2022年12月27日火曜日

東京国際映画祭2022〜映画『隠し砦の三悪人』[4Kデジタル・リマスター版]トークショーレポートtext藤野 みさき

もしも黒澤明監督の映画と出逢わなかったら、私は映画監督になっていなかったと思います—ジュリー・テイモア

 

『隠し砦の三悪人』©︎ 1958 東宝

 

 本年で35回目を迎えた東京国際映画祭。

 新型コロナウイルスの影響が懸念されるなか、本年は海外からの審査委員・ゲストがおおく来日をされ、連日さまざまなトークショー、質疑応答などがおこなわれました。本年より「黒澤明賞」が東京国際映画祭に14年ぶりに復活。「黒澤明賞」は世界の映画界に貢献、またはこれから世界に羽ばたく輝きをひめた映画人に贈られる賞とし、本年は、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督、深田晃司監督の2名が受賞されました。同賞の連携企画として、「黒澤明の愛した映画」と題された合計9本の映画が上映。そのなかのひとつである『隠し砦の三悪人』は、第9回ベルリン国際映画祭で監督賞、国際映画批評家連盟賞に輝き、黒澤明監督の代表作のひとつとして、世界中の人々から愛されている作品です。アフタートークでは、本年の東京国際映画祭の審査委員長であり、映画監督・舞台演出家のジュリー・テイモアさんをまねき、黒澤監督への熱き想いを語りました。ここにその模様の全文を記します。(東京国際映画祭2022公式Youtubeアーカイヴ動画より。構成・文:藤野 みさき)



©︎ 2022 TIFF

Ⅰ 黒澤明監督の映画との出逢い

 

ジュリー・テイモアさん(以下JT):こんにちは。本日は黒澤明監督の映画を観るには完璧な日だと思います。私は実は15歳のときに初めて『羅生門』(1950年)を観ました。当時、私はパリでパントマイムの勉強しておりました。そして毎日のようにパリのシネマテークに通っては、外国の映画、そして日本の映画も観ておりました。外国の映画には字幕はついていませんでしたが、字幕がついていなくても、黒澤明監督の作品はちゃんと理解できました。私は、『羅生門』は、最高のものがたりのひとつだと思っております。我々はいままさに『羅生門』で描かれている世界を生きています。「誰のいう真実が、本当の真実なのか?」ということです。そして、私がもうひとつ黒澤監督の映画から感銘を受けたのは、かれの描くビジュアルの才能でした。無声映画を通して、いかに映像が力をもつのか、また劇中の「動き」、キャメラとレンズの使いかたなど、そのようなことから、私は、黒澤明監督は世界のなかで最高の巨匠であると思っております。現代でかれのような領域に達しているひとは誰もいないと思うのです。そして、三船敏郎さん、最高ですよね!

 

Ⅱ 黒澤明監督の映画 シェイクスピアをはじめ、海外からの影響について

 

市山尚三さん(以下市山):いま『羅生門』のお話しを伺いましたが、もちろん、ジュリー・テイモアさんは他の黒澤監督の映画もご覧になられていると思います。みなさまもテイモアさんのことをご存知と思いますが、舞台演出家としても『ライオン・キング』(1997年)を演出なされたことが有名です。そして映画監督としても作品を発表していらっしゃいます。『フリーダ』(2002年)や、最近ですと『グロリアス 世界を動かした女たち』(2020年)という作品が本年公開されたばかりです。そして、テイモアさんはシェイクスピアの作品も何本か監督されておられます。『タイタス』(1999年)、『テンペスト』(2010年)、『夏の夜の夢』(2014年・舞台演出)など。これはある意味で非常に黒澤監督と共通している部分だと思いますが、黒澤監督の撮られたシェイクスピア(の戯曲がベースとなっている)作品はご覧になられていますか?

 

JT:はい、シェイクスピアの作品に基づいている作品はすべて観ております。まずは『蜘蛛巣城』(1957年)ですね。黒澤監督のすばらしいところは、かれのシェイクスピアに基づいた作品は、シェイクスピアを超越しているといいますか、シェイクスピアの作品ではないのです。言語がもちろん違いますし、翻訳ものでもないと思います。かれはシェイクスピアの題材をしっかりと捉えており、日本の文化にあうように脚色をしています。これはすばらしい偉業だと思うのですが、現代では批判を受けてしまうかもしれません。

『乱』(1985年)を例にあげますと、三人の娘が、(黒澤監督の作品のなかでは)男性に変えられています。おそらく日本の文化のなかでは女性がそこまで権力を持つことがないことに基づいているのだと思いますが、それは本当に関係のないことなのです。こどもであるということ、親や目上のひとにたいしての尊敬もあります。ですが、何よりシェイクスピアの作品を忠実に描いているということが、世界中の人々の心に、作品が、そしてものがたりが響くのです。シェイクスピアは世界で最も優れた脚本家であると思います。世界にはかれの作品に基づいた映画が900本以上存在する、ということがそれを証明しています。シェイクスピアの作品にある人間性というものを、黒澤監督はしっかりと捉えられていたと思います。

