ティエリー・フレモー監督 ©️ 2024 TIFF |
ジャン=リュック・ゴダールは「映画を通じて、他で観ることができないことを観ることができる」と言っていました。リュミエールたちも映画を通じて他では観ることができないことを映画として観にゆける、と言っています。そのことばは時を越えて、いま、皆さまの前に存在しています。映画の冒険は、まだまだ続くのです。――ティエリー・フレモー
2024年11月1日、第37回東京国際映画祭【ガラ・セレクション】部門にて、本邦初公開となる『リュミエール!リュミエール!』が上映されました。監督を務められたのは、カンヌ国際映画祭総代表・リュミエール研究所所長と、多彩な顔をもつ、ティエリー・フレモー氏。この世界に映画が誕生して、130年が経とうとしているいまだからこそ、映画の原点であり「映画の父」と呼ばれるリュミエール兄弟の遺された映画に想いをはせます。
本作『リュミエール!リュミエール!』は、前作『リュミエール!』(2017年)の続編として制作されました。様々な映像が渦巻くいまの世界に、もういちど、「映画の原点」をみつめてみたい。フレモー監督から語られるリュミエール兄弟への愛と数々の映画人に胸を踊らせ、時代が変わっても変わらず存在することの美しさにこころをうたれます。映画を愛すること、観ることの「歓び」をあらためて想い出させてくれる、フレモー監督の珠玉のトークショーです。その内容を、全文掲載としてここに記します。
(上映日:2024年11月1日(金)。東京国際映画祭公式YouTubeチャンネルアーカイヴ動画より。構成・文章:藤野 みさき)
Ⅰ いまを生きる人々にもリュミエールの映画を届けたい
——それでは早速ゲストにご登場いただきましょう。フランス・リオンにあるリュミエール研究所所長、カンヌ国際映画祭の総代表、そして本作の監督、脚本、編集、プロデュース、ナレーション、という五つの役割をおひとりでされたという、ティエリー・フレモー監督です。皆さま、大きな拍手でお迎えください。
客席からは暖かな拍手が贈られました。
——ティエリー・フレモー監督、まずはひとことご挨拶をいただけますか?
ティエリー・フレモー(以下TF):皆さま、こんにちは。今回が観客の皆さまに上映を行なうのが三度目の機会になります。ですので、まだ恥ずかしい気持ちもあり、皆さまの反応もどうなのだろうという思いもありましたが、(観客席より)先程「ブラボー!」ということばもいただいたので、これは良かったということなのかなと思い安堵しております。
――大変素晴らしい作品でした。それでは詳しく作品についてお伺いしてゆきますが、その前に簡潔に本作の紹介をさせていただきます。本作『リュミエール!リュミエール!』は、2017年に公開され、フランスでは13万人を動員し、世界の33ヶ国で公開された『リュミエール!』の続編です。「映画の父」と称されるリュミエールが発明したシネマトグラフで撮影された約50秒、1,400本のなかからあらためて110本を厳選し、4Kデジタルによって完璧に修復されました。そのより深く、美しく甦った映像を、フレモー監督が一本の映画として製作されました。前作の成功からどのような経緯で、この二作品目をつくることになったのでしょうか?
TF:私はリュミエールが遺された「遺産」といえる作品たちを、21世紀を生きる人々にも届けなければという責任感を日頃から感じております。私はリュミエールの映画に恋をしています。私と私のチームの皆は日頃からリュミエールの映画に慣れ親しみ、(映画を)観て知ることができますが、それは特権的なものになってしまいます。ですので、これらを他の方々にも届けなくてはならないという責任感を感じています。リュミエールがのこした作品の数については、カタログに掲載されている、オフィシャルにのこっているものとしては1,500作品ほどですが、カタログに掲載されていない作品を含めますと、もう500作品ほどあります。合計で、約2,000もの作品がのこっているのです。
ひとつめ(一作品目)の『リュミエール!』なのですが、こちらはどちらかというと、既に皆さまもご存じの作品をまじえながら、映画をご紹介してゆくという作品でした。この度製作した二作品目は、やはり一作品目の繰り返しになってはいけませんので、「新しいやりかた・魅せかた」を考えなくてはいけませんでした。ですので、本作は修復を経た映像の美しいものから選びました。そしていままでに約500本の映像の修復が完了しておりますので、まだ約1,500本もの作品が残っているのです。そして、リュミエールが映画を撮ったのが、1905年で終わってしまっています。ですので、当時の作品をいまの劇場によみがえらせておみせする、ということを考えました。なぜなら、リュミエールはシネマトグラフ最後の発明家にして最初の映画監督でもありましたので、そのふたつの側面をしっかりと紹介してゆかなければならないと考えました。
II シネマトグラフについて
――シネマトグラフという技術ですが、どのようなものなのかを簡単にご説明いただけますか?
