2017年7月16日日曜日

「フランス映画祭2017 『エル ELLE』上映後トークイベント」text藤野 みさき

※一部、作品の結末に触れている箇所があります。

©Rumi Shirahata/UniFrance

 本年度の仏映画祭のなかでも、最も注目を集めた映画『エル ELLE』。フィリップ・ディジャンの原作「エル ELLE」をもとに、この映画は『ブラックブック』以来、実に10年ぶりのポール・ヴァーホーヴェン監督の長編作品となった。主演を務めたのは、まさに「現代のグレタ・ガルボ」と呼ぶにふさわしいフランスの名女優、イザベル・ユペール。上映後の場内の熱気が冷めやまないなか、盛大な拍手と歓待とともに、ポール・ヴァーホーヴェン監督、イザベル・ユペールを壇上に迎えた。司会は東京国際映画祭プログラミング・ディレクターである矢田部吉彦さん。限られた短い時間のなか、矢田部さんのテキパキとした司会進行のもとで質疑応答が始まり、主人公ミシェルの内側の世界から彼女の役づくりに至るまでを語った。ここでは、その質疑応答の様子の全文を記す。

(2017年6月23日(金)有楽町朝日ホールにて 取材・構成・文:藤野 みさき)

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矢田部吉彦さん(以下矢田部):ポール・ヴァーホーヴェン監督、そしてイザベル・ユペールさん。この見たこともないような本当に素晴らしい作品を東京に届けてくださってありがとうございます。まず、お二人から一言ずつ、会場の皆様にお言葉を頂戴できますでしょうか?

ポール・ヴァーホーヴェン監督(以下PV):HI! こんにちは。このような形でまた東京に戻って来られましたことを大変嬉しく思っております。今回は5回目の来日になるのですが、毎回映画のプロモーションでした。しかし、今回は特別な作品をもっての来日となります。なぜか。それは、隣にいらっしゃる方のおかげです。

矢田部:ありがとうございます。では、続いてユペールさん、お願いいたします。

イザベル・ユペールさん(以下IH):(日本語で)コンニチワ! こんにちは。この場にいられることを本当に嬉しく思っておりますし、何と言っても隣にいらっしゃるポール・ヴァーホーヴェン監督と一緒にこの場にいられること、そして本当にたくさんの方にお越しいただきまして大変嬉しく思っております。

矢田部:ありがとうございます。それでは早速なのですが、皆様からのご質問をお受けして参りたいと思います。質問のある方、いらっしゃいますでしょうか?

 矢田部氏の司会進行の中、質問は会場の観客へと引き継がれてゆきます。

Q1. まずはユペールさんに御礼を申し上げたいと思います。去年(の仏映画祭で上映された)『愛と死の谷』のQ&Aの時でも、イザベル・ユペールさんは本当に有名な方でいらっしゃいますのでぜひ毎年来てください、とお願いをしたのです。お願いをした甲斐があったと思いました。本当に二年連続で来てくださってありがとうございます。

IH:アリガトウ!

質問と言いますか僕が感じたことなのですが、主人公のミシェルはやはりお父さんと同様にとても残酷な殺人犯としての性格を受け継いでいるのかな、という気がしたのです。ものすごく残酷な人の殺し方をする妄想のシーンがありましたが、実際はそうではなかったですよね。でも最後にレイプされそうになる時に「どうぞ」と体をあずけるシーンがありました。その場面を見て、もしも激しく殴られてしまったら、ミシェルの中の何かが壊れて大暴走を起こし、あのレイプ犯をも、ものすごく残酷な殺し方をするような気がしました。現実ではそのようなシーンはありませんでしたが、ミシェルの残酷で恐い性格が隠れているような気がしたのですが、演じられたユペールさんは主人公であるミシェルの正体・本当の性格についてはどのように思われますか?

IH:(英語で)まず自分自身を滅ぼしてしまう、というのは確かにあるかもしれませんが、この出来事・経験を通して、彼女はある意味自分を再構築するのだと私は考えております。そして、如何してそのような行動をしたのか? もしかしたら過去に原因があるのかもしれないですし、(ミシェルの父親が)連続殺人鬼だったということが説明になるのかもしれません。けれども、映画ではそのことが必ずしもリンクされている訳ではありません。それは一つの情報として主要なことが描かれていますので、観客の方の好きなように解釈をしていただけたらと思います。そしてミシェルは一つの悲劇的な出来事──レイプをされる──ということに、ポジティヴにとは言わないまでも、何か自分の頭の中で、子供時代であったり、自分が誰であるのか、ということと関連づけてゆくのです。そして、もしかしたら、非常に男性的な暴力というものが何処から来るのかということを自分自身がこの暴力と直面したことによって「知りたい」と思っているのかもしれません。ですから、今非常に冷酷でとおっしゃいましたけれども、そのミシェルの冷酷さのようなものが彼女の原動力になっている訳ではないと私は考えております。彼女は復讐のプランを間違いなく持っていたと思います。そして、それを見事に達成する訳ですが、これらすべては彼女にとって実存主義的な一つの体験だったのだと考えております。

