2018年4月24日火曜日

映画『女神の見えざる手』評 text今泉 健

「映画と現実の追いかけっこ」 


 今年の第90回アカデミー賞、下馬評では『スリー・ビルボード』(監督:マーティン・マクドナー)か『シェイプ・オブ・ウォーター』(監督:ギレルモ・デル・トロ)が有力とされている中、反トランプ政権の動きで「ビバ メヒコ!」の流れに乗り、どちらかというとデル・トロ監督に軍配が上がった形になりました。昨年や今年の諸々のアカデミー賞の受賞結果は「時代の節目、転換点だった」と後世で語られるのでしょう。昨年のアカデミー賞が黒人達にスポットライトを当てたということなら、今年は「オタク」な人達が脚光を浴びたともいえます。一方女優が脚光を浴びていたのも事実。『スリー・ビルボード』の主演女優フランシス・マクドーマンドは「男おばさん」ならぬ、「女おじさん」という風体、『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンズは最上級の不思議ちゃんといずれも超個性派女優、この2本がアカデミー賞の話題をけん引していました。マクドーマンドの受賞スピーチは同性に向けての応援演説であり、アカデミー賞の名場面の仲間入りは必至です。

 昨年は、女性が主人公の映画が印象深い1年でした。特に後半、イザベル・ユペール主演の『エル ELLE』(監督ポール・ヴァ―ホーヴェン)、1950年代の話ですがマーキュリー計画で頭角を現す黒人女性たち、 タラジ・Pヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ主演の『ドリーム』(監督セオドア・メルフィ)、シャーリーズ・セロン主演の『アトミック・ブロンド』(監督デヴィッド・リーチ)など筆頭に、エイミー・アダムス主演の『メッセージ』(監督ドゥニ・ビルヌーブ)も、ガル・ガドット主演のあの『ワンダーウーマン』(監督パティ・ジェンキンス)が公開になりました。『マイティー・ソー バトルロイヤル』(監督:タイカ・ワイティティ)のケイト・ブランシェット演じる敵役も、そもそも筋肉ムキムキなクリス・ヘムズワースのソーよりタイマンで強いという設定になっています。共通しているのは、「強い女性」というより、「女性こそが強い」ということです。女性があくまで女性のまま、逞しく生きていること。男社会が舞台でも人種偏見に晒されても、男勝りとは違って女性であるまま強いことなのです。そしてそんな中でも際だっていたのが、ジェシカ・チャスティン主演の『女神の見えざる手』(監督ジョン・マッデン:原題:Miss Sloane)でした。
 この作品は、アメリカの政界が舞台の女性ロビイストの話です。ロビイストとは、「ロビー活動」をする人たちのことで、ロビー活動とは、政界、官界で根回しをすることです。特定の企業や団体の利益のために、政治家や官僚に対して働きかけ、有利な政策を立案、実行させる仕事です。その団体が政治献金などですでに代議員と一体化しているので、直接議員からオファーがきたりします。法人形態を取っていて、様々な規模で専門分野を持つ事務所があり、職業として確立しています。活動を規制する法律、例えばロビイストが無料で政治家を招いて旅行をしてはいけない等も定められています。
 アメリカの政界もまだまだ男性社会というのが現実のようで、政界のロビーは実弾が飛び交ってないだけで戦場さながら、一寸先は闇のもっとも熾烈な職場のように作品から窺えます。この辺りは、女性フィクサーが主人公の米ドラマ『スキャンダル 託された秘密』(製作:ションダ・ライムズ)も同じようなイメージです。『スキャンダル』は主演ケリー・ワシントンで、政治家の「身の下」問題などプライベートな件も扱う点が違いますが、マスコミに印象操作を行うことなどは同じです。そして「スキャンダル」のオリビア・ポープ以上にこの作品の主人公エリザベス・スローンは「エグい人」でした。結果が全てなので手段を選びません。使えるものは何でも使います。部下からの信頼とか気遣いとか倫理観とかギリギリの線どころか大きく踏みだしても勝とうとします。この様子はまさに肉食獣。女性としての性欲も抑えません。彼女の仕事の根源的な動機、今回は銃規制の推進ですが、個人的動機は明確になりません。話を追うにつれ、そんなものは明確にしたら諸刃の剣、いや、そもそも個人的な感情などないのかもしれません。そんなのはあったとしても、目標完遂には不要だから観客にすら見せていないかのように思います。彼女は何重にも作戦を巡らし、最後は自分の境遇でさえも切り札で使います。まさに「肉を切らして骨を断つ」ですが、この戦法は男性ではここまでの度胸がなくて難しいかなと思えてきます。作品自体も銃規制を取り上げているので特に現政権の政策に反する内容です。銃の問題はアメリカがアメリカたる所以でもあり、現状維持か規制か実際に意見も割れています。そこに女性が半ば1人で挑戦状を叩きつけるという展開は、やはり「女性こそが強い」、「女性こそが世の中を変える」と主張しているように思いました。
 キャストは米ドラマ『ニュースルーム』(製作:アーロン・ソーキン)という政局を扱うニュース番組の米ドラマに出演した、主要レギュラー、アリソン・ピル、トーマス・サドスキーの2人と、弁護士の米ドラマ『グッド・ワイフ 彼女の評決』(製作:ロバート・キング、ミシェル・キング)のレギュラー、クリスティーン・バランスキーもカメオみたいに出演。ポリティカルドラマの雰囲気づくりに貢献しています。また、アメリカの国内問題ですが、製作はEUからも加わっていて、それだけにアメリカという国に対する客観性が強いのでしょう。
 そして、この「女性こそが強い」は、昨年のアカデミー賞を賑わせた『ラ・ラ・ランド』(監督:デイミアン・チャゼル)で既に始まっていたように思います。エマ・ストーン演じるミアが故郷アメリカを離れ単身フランスへ、そしてライアン・ゴズリング演じるセバスチャンが地元のLAでお店を持つ展開というのは、ちょっと昔のミュージカル風な作品で意外に思いました。男性が残り女性が去るという流れは印象的であり、ステレオタイプな概念とは真逆でした。
 
