2015年8月14日金曜日

映画『未来をなぞる 写真家・畠山直哉』試写text水野友美子

「未来をなぞる 写真家・畠山直哉」




 一枚の写真。曇り空の下、静かな海に面した道路の向こうに家並みが見える。中央に、女性がひとり。堤防に肘をついてカメラを両手で支え、レンズ越しに海を見ているようだ。白髪まじりの髪にまるい肩をした彼女がレンズを覗き込む様子は、少女のような初々しさを感じさせる。この写真は、写真家・畠山直哉氏が、実家のある岩手県・陸前高田で震災前に撮影したスナップである。女性は、畠山氏の母で、撮影当時畠山氏が少年時代を過ごした実家でひとり暮らしをしていた。彼女が手にしたカメラは、畠山氏がプレゼントしたものだったという。息子である写真家は、母と同じようにカメラを覗き込んでこの写真を撮影したのだろう。写真のイメージには写らないが、そこには母を愛しく想うまなざしがある。

 畠山直哉氏は、石灰採石場やセメント工場、密集したビルの隙間を流れる川、都市の地下空間など風景写真を中心に、都市と自然、人間の営み、現代世界のありようを問う作品で世界的に高い評価をうける写真家のひとりである。東日本大震災で実家が流され、母は帰らぬ人となった。畠山氏は、震災発生から現在に至るまで、故郷を足繁く訪れては変貌する風景を撮影し続けている。この映画は、2012年3月からの2年間、畠山氏の活動に同行した監督が、その断片を丁寧に繋ぎ合わせたドキュメンタリーである。

 映画のなかで畠山氏は故郷の町のあちこちを訪ね、人々と会い、話にじっと耳を傾ける。問われれば職業は「カメラマン」と答え、三脚をかついで方々を歩き、黙々と風景を撮影し始める。彼を知る町の人たちは、「直哉さん」と親しげに呼んでいた。自然、都市、近代、写真、芸術……変わり果てた故郷の地を歩きながら、写真家は何を思うのか。映画は、東京のスタジオでの作業風景、美術館などでの展示や講演の様子に加え、畠山氏自身と周囲の人々のインタビューを織り交ぜながら震災後の畠山氏の創作の現場を旅してゆく。

 畠山氏が、震災後の展覧会や写真集で、震災以前に撮っていた故郷の風景のスナップを作品の一部として発表することを決めるくだりがある。写真に映るのは、実家の近所で撮影した小川の清らかな水面、鮮やかな緑色の草原、祭りで笛を吹く少女の表情……その中の一枚が冒頭の母を写した写真である。身近な人々の姿をとらえた情緒的な光景の数々は、かつての作品群と趣が異なるように見えるかもしれない。例えば、震災以前の代表作のひとつ『ライムワークス』(1996)には、日本各地の石灰採石場やセメント工場など、通常一般人が立ち入ることができない場所を構想と緻密な計画の上に撮影した、巨大なスケールの風景写真がおさめられている。それらの風景は、まぎれもない人間の営みの跡でありながら、人の姿を認めることができない、どこか廃墟にも似た雰囲気を漂わせている。畠山氏は、以前ならプライベートな写真を人に見せることはしなかっただろうと語る。しかし、震災がそれらの写真の意味を変えてしまった。牧歌的で夢見るように美しい風景が存在したことを証する写真は、今や喪失のあまりの大きさを見る者の心に想像させる。

 

「僕には、自分の記憶を助けるために写真を撮るという習慣がない。僕は自分の住む世界をもっとよく知ることのために、写真を撮ってきたつもりだ。」(『ライムワークス』謝辞)

 映画のなかでとりわけ印象深かったのは、インタビューや講演の際に畠山氏がどこか遠くを見るようにして慎重に言葉を選びながら話す様子である。震災によって変わらざるを得なかった写真家は、もやもやとした想いから眼を逸らさずにじっと向き合いつづけているようだった。この映画が伝える彼の誠実な言葉や態度は、写真と同様に見る者ひとりひとりに「自分の住む世界をもっとよく知ることのため」に開かれている。

(text:水野友美子)



映画『未来をなぞる 写真家・畠山直哉』 

2015年/日本/87分

作品解説
写真家・畠山直哉。石灰石鉱山や炭鉱、密集したビルの隙間を流れる川や、都市の地下空間を写した写真などで知られ、2001年にはヴェネツィア・ビエンナーレ日本代表の1人にも選ばれた、世界的な写真家だ。2011年の東日本大震災で岩手県・陸前高田市の実家が流され、母を亡くして以来、彼は頻繁に故郷に戻り、変貌する風景を撮影するようになった。まもなく震災から4年。カメラを手に被災地を歩く者の姿も少なくなってきたが、畠山は変わらず風景写真を撮り続けている。誰の為に何の為に、なぜ撮り続けるのか? これはある1人のアーティストが、故郷の山河を前に、否応なく震災と向き合わざるを得なかった長い記録の断片をまとめたドキュメンタリー。被災のはてに1人の写真家が見た未来への希望とは、なんだったのか?

出演:畠山直哉

スタッフ
監督/撮影/編集:畠山容平
プロデューサー:石橋秀彦

公式ホームページ:http://www.mirai-nazoru.com/

劇場情報:8月15日(土)〜シアター・イメージフォーラムほか、全国順次公開

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