2016年4月14日木曜日

映画『SELF AND OTHERS』text長谷部 友子

「やさしくないまなざし」 


何も調べずに、これを書きたい。なにがしかを書こうというのだから、本来であれば、牛腸茂雄という写真家と佐藤真という映画監督についてつぶさに調べるべきだと思う。けれど、どうしても何も調べずに映画を見たままの状況でこれを書きたい。

「牛腸茂雄という写真家がいた。」 仰々しい名前。その言葉が二度繰り返される。

牛腸茂雄という写真家がいた。身の回りのありふれた人々の日常的な写真を撮り、1983年にわずか36歳で早世した。
ドキュメンタリー映画と言うには不思議な作品だ。牛腸が何者で何を成したかということはよくわからない。おそらく牛腸が見たであろう景色を追いながら、彼の数冊しかない写真集(『日々』(1971)、『SELF AND OTHERS』(1977)、『見慣れた街の中で』(1981))、そして彼が撮った短編映画が流される。ドキュメンタリー映画によくあるように、関係者のインタビュー映像が使われることはなく、中途半端な客観性や批評的な視線から逃れ、写真集の中の写真がひとつひとつ静かに映し出される。そこに牛腸が姉へ宛てた手紙を朗読する声がかぶさる。

美しい音楽、静かな風景。それらに反するように違和感の固まりのような音が時折挿入される。
「もしもし、聞こえますか。これらの声はどのように聞こえているんだろうか。」
牛腸自身がテープレコーダーに吹き込んだと思われる肉声。ざらざらとしたこの声は、どこか人を不安にさせ苛立たせる。この言葉はどこから聞こえてくるのだろう。死後に自分の映画が製作されるとわかっていて準備されていたものなのか、それともあの世から聞こえてくるものなのか。そんなことあるはずもないのに。

『SELF AND OTHERS』の写真集で、双子の女の子として被写体になった女性は、当時この写真が好きではなかったと言う。むっとした表情、真一文字の口、どうしてこんな写真を使ったのだろうと。
確かに牛腸茂雄の写真集に出てくる人たちは、みな不思議な表情をしている。笑っているわけではなく、感情を激しく吐露しているものもない。気負わぬ、いや不思議そうにこちらをのぞきこむとでも言うのか。しかしなぜかいい表情だと思う。その人らしいというか、人間らしいというか。それを佐藤真は「透明なまなざしに見返されている」と形容する。

映像というものに含まれてしまう暴力性。撮ることにより暴こうとする、あの残酷な行い。写真においても、その一瞬を切り取り、映し出そうとするそれは撮るというより獲るとでも言うような搾取ではなかろうか。
しかし牛腸茂雄の写真たちは、さざ波に揺れる水面に何かを映し出すような、そんなひっそりとした瞬間がある。それは彼が3歳で胸椎カリエスを患い、石膏ベッドに寝たきりとなり天井以外見ることができない時分に、鏡によって外の世界を垣間見ていたことと関係があるのかもしれない。対峙することは叶わず、のぞき見ることでしか、世界を見ることができない。

牛腸茂雄にしろ佐藤真にしろ、そのまなざしをやさしさという言葉で語られることが何とも不思議だ。彼らのそれは慈愛に満ちたやさしさなどではなく、境界を泳ぐ目だ。決してどこにも所属できず彷徨い続けるその透徹とした目。見たくないものを見せる。それも首根っこを掴みほれ見ろと、露悪趣味につきあわされるような強引さではなく、ふらふらと連れ出され、寸前のところで突き放される。こんなところでどうして置いてけぼりにしようとするのだろう。
そのまなざしは私たちを不安にさせる。けれど、あと一滴で溢れてしまうコップの水の表面張力から目が離せないように、それを見続ける。そしてその表面張力は破られることはない。永遠の緊張を静やかに持続される。

彼らは見たいのだろう。どうしても、それを見たいのだろう。

適切に世界を見てみたい。この歪んだ色眼鏡を割り捨てて、過剰も矮小もなく、世界の真のあり様を見てみたい。真摯な輪郭を。誠実に。だから私は彼らのまなざしの先に焦がれる。そしてそれを見る覚悟があるのかと今一度自らに問う。こたえはとうの昔に出ていることに気づき、少し微笑む。

(text:長谷部友子)


『SELF AND OTHERS』
2000年/53分/カラー/16ミリ

作品解説
1983年、3冊の作品集を残し36歳で夭逝した写真家、牛腸茂雄。残された草稿や手紙と写真、肉声をコラージュし、写真家の評伝でも作家論でもない新しいイメージが提示される。様々な視点から、牛腸茂雄の世界を見つめる短編ドキュメンタリー。

キャスト
声:西島 秀俊
声:牛腸 茂雄

スタッフ
監督:佐藤 真
撮影:田村 正毅
録音:菊池 信之
音楽: 経麻朗
編集:宮城 重夫

配給
ユーロスペース

作品ホームページ

劇場情報

特集上映「佐藤真の不在を見つめて」
日時:2016年4月29日(金)〜5月3日(火)
会場:神戸映画資料館
公式ホームページ:http://satoyamasha.com/?p=777

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【執筆者プロフィール】

長谷部友子:Tomoko Hasebe

何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。

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