矢田部:監督は事前にかなりユペールさんとミシェルのキャラクターについてディスカッションをされたのでしょうか? もしもされたとしたら、どのようなお話をされたのか教えていただけますか。

PV:実は一切そのようなディスカッションはもっておりません。勿論どういう風に撮るのかというステージング、物理的で場当たり的なことをするのか、そして、レイプのシーンに関しては、ある意味非常に危険な事故が起こりうるシーンでもありますので、きちんと事前に話し合いました。けれども、このミシェルという女性のキャラクター・彼女の動機というものに関しては一切ディスカッションはしていないのです。そしてディスカッションをしなかった理由は、私たちの中で、それはするべきではないことなのだと考えていたからだと思います。例えそのようなことについて話し合ったとしてもフロイト的な分析にしか至らない。そして、それは私たちが映画を作る際に何の助けにもならないと考えていたからです。私自身はイザベルさんを本当に信頼して、彼女はミシェルとしてやるべきことの全てを分かっていらっしゃいました。ですから、そういった部分での演出は一切つけていませんし、本当に直感的な意味で彼女が誰であるのかということを含めて、私たちは同じものを見ていたのだと思います。ですからコミュニケーションにおいては頷くだけで充分だったのです。

矢田部:ありがとうございます。

Q2. 映画冒頭のいきなりのレイプシーンから、ものすごく心を掴まされたと言いますか、目が離せないすごい導入だなあと思って、まずそこが吃驚したところでした。質問は、この映画では二つ大きな事件がありますよね。一つはユペールさん(演じるミシェル)のお父さんが連続殺人犯であることと、二つはミシェルが受けるレイプの事件です。どちらもモデルになったと言いますか、事件はあったりしたのでしょうか?

PV:まずミシェルが幼少期に経験したことが彼女にどう影響していたのか。そしてレイプ犯である男とサドマゾ(SM)的な関係を始めることと何か結果として繋がってゆくのかというのは、原作の小説でも繋がりがあるのかというのは全く描かれていませんし、映画でも同様です。そして、その辺りの関連性についても、著者であるフィリップ・ディジャン氏に訊くこともありませんでしたけれども、まずこのキャラクターであるミシェルを生み出して、実際にそのような体験をした女性が何十年も経った後どのように振る舞うのかということを、多分彼は掘りさげて書いていったのではと推察します。そして父親の方なのですが、これはノルウェーで──確か70年代くらいだったと記憶しているのですが──殺人を犯した事件がありました。そしてそのキャラクターをベースにしている、というのは著者がおっしゃられていました。

矢田部:ありがとうございます。

©Rumi Shirahata/UniFrance

Q3. ポール監督、イザベルさん、Q&Aにお越しくださってありがとうございます。ポール監督の『ロボコップ』は私の子供の頃のヒーローでした。質問は二つあります。二つともイザベルさんにお願いしたいのですが、一問目の質問のお答えで、男性から受ける暴力について自分の中で解釈をしていたのではないか、というようなお答えがありましたけれども、最後のパーティから帰ってくる車の中で「貴方の奥さんも、他の女性も、もっと早くこうすべきだった」と相手に対して対峙する姿勢を明確に表しますけれども、その間(あいだ)というのは、ミシェルの中でどのような考え方をもって男性に対して接していたのか。暴力というものがどのようにしてくるのか、ということを探っていたのか。そして、最後のところで、向かいの奥さんであるレベッカに「(夫の行動に)付き合ってくださってありがとうございました」と言われて、とても複雑な表情をしていましたけれども、ミシェルの中では犯人に対して何か一つ見切りをつけて自分の中で解決をしてゆこう、というような答えが出せたのかということをお伺いしたいです。もう一つは単純なお話しで、とても激しいシーンがありましたので、実際にお怪我などはなさらなかったでしょうか?

IH:(フランス語で)ストーリーの中でですけれども、彼女はいまおっしゃられたシーンで、突然話し方が、雰囲気が変わってゆきます。その中には皮肉もあればユーモアもあるのですが、このシーンでは一つのゲームのような形になって登場人物たちが近づいてゆく訳ですね。そして、このストーリーの最初の段階で、ユーモアも皮肉もあるのですが、最初にすでにミシェルは「復讐をしよう」と計画を立てます。そして、その復讐の計画が完結することとなるのです。いま突然フランス語になったということに気がつきました(笑)。