 

Ⅲ 海外から見る黒澤明監督の作品 映画監督同士がおたがいに影響を与えあうこと

 

市山:黒澤監督は、シェイクスピアだけでなく、海外、とくにヨーロッパの文学作品に基づいた作品も撮られています。例えば、ドストエフスキーの小説の映画化である『白痴』(1951年)、『どん底』(1957年)などがあげられます。現在、国立映画アーカイブでは「脚本家 黒澤明」という企画展がおこなわれているのですが、そこでバルザックがお好きだったということも展示物のなかで明らかにされておりました。我々日本人からしますと、海外の方々には黒澤監督の作品はわかりやすいのか、それとも日本的な部分があるのか、そのことについてはどのように思われますか?

 

JT:非常にわかりやすいと思います。

 

市山:わかりました。もうひとつ話題をあげますと、黒澤監督の撮られたもののなかに『生きる』(1951年)という作品があります。本作はイギリスを舞台に『生きる—LIVING』(2022年)という題名でリメイクがなされて、あすの東京国際映画祭のクロージングを飾る作品になっております。そのように、黒澤監督のオリジナルの作品が、海外でリメイクをされるということも起こっております。テイモアさんは『生きる』はご覧になられていますか?

 

JT:はい、『生きる』はもちろん観ているのですが、何年も前のことのためコメントを述べることができないのです。リメイク版はまだ観ておりません。

 

市山:私は『生きる—LIVING』を観ているのですが、非常に忠実に追っており、イギリス映画として成立しているように思えました。ですので、私が考えたのは、もしかすると黒澤監督のオリジナルの作品は、海外でリメイクがしやすいのかなと思ったのです。


©︎ 2022 TIFF


Ⅳ 『隠し砦の三悪人』について

 

JT:『羅生門』は『暴行』(1964年)としてリメイクをされています。これは南北戦争後の時代に基づいており、人種差別の問題も扱っていますが、根本的な題材は「誰が殺したのか? 誰の視点を信じるのか?」という、まさに『羅生門』で描かれていることです。この『隠し砦の三悪人』は、ジョージ・ルーカス監督が『スター・ウォーズ』(1977年)を制作するときのインスピレーションになったというのは非常に有名な話です。ですが、実は私は『スター・ウォーズ』を観ていないので、なんとも言うことができません。しかし、もともと黒澤監督は、この『隠し砦の三悪人』をジョン・フォード監督の作品からインスパイアされて製作したとも言われております。ですので、映画監督同士が、おたがいに他の監督の作品から影響を受けて製作するというのは、セルジオ・レオーネ監督の『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』(1966年)も該当します。この作品もまた黒澤監督の作品に影響を受けたと言われています。ですので、それぞれの国、文化にあわせて、他の監督からインスパイアされている作品というのは多いのです。

 

市山:いま『隠し砦の三悪人』をご覧になられたばかりですが、本作は以前にご覧になられていますか?

 

JT:はい、何年も前に観ています。実は昨夜と今朝観直したのですが、最初は音声のある状態で観ていました。二回目は音声を消して観たのですが、これは本当に映画を製作したい、勉強したい方々にとっては、最高の教科書になると思いました。大変衝撃を受けたのです。やはりフレームのつかいかたや構成、そしてどのように動きを見せるのか、というところまで。まさに絵画を描くような、かれはまさに画家なのではないかと、そして振付師でもあると思うのです。また能の音楽を侍の戦の場面などで用いていますが、最近このようなことを若い映画監督はやらなくなっていると思うのです。キャラクターを表現するために、音楽をつかうですとか。これはもしかするとテレビが関係しているのかもしれませんが、現在は本当に娯楽性、商業主義に走り過ぎていると思います。ですので、みなさんは是非とも、一度目は音声のある状態で、二度目は音声を消して映画を観ていただけると、黒澤監督がいかに優れた映画監督であるのか、ということがわかると思います。天才的だと思います。


©︎ 2022 TIFF

Ⅴ 黒澤明監督の表現力 キャメラワーク、演出方法について

 

(観客のみなさんは)いまご覧になられたばかりですのでおわかりになると思いますが、馬を追いかけている三船敏郎さんがいて、かれから逃げてゆくふたりの男を映すとき、キャメラは静止しています。そして、三船さんがふたりの男に近づくとき、キャメラはパンをするのです。そうすると、三船さんの背景はとても速く動きます。パワーや興奮が、すべて三船さんに注がれるのです。そして対照的にふたりの男は弱く表現されています。ですので、黒澤監督はキャメラワークを用いて、私たちの感情を動かしているのです。私は最初に観たときは気がつかなかったのですが、2回目、3回目と観たときに、初めてそのことに気がつきました。「なんて天才的なのだろう!」と、感じまたのです。同じシーンの最後のほうで、馬の走る足をクローズアップで映しだします。そのことによって、さらに興奮度は高まりますし、より力や緊張感を与えることができます。ですので、キャメラのアングル、動きで、この場面を演出しているのです。

