、「たとえ身近な人であっても、知らないことは知らない」という、実に当たり前のことをそのまま見せる。その人の全てを知らないということは、わかっていてももどかしい。しかしそのもどかしさを肯定する。
そして、観客に提示されない部分にも物語が流れているということを示すのは、その姿どころか本人の気配すら現れない「ジョニー」という謎の人物と、彼を取り巻く人間関係である。まったく並行して存在する、誰かの生活。
スクリーンにその姿を表す彼らは、携帯電話にかかってくる間違い電話でのみ窺い知れる「ジョニーたちの世界」を知ることはない。けど「知ったような気になっちゃう」と彼女は言う。それを観察するわれわれも同様である。
「距離が近すぎると、人は衝突する、愛し方も忘れる」--なんという達観した、そしてやさしい言葉であろうか。決して彼らは断絶していない。たとえ、孤独でも。
孤独。
“loneliness” “lonesome” 少し重なる言葉に“missing”(この映画の英題は『Missing Johnny』、掛言葉的で面白い)。ことばはいろいろなイメージを内包する。“寂しさ” “ひとりぼっち”、そして“恋しい”…… どれも違う。この映画の「孤独」は不思議なほどあたたかい。
“solitude”-「ひとりである(しかし寂しいわけではない)」……これが近いかもしれない。
都会の孤独。この作品の色あざやかな、なめらかな映像に彩られた孤独。
孤独は意外なほど、あたたかい。
(text: 井河澤智子)
『ジョニーは行方不明』
Missing Johnny / 強尼・凱克
台湾 / 2017 / 105分
監督:ホァン・シー(HUANG Xi)
出演:リマ・ジダン
クー・ユールン
ホァン・ユエン
作品紹介
同じ男あての間違い電話を何度も受けた若い女性は、次第にこの男のことが気になってくる。やがてインコの失踪を契機に、彼女の思いがけぬ過去が明らかに……。ホウ・シャオシェンのアシスタントを務めたホァン・シーの監督デビュー作。台北映画祭で4賞を受賞。
作品紹介ページ(第18回東京フィルメックス 公式ホームページより)
http://filmex.net/2017/program/competition/fc05
〈第18回東京フィルメックス〉
■期間
2017年11月18日(土)〜11月26日(日)(全9日間)※会期終了
■会場
A)
11月18日(土)~11月26日(日)
有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇にて
B)
11月18日(土)~11月26日(日)
有楽町朝日ホール他にて
■一般お問合せ先
ハローダイヤル 03-5777-8600 (8:00-22:00)
※10月6日(金)以降、利用可
■共催企画
・Talents Tokyo 2017(会場:有楽町朝日スクエア)
・映画の時間プラス(期間:11/23、11/26/会場:東京国立近代美術館フィルムセンター)
■公式サイト
http://www.filmex.net/
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【執筆者プロフィール】
井河澤 智子 Ikazawa Tomoko
映画祭の季節は脳みそがオーバーヒートしてしまいます。
そのまま不安定な日常に戻ると大寒波が待っていました。
湯豆腐と化した脳みそが一気に凍み豆腐となり、
私は身の回り最低限のことしかこなせなくなっていました。
というわけでフィルメックス上映作品レビューがこんな時期になってしまった!
どうでもいいですけど、
クー・ユールンが出ていると無条件に安心してしまいます。
しかし私は彼の名前がどうしても覚えられなかったのです。
「ルンルン」と呼べばいい、ということを最近知りました。
ルンルン!もうわすれないぞ!
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