2016年12月9日金曜日

映画『カレーライスを一から作る』評text高橋 雄太

「カレーライスから考える 」


カレーライス。おそらく日本で最も一般的な料理の一つだろう。

カレーライスは多くの店で提供されており、また特に料理好きでない私でも、食材とルーを買って作ることがある。だが、スーパーで売られているのは収穫済みの野菜であり、動物の形態を残していない肉である。市販のルーを眺めても、それがどのように作られたのか、その中に何が含まれているのか、想像することは難しい。お店で食べれば、調理の過程もわからない。よく知っているようで、よく知らないカレーライス。このありふれた料理が、私たちの生について考えるきっかけになる。

映画が追うのは、医師であり「グレートジャーニー」の探検家としても知られる関野吉晴氏が、武蔵野美術大学で担当するゼミである。関野は、学生たちとともにカレーライスを一から作ることを目指す。すなわち、田んぼで米を、畑で野菜やスパイスを、海から塩を、土から器を作り、飼育小屋で動物(ホロホロ鳥と烏骨鶏)を育てる。

私たちが、「作らない」ことで手にした利便性、効率性、お手軽さ。それらを一旦捨て、自分たちの手で作る。自分たちの身の回りにあるものがどこから来るのか。人や社会がどのように私たちとつながっているのか。それを知ることが生きる力になると、関野は語る。「カレーライスを一から作る」ことは、カレーライスだけでなく、私たちの生活の源泉を遡ることでもあるのだ。

農業にも飼育にも不慣れな学生たちは悪戦苦闘し、葛藤する。関野ゼミの畑に比べ、化学肥料を使う他の畑の方が野菜の生育が早い。ゼミ生の一人は化学肥料を使うべきか悩み、結局は堆肥のみとする。「作る」作業であるはずの農業にも、自分たちで「作らない」化学肥料という手段がある。さらに、私を含め農業をしない多くの人々は、食糧に関してはほぼ自ら作ることがない。他人の作ったものに支えられ、何重もの利便性を享受して生きている。関野ゼミでは「作らない」を「作る」にしていくことで、現代の生活を支えるものをゼミ生たちに、そして私たちに自覚させていく。

動物の飼育からも見えてくるものがある。予定通り鶏肉入りのカレーライスを作るためには、飼育した動物を屠る必要がある。学生たちは手作りで小屋を作り、餌を与え、様子をノートにつけるなど、丁寧な飼育をしてきた。鳥の方でもゼミ生になついているようで、膝や肩に乗ってくる。 「かわいいから殺したくない」、「食べ物として育てたのだから屠る」など議論を交わした末、ゼミ生たちは鳥を屠る。

解体された鳥の体内には、餌となった植物が残っている。人間はその鳥を食べる。人間も他の動物も、いのちを食べて生きているのだ。その「いのち」を「かわいいペット」や