 先のアメリカ合衆国大統領選でドナルド・トランプ氏の当選に憤慨、落胆する人たちの報道の中でハリウッド周りの人たちの姿が印象的でした。もちろんトランプ氏を推す著名人もいましたが、ハリウッドでは全体的にヒラリー・クリントンを待望していたような印象です。列挙した各作品の撮影時期は当然、大統領選が決する前の作品ばかりです。各々の企画意図まで吟味したわけではないですが、ある程度作品数が揃っていることもあり、アメリカ初の女性大統領誕生の予感が、女性が際立つ作品たちを作らせたような気がしてならないのです。「女性大統領の誕生=女性の強さの覚醒」という刷り込みが、意識的か無意識的か作品に投影されたのではないでしょうか。『ELLE』はフランス映画ですが、米国の一般公開日が2016年11月11日(Fri)、大統領選の一般投開票日、スーパーチューズデーが11月8日なので、女性大統領の誕生を目論んだ公開日とも思えるのです。 
 当初ヒラリー・クリントンが出馬を表明した後には対抗馬に大した候補も出ず、最終的に共和党候補がドナルド・トランプになった時、殆どの人がヒラリーを次期大統領だと思ったのではないでしょうか。ちょっと前なら泡沫候補の体であり、野放図で差別的な発言を繰り返すトランプの方をアメリカ人が推すと信じていた人は数少ないと思います。しかし、その一方でイギリスがEU離脱を国民投票で決めてしまうなど、今までの予定調和は成立しないという流れもありました。またヒラリー・クリントンの私用メールサーバー疑惑の発火点の張本人たちが出てくるドキュメンタリー『ウィーナー  懲りない男の選挙ウォーズ』(監督:ジョシュ・クリーグマン、エリース・スタインバーク)を見る限り、民主党陣営の運営には脇の甘さが目立ち、ひとりで勝手にこけた部分もあります。トランプ氏は目の前にいる聴衆が何を望んでいるか察知して言葉に出来る能力に長けている優秀なビジネスマンのように見えます。ただ現政権にもロシアの選挙介入疑惑なんてものが燻っていて、当選を一番驚いたのはトランプ氏自身だったというブラックジョークのような話がまことしやかに囁かれているくらいです。やはり様々な立場の人にとってもこの結果が衝撃だったという表れでしょう。
 今年2018年になっても新しい動きがでています。アメリカで大ヒットの『ブラックパンサー』(監督:ライアン・クーグラー)はブラックムービーですが、オープニング1週間の興業成績が『スターウォーズ 最後のジェダイ」(監督:ライアン・ジョンソン)並という勢いです。主演は映画『42 世界を変えた男』(監督:ブライアン・ヘルゲランド)で、伝説の黒人メジャーリーガー、ジャッキー・ロビンソン役が印象的だったチャドウィック・ボーズマン。その国王を支える人達、近衛兵までもがほぼ女性だという、「女性こそが強い」という昨年来の流れも踏襲しています。ヒットが難しいと言われるブラックムービーで大ヒットが続けば、これまた節目になるのでしょうか。確かに出演者は『ゲット・アウト』のダニエル・カルーヤ、『クリード チャンプを継ぐ男』のマイケル・B・ジョーダン、大人気のテレビドラマ『THIS IS  US 36歳、これから』(脚本:ダン・フォーゲルマン)のスターリング・K・ブラウンやルピタ・ニョンゴ、アンジェラ・バセットなど旬な黒人俳優を起用したのが勝因かと思います。中にはギャラが上がる前にスケジュールを押さえられた人もいるのじゃないでしょうか。 