会場:(笑)。

IH:そして、この事件があってミシェルは初めて男性、特に男性の暴力について理解をし始めるのですが、特に最後のシーンですね。隣人のレイプ犯の妻と話して、その奥さんがミシェルにお礼を言う訳ですけれども、このシーンによって何かミステリアスなものが加わって、ますます複雑になってゆきます。そして隣人の女性はカトリック信者であり非常に真面目な人なのに、夫と言わば共犯のような行動をとりますから、ますます複雑になってゆくのです。

矢田部:あの……、ちょっと普段から恥ずかしくて訊けない質問をユペールさんにしたいと思うのです。この映画なら許されるのではないかと思うのですが、一番大変なシーンはどこでしたでしょうか。

IH:何もありませんでした。でも見るのは大変なシーンはあると思います。一番大変だったのは小さな鳥(スズメ)が死ぬ、あのシーンです。それはなぜかと言いますと、この映画のテーマはやはり「命」だと思うからです。命というものは非常に貴重なもので、こんな小さな鳥でも彼女は救おうとする訳ですから、いかに命が大切なのか。というテーマへと繋がってゆくと思うのです。

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 会場は終始熱気に包まれながらも、観客からのひとつひとつの質問に丁寧に、そして真剣な面持ちで答えていた、ヴァーホーヴェン監督とイザベル・ユペール。ヴァーホーヴェン監督は非常に力強くはっきりとした英語に手のジェスチャーをまじえながら、この映画にかける想いを伝えようとしていた。観客のひとりの女性が「ロボコップは私の子供の頃のヒーローでした」と伝えたとき、ヴァーホーヴェン監督は本当に嬉しそうに、優しく笑みをこぼしていたことが印象深い。
 そして、ピンクのスーツを颯爽と着こなして、壇上に現れたイザベル・ユペール。その姿の、なんてすてきなことだろう。矢田部さんが「一番大変なシーンはどこだったでしょうか」という質問にも、すこし目をみひらきながら「何もなかったわ」と、実にさらっと即答したのはさすがである。

『エル ELLE』は、カテゴライズをすることが難しい映画だ。
 レイプ犯を探すエロティック・サスペンスかと思えば、観客をハッと驚かせるスリラーでもある。人間の奥深くに潜む恐ろしさを炙り出す心理劇かと思えば、なんとも滑稽な大人たちを描いたブラック・コメディとも言えるだろう。その解釈は観るひとによって違った印象を与えることと思う。どのジャンルにも属さないこの類い稀な傑作を、ぜひ劇場で体感してほしい。そして、イザベル・ユペールの、まさに氷の微笑にこころをかき乱される瞬間こそが、この映画のもつ最大の魅力である。

(text:藤野みさき)

『エル ELLE』は8月25日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー



『エル ELLE』
原題:ELLE/2016年/131分/フランス/カラー/シネマスコープ/5.1chデジタル
字幕翻訳:丸山垂穂/PG-12

作品解説
セザール賞作品賞・主演女優賞受賞、アカデミー賞主演女優賞ノミネートも果たした、ひときわ異彩を放つ話題作が遂に日本上陸!
自宅で覆面の男に襲われたゲーム会社の女社長(イザベル・ユペール)が、自ら犯人をあぶり出すために恐るべき罠を仕掛けていく……。彼女は強靭な精神力と、妖艶な魅力を放つ大人の女性である。だが、事件の真相に迫るに従い、観客は衝撃の連打を浴びることとなる。彼女こそが、犯人よりも遥かに危ない存在だった……!?

出演
イザベル・ユペール
ロラン・ラフィット
アンヌ・コンシニ
シャルル・ベルリング
ヴィルジニー・エフィラ
ジュディット・マーレ
クリスチャン・ベルケル
ジョナ・ブロケ
アリス・イザーズ

スタッフ
監督:ポール・ヴァーホーヴェン
脚本:デヴィッド・バーク
原作:フィリップ・ディジャン「エル ELLE」(ハヤカワ文庫)
音楽:アン・ダッドリー
撮影:ステファーヌ・フォンテーヌ
編集:ヨープ・テル・ブルフ
美術:ロラン・オット
衣装:ナタリー・ラウール

配給
ギャガ GAGA

劇場情報
8月25日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

公式ホームページ
http://gaga.ne.jp/elle/

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『フランス映画祭2017』               
   
開催日程:2017年6月22日(木)〜25日(日)※会期終了 
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇
オープニング作品:カトリーヌ・ドヌーヴ主演『The Midwife』(英題)
主催:ユニフランス
公式サイト:www.unifrance.jp/festival

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第2期後期、未来の映画館を作るワークショップ第1期受講生。映画のほかでは、自然、お掃除・断捨離・セルフネイル・洋服や靴を眺めることが趣味。本年の仏映画祭では『エル ELLE』と『エタニティ 永遠の花たちへ』というふたつのすばらしい傑作に出逢うことができて、本当に嬉しかったです。

Twitter:@cherrytree813

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