本作は架空のカナダを舞台に、ADHD(注意欠陥・多動症候群)を抱える十五歳の息子スティーヴと、その母ダイアンの二人が、もがき苦しみながらもなんとか生きようとする姿を、瑞々しい映像と共に描き出す。
冒頭の林檎を摘み取るシーンから、画面が非常に美しい。空気が澄み切っていて、透明感があり、空は青く、そして色鮮やかに、水や空気、そしてオレンジ色の柔らかな陽光がスクリーンを包み込む。だがその美しい映像とは相反するように、映画の中で描かれているものは、母子の間での怒鳴り合いや、生きていくことへの苦しみ、息苦しさに他ならない。スティーヴは紆余屈折ながらも、必死に母を求め、「僕を置いていかないで、ひとりにしないで!」と、懸命に訴える。満たされない思い、大人になれない心、それでも、こんな自分でも愛してほしいという、願い。グザヴィエ・ドランは、多くの人々が抱いたであろう、蒼き記憶の足跡を、その傷口にふれるかのように、そっと想起させる。
愛してほしい。ただそれだけの、純粋で切実な、スティーヴの願い。その愛を確かめたくて、彼は時に怒鳴り、叫び、ものを投げては、行き場のないこの莫大に渦巻く感情を爆発させる。その鋭敏な刃(やいば)は、他者へ向かう時もあれば、自らへ向かう時もある。愛を確かめるためなら、彼は手首を裂くことも躊躇わない。その流れ出る血液は彼の悲痛な叫びそのものだ。
でも、どうか忘れないでほしい。苦しい時も嬉しい時も、自分が成長する過程の中で、その感情に寄り添い、一緒になって笑い苦しみ、人生をともに歩んだ母がいることを。時に口づけしたくなるほど愛し、時に殺したいほど憎んだ、世界で一番あなたを愛するひとりの女性がいることを。「ママン!」と叫ぶスティーヴの目線の先には、どんなときでも、彼の声を受け止める母がいる。それが何よりの愛情のあかし。その首元には他ならぬ『mommy』と綴られたゴールドのネックレスが光り輝いている。
グザヴィエ・ドランは、本作を多くの人々へ贈る。すべての母たちへ、ひとり果敢に運命に立ち向かおうとする女性たちへ、そして、母なる大きな愛に包まれ大人になった、いまを生きるすべての人たちへ。
グザヴィエ・ドランの心の叫びが胸に突き刺さる度:★★★☆☆
(text:藤野 みさき)
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晴れやかだったり落ち込んだり。登場人物達の気持ちを表すかのように、画角は1:1から16:9に広がったり、縮まったりを繰り返す。確かに、画面が開けた瞬間は爽快な青空だったり、満面の笑みだったりが描かれている。それまでの息苦しさがふーっと抜けていく様な、明るい気分になったりもしてしまう。ただしかし、結局はその広がりも16:9が限界だということを感じてしまうと、依然としてそこには圧迫感しか感じられない。たとえどんなに幸せを感じていようとも、暗かった生活が明るくなろうとも、彼らの日々は決してスクリーンのサイズ以上に広がることはない。決して超えることのできない壁。画面という囲い。そこに、今作が抱える息苦しさ、切なさを何となく感じたりしてしまった。
今作では、「架空のカナダ」という冒頭の設定を手始めに、とにかく母子が金銭的にも社会的にも、父親の早死や息子の病気やらなんやらも含めた諸事情でどんどん取り囲まれていく。生活が狭められ、いろんな悩みが体の自由を奪い、だんだんとできることは限定されていく。絞りに絞られ、果てはどろどろなのか、澄み切っているのか。1つ1つのシーンがとても濃厚であり、だんだんと息苦しくさえなってきてしまう。
そしてエンディング―そこには最後まで、母親の溢れる愛に囲われた息子の姿が描かれているのであった―とそんな感じにまとめてしまってもいいものなのかどうか。
1:1の画面には、飛び出してくるような迫力こそないものの、心の奥底がくすぐられるような感覚を味わった。
★★★☆☆
(text:大久保 渉)
『mommy』
監督/脚本:グザヴィエ・ドラン
制作年:2014年
制作国:カナダ
配給:ピクチャーズ・デプト
出演:アンヌ・ドルヴァル、スザンヌ・クレマン、アントワン=オリヴィエ・ピロンほか
【story】2015年、架空のカナダで起こった、現実——。
とある世界のカナダでは、2015年の連邦選挙で新政権が成立。2ヶ月後、内閣はS18法案を可決する。公共医療政策の改正が目的である。中でも特に議論を呼んだのは、S-14法案だった。発達障がい児の親が、経済的困窮や、身体的、精神的な危機に陥った場合は、法的手続きを経ずに養育を放棄し、施設に入院させる権利を保障したスキャンダラスな法律である。ダイアン・デュプレの運命は、この法律により、大きく左右されることになる。
公式ホームページ:http://mommy-xdolan.jp/intoroduction.html
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