TF:シネマトグラフというのは、小さく、とてもシンプルな機械です。それはフランス・リヨンにある「リュミエール美術館」でも展示されています。非常にシンプルな機械ですので、映写をするときもシンプルな美しさを捉えることができます。そして「シンプルなもののなかにある美しさ」というものが、リュミエールが遺した“魔法”です。現在あらゆる映画監督の映画を観ますと、リュミエールの「シンプルなもののなかにある美しさ」が継承されていることを感じます。
ピカソは「生涯を通じて子どもごころを忘れずに絵を描きたい」ということばをのこされていましたが、リュミエールに関しましても、純真無垢な、無邪気に撮っているかのようなところがあります。それこそが、詩的な映像の力強さに繋がっていると思います。リュミエールの描く詩的な部分は様々なひとの人生を描いています。それは、あなたの人生かもしれませんし、私の人生かもしれません。リュミエールの作品は、皆に通じる「ひとの生きている姿」というものを映しだしているのです。
Ⅲ リュミエールの後継者 紡がれる映画人
――この作品のなかでも、フレモー監督が解説をしておられましたが、「原点にして頂点」ということばが、私には大変響きました。まさにその通りだと思いましたし、後継者としてアッバス・キアロスタミや小津安二郎といった名前をお出しになっていましたが、いまの日本におけるリュミエールの後継者は、どのようなかたがいらっしゃるとお考えですか?
TF:リュミエールらしさ、足跡や渓流というのは、様々なかたから感じられます。カール・テオドール・ドライエル、ロベール・ブレッソン、小津安二郎、モーリス・ピアラなど……。かれらの作品にはなにか流れというものが繋がっているように感じられます。最近の日本の監督でしたら、濱口竜介、是枝裕和など、シンプルな映像のなかに美しさがあるという意味で、リュミエールから継承しているかなと思っております。ショットがシンプルであるがゆえに力強く、訴えかけるものがある、ということが素晴らしいと思います。いま、フランスの一部の映画やアメリカの一部の映画は壮大さを求めすぎており、すこし違う方向にいっていると感じます。しかし日本の映画には一部リュミエールらしさが継承されていると感じられます。
構図に関しましては、リュミエールVSジョルジュ・メリエス(以下メリエス)ですとか、ドキュメンタリーVSフィクションですとか、そのように考えるものではないと思っております。このたびご覧になってお分かりいただけたかと思うのですが、リュミエールもドキュメンタリーのようにただ記録するのではなく、フィクションにファンタジーと、様々なことをかれらはおこなっています。一方でメリエスはと言いますと、より幻想的な世界を求めていました。例えるならば、リュミエールはロベルト・ロッセリーニ、メリエスはフェデリコ・フェリーニでしょうか。リュミエールは、リアリズム、ナチュラリズムを求めており、世界の美しいものをありのままの姿で撮っていくということをおこなってきました。一方でメリエスは、世界にあるものを加工して違うものに創りあげてゆく、という手法をとっておりました。リュミエールはのちのジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、エリック・ロメールといったヌーヴェルヴァーグの監督たちに繋がってゆき、メリエスはハリウッドに繋がっていったと思います。ですが、私はその両方を愛しています。リュミエールもメリエスも好きですし、ヌーヴェルヴァーグもハリウッドも好きです。そのふたつはけっして対立しているものではなく補完的なものです。それぞれの存在が一緒に存在するということ、それこそが映画なのです。
ティエリー・フレモー監督 ©︎ 2024 TIFF |
Ⅳ キャメラの構図やショットについて
――本作を通じて、映画におけるショットの重要性をあらためて実感いたしました。そして面白いなと思ったのは、キャメラは世界中をまわっているわけですけれども、日本の(光景を捉えた)シーンでは、のちに「小津アングル」と呼ばれるローアングルも登場します。つまりはリュミエールのチームというのは、既にローアングルを発明していたということだと思うのです。かれらのキャメラの構図やショットを決める的確さについてはどのようにお考えですか?