 アカデミー賞の前哨戦、ゴールデングローブ賞では、女優が皆、黒色のドレスを纏い「Me Too」や「Time's Up」のワッペンをつけて、セクハラ追放を訴えました。映画は現実社会の映し鏡です。ただ、映画が社会現象となり現実社会に大きく影響を与えることばかりなら、それはそれで諸手を挙げて賛成とは言い難い面もあります。時に誰かの偏った思想の宣伝に利用されかねない危うさもあるからです。
 アメリカの女性大統領が主役の作品といえば、15年ほど前に、あの『テルマ&ルイーズ』(監督:リドリー・スコット)のジーナ・デイビス主演ドラマ『マダム・プレジデント~星条旗をまとった女神』(原題:Commander in Chief)(製作:ロッド・ルーリー)がありましたが、人気がなく1シーズンのみで打ち切りなったのは有名です。しかし当時とは状況が違います。期が熟しているなら、シットコム『VEEP/ヴィープ』(脚本:アーマンド・イヌアッチ)のような女性副大統領が主役の作品が当たっている分けですから、いずれ女性大統領が主演のドラマや映画が頭をもたげてくるということしょうか。映画なら主演の第1候補はメリル・ストリープですね。 
 近年のハリウッドにおける女優の地位の問題、男優と女優の待遇格差の事実が明らかになりました。追放者まで出した昨年のセクハラ事件の表出は、反トランプ政権的な流れと重なって、あの超大国の中で、トレンドなどという軽い言葉では語れない、相反する、マグマのような大きなうねりが生じているようにも見えます。映画は現実を越え、例えば少し先の価値観を植え付けるものなのか、映し鏡として、例えば、やがて知れ渡る小さな現実の萌芽をクローズアップして世に伝えるものなのか、映画と現実世界の追いかけっこは今年も目が離せません。

(text:今泉健)


『女神の見えざる手』
2016年/132分/フランス、アメリカ合作

監督:ジョン・マッデン

製作総指揮:クロード・レジェ

脚本:ジョナサン・ペレラ

撮影:セバスチャン・ブレンコー

キャスト:ジェシカ・チャステイン、マーク・ストロング、ググ・バサ=ロー、アリソン・ピル、トーマス・サドスキー

あらすじ
大手ロビー会社の花形ロビイストとして活躍してきたエリザベス・スローンは、銃の所持を支持する仕事を断り、銃規制派の小さな会社に移籍する。卓越したアイデアと大胆な決断力で難局を乗り越え、勝利を目前にした矢先、彼女の赤裸々なプライベートが露呈してしまう。さらに、予想外の事件によって事態はますます悪化していく。

(C)2016 EUROPACORP - FRANCE 2 CINEMA

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【筆者プロフィール

今泉 健:Imaizumi Takeshi

1966年生名古屋出身、男性、東京在住、会社員、
映画好きが高じてNCWディストリビューターコース、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画館を作りたいという野望あり。

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