黒澤監督といえば、ワイドショットを多用することで有名ですが、最近の監督さんたちは誰もワイドショットを撮らないのです。これは予算的なこともありますが、テレビ、またはインターネットの配信用であるがためにできない、ということもあるでしょう。最近はクローズアップ、または手持ちキャメラが多くなっています。ワイドショット、ワイドスクリーンといいますのは、登場人物、情報など、すべてを埋めなくてはなりません。背景でも、手前でも、なにかが起こっている、非常に複雑なショットになります。これは構成がしっかりしていないとできないことです。これは最近の作品ではまったく観られない手法です。黒澤監督は、ロングレンズとショートレンズの両方を用いておりますし、お姫様が山のうえにいて、手前に男性たちがいるという、非常にダイナミックな構図も撮られています。さまざまなレンズを使い分けて撮っているところが、観ていて「すごいな」と、思いました。

 

 最後に

 

市山:お話しが尽きないのですが、時間が迫ってまいりました。ジュリー・テイモアさんから、なにか黒澤監督の作品に付け加えることがありましたら、お話しください。

 

JT:もしも黒澤明監督の映画と出逢わなかったら、私は映画監督になっていなかったと思います。

 

市山:ありがとうございました。そして、みなさまぜひ、ジュリー・テイモアさんの映画をご覧ください。特に今年アメリカで公開された『グロリアス 世界を動かした女たち』という作品がございます。主演のジュリアン・ムーアが女性人権活動家を演じている、本当にすばらしい作品です。(本国での)上映は終了してしまいましたが、インターネットの配信などで観ることができると思います。まだご覧でないかたは、是非ともテイモアさんの作品をご覧になってください。

 

※ ジュリー・テイモア監督の最新作『グロリアス 世界を動かした女たち』は、2023513日より日本での劇場公開が決定いたしました。従って、本稿では邦題で明記しております。ご了承くださいませ。

 

(text:藤野 みさき)


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©︎ 1958 東宝

『隠し砦の三悪人』[4Kデジタル・リマスター版]

英題:The Hidden Fortress4K Digitaly Remastered Version

1958年/139分/モノクロ/日本/日本語

監督:黒澤明

脚本:黒澤明、橋本忍、菊島隆三、小国英雄

制作:黒澤明、藤本真澄

音楽:佐藤勝

撮影:山崎市雄

編集:黒澤明

キャスト:三船敏郎、千秋実、藤原釜足、上原美佐、藤田進

 

◉ 作品解説

戦国時代を舞台に、敗軍の侍大将が姫君と軍資金を守りながらふたりの百姓を従えて敵中を突破するアクション活劇。興行的に大成功するとともに、ベルリン映画祭で監督賞を受賞した。世界中に存在する素晴らしい名作の数々。それらをスクリーンで鑑賞する機会は限られています。黒澤明賞の復活に伴い、ここに世界のクロサワが愛した名作が鮮やかに蘇ります。(第35回東京国際映画祭公式ホームページ、映画『隠し砦の三悪人』[4Kデジタル・リマスター版]作品解説より。)

 

『グロリアス 世界を動かした女たち』

原題:The Glorias

2020年/アメリカ/英語/147分/カラー/ビスタ/5.1ch/字幕翻訳:髙橋彩

監督:ジュリー・テイモア

脚本:ジュリー・テイモア、サラ・ルール

出演:ジュリアン・ムーア、アリシア・ヴィキャンデル、ティモシー・ハットン、ジャネール・モネイ、ベット・ミドラー

提供:木下グループ

配給:キノシネマ

公式サイト:https://movie.kinocinema.jp/works/theglorias/

2023513日(金)より、kino cinema横浜みなとみらい他にて全国順次公開

 

【第35回東京国際映画祭】

開催期間:20221024日(月)〜112日(水)【10日間】※会期終了

会場:

【日比谷会場】東京ミッドタウン日比谷/TOHOシネマズ日比谷/日比谷ステップ広場/BASE QTOHOシネマズ シャンテ/東京宝塚劇場

【有楽町会場】東京国際フォーラム/有楽町よみうりホール/角川シネマ有楽町/ヒューマントラストシネマ有楽町/丸の内ピカデリー/有楽町micro FOODIDEA

【銀座会場】シネスイッチ銀座/丸の内TOEI

【丸の内会場】マルキューブ(MARUCUBE

公式ホームページ:https://2022.tiff-jp.net/ja/


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【執筆者プロフィール】

藤野みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ映画批評・ライター講座第二期後期受講生。

映画のほかでは、美容・自分磨き・お掃除・クラシック音楽、洋服を眺めることが趣味。FW・ムルナウをはじめとする独表現主義映画・古典映画・ダグラス・サークなどのメロドラマを敬愛しています。最近はミニマリストに影響を受けています。

本年も大変お世話になりました。数はすくないながらも、記事を読んでくださったみなさまに、心より御礼申しあげます。本当にありがとうございました。どうか良いお年をお迎えくださいませ。


Twittercherrytree813

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