TF:映画のナレーションでも言っているのですが、リュミエールは映画を撮るとき、基本的な質問を自分自身に問いかけていると感じます。基本的な問いかけというのは、キャメラを固定して撮るのでしたら、ここに置くのか向こうに置くのか、上から撮るのか下から撮るのか、というところから考えはじめます。(映画のなかで)日本人の家族が食卓を囲んで食事をとっている場面がありますが、かれらは畳のうえに座って食事をとっているので、あのときはどこから撮ろうかと考えたときに、ローアングルから撮影すれば、最もそのときの雰囲気・場所が再現できると考えて、あのアングルから撮ったのだろうと思います。ジョン・フォードがかつて「キャメラを設置するなら良い場所はひとつしかない」のだと、言っていました。ひとつ「ここだ」という場所があるのだ、と。かれは、食卓を囲むシーンというのは、いつもどこから撮影したら良いのか正解が見つからなかったのですが、その映像を観て、リュミエールはわかっていたのだと思ったそうです。当時のリュミエールの映像に映っている人々というのは、過去の先祖やむかしの人々たちです。これは日本人だから……ということではなく、私たちにも通じる本当に普通の人々なのだということに、いま観ても非常に感銘を受けるのです。
Ⅴ 作品の選定・デジタル修復について
――すでに約500本ほどの作品が修復されているとおっしゃられていましたが、何から修復をしてゆくのでしょうか? 通常ですと重要な作品からおこなってゆくこともあるかと思います。それらもフレモー監督が選んでおられるのでしょうか?
TF:まず、私のパソコンにはリュミエールの作品の約2,000本がはいっております。そしてちょくちょく観るのが好きなのです。ですが、なかには非常に状態の悪いものもあり、これは修復しなくても良いのかなと思う作品も幾つか存在します。その一方で修復をすればこれは素晴らしいクォリティになるかもしれないと推測できる作品もあります。私はこの映画を通じてリュミエールがのこした映画についてをより語りたいと思いましたので、その意向にそいながら、映画を選び、修復いたしました。ですが、映画を観てゆきますと、映画のほうから私に「ここにいるよ! 修復してこの映画につかって!」と語りかけてきてくれるように感じました。
そして今後、三つめ、四つめと、作品を製作する可能性ももちろんあるのです。ひとつめとふたつめのやりかた・魅せかたが違ってくるとも思いますけれども、この場をお借りして配給のギャガさんに感謝を申しあげます。おかげさまで日本の配給が非常にうまくゆきました。反響もよく、その後の期待値もあがってきましたので、違う作品を作らなくてはいけないなという気持ちでおります。(本作を含めて)ふたつの作品はいづれも過去を旅してまいりました。三つめの旅がしたいという方がおられましたら、是非私に言っていただけたらと思います。
フレモー監督のことばに、客席からは暖かな拍手が贈られました。
Ⅵ リュミエールが私たちにのこしたもの
――もうひとつ、私が訊きたいことがございます。本作の後半に75mmでルイ・リュミエールが撮影をしたふたつの作品が登場します。『翠宮の落成式』と『歩く歩道の光景』です。このふたつは劇場で初めて公開されるとお聞きしておりますが、本当にすばらしい作品だったと思います。この二作の魅力をあらためて教えていただきたいのと、この度なぜこのふたつの作品を入れたのかを、お伺いできますか?
TF:リュミエールは発明家であり、実験者でもありました。かれらは1930年代に独自の3Dの撮り方も発明しています。ですので、かれらは常に新しい発明を求めており、そこで75mmというかなり幅のあるフィルムをつかおうと思いついたのです。実際に75mmのフィルムを使用し、15作品ほど残しております。ですが、映画は撮影したものの、公開することができませんでした。なぜかといいますと、フィルムが非常に幅広く、それを綺麗に映しだすにはかなりの明るい照明が必要だったのです。ですが、ランプを近づけますと燃えてしまうという問題がありましたので、当時劇場で公開することができませんでした。ですので、75mmで撮影したものは存在していたのですが、いままで公開されることがありませんでした。いまはデジタルの修復のおかげで、大変綺麗なクォリティでお見せすることができました。75mmの作品をご覧になられた皆さまはとても特権的な方々です。
リュミエールは、当時「映画の未来」についてはあまり信用してはいませんでした。ですが、かれらは約2,000もの作品をのこされています。そして、ふたつの重要な現象があります。ひとつめは、リュミエールは映画でできる様々なことをおこない、のちの人々に継承してゆき世界に届けた、ということ。ふたつめは、かれらはカラー写真を発明したことです。実際1903年に「オトクローム」というカラー写真を発明しています。ですので、シネマトグラフを発明した方が、カラー写真も発明したことになるのです。それらが、私の出身地でもあるリオンから誕生しています。ですので、リュミエールがのこした「遺産」を皆さまにお届けする、という素晴らしいことができております。そして、リュミエールがのちの後継者たちに映画を継承させていった、ということが言えるのですが、「リュミエールが当時おこなっていたこと」をいま観て忘れてはいけない、思い出さなくてはならないと感じて、この作品を製作しました。
これはナレーションでも言っていることなのですが、本作の考えとしましては、一時間半の作品のなかでたくさんのこっている作品を集めてひとつの作品に仕上げる、という風に製作しております。リュミエールがのこした映画を、いま、またこのように映して皆さまにお届けするということができておりますけれども、かれらは映画(シネマ)という芸術をのこしただけではなく、劇場に足を運んで映画を観るという慣習ものこしているのです。いまでは、テレビやインターネット、配信プラットフォームやiPhoneなど、さまざまなところに映像が氾濫していますが、そのなかでも、映画はますます重要性を増してゆくと思います。
ジャン=リュック・ゴダールと、一度かれの故郷であるスイスで道を歩いていたときに、かれは「映画を通じて、他で観ることができないことを観ることができる」と言っていました。リュミエールたちも映画を通じて他では観ることができないことを映画として観にゆける、と言っています。そのことばは時を越えて、いま、皆さまの前に存在しています。映画の冒険は、まだまだ続くのです。
(text:藤野 みさき)
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© Institut Lumière 2024 |
『リュミエール!リュミエール』
原題:Lumière! The Adventure Continues
105分/モノクロ/フランス語/2024年/フランス
◉ 作品解説
多くの演出、撮影技法、撮影機材を開発した「映画の父」リュミエール兄弟。“シネマトグラフ”で撮影された約1400本の作品のなかから110 本を厳選し、完璧に修復。『リュミエール!』(17)から7年、さらに映画の起源に深く迫り、映画の未来に想いを馳せる“映画の原点”を伝えるドキュメンタリーが完成した。映画史上最も偉大で、最も美しい映画のはじまりを彩るのは、リュミエール兄弟と同時代に生きたガブリエル・フォーレによる楽曲の数々。映画を愛してやまない全ての人に贈る奇跡の映像の数々が、約130年前の世界へ誘う――。(第37回東京国際映画祭公式ホームページ、映画『リュミエール!リュミエール』作品解説より。)
◉ 監督:ティエリー・フレモー
カンヌ映画祭総代表。リヨンのリュミエール研究所の所長を務める。リュミエールの作品(映画、写真)の保存と、初期のシネマトグラフ映画の復元に長年携わる。リュミエール兄弟を発明者としてだけでなく、映画史における最初の映画監督として称える映画『リュミエール!』(17)および続編の本作を製作した。(第37回東京国際映画祭公式ホームページ、映画『リュミエール!リュミエール』監督紹介より。)
◉ スタッフ
監督/脚本/編集/プロデューサー/ナレーション:ティエリー・フレモー
音楽:ガブリエル・フォーレ
エグゼクティブ・プロデューサー:マエル・アルノー
アソシエイト・プロデューサー:ナタナエル・カルミッツ(MK2)
プロダクション・マネージャー:マーゴット・ロッシ
編集:ジョナサン・カヴシアル
編集:シモン・ジェメリ
映画史アドバイザー:ファブリス・カルゼトー二
映画史アドバイザー:ジャン・マルク・ラモット
プロダクション:ソルティ―・ユージーヌ・プロダクション
プロダクション:リュミエール研究所
◉ 配給
ギャガ
◉ 劇場情報
『リュミエール!リュミエール!』は、11月22日(金)より、シネスイッチ銀座他にて全国順次公開中です。
◉ 『リュミエール!リュミエール!』公式ホームページ
【第37回東京国際映画祭】
開催期間:2024年10月28日(月)~11月6日(水)【10日間】※会期終了
◉ 会場
【日比谷】:東京ミッドタウン日比谷/日比谷ステップ広場/LEXUS MEETS…/BASE Q/TOHOシネマズ スクリーン1/TOHOシネマズ日比谷 スクリーン12・13/TOHOシネマズ シャンテ/東京宝塚劇場/帝国ホテル
【有楽町】:ヒューマントラストシネマ有楽町/丸の内ピカデリー/丸の内ピカデリードルビーシネマ/有楽町よみうりホール/角川シネマ有楽町/TIFF有楽町駅前チケットセンター/TIFF有楽町駅前インフォメーションセンター
【丸の内】:マルキューブ
【銀座】:シネスイッチ銀座/丸の内 TOEI
【その他】:国立映画アーカイブ/TOHOシネマズ 日本橋
◉ 第37回東京国際映画祭公式ホームページ
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【執筆者プロフィール】
藤野みさき:Misaki Fujino
1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ映画批評・ライター講座第二期後期受講生。現在長期療養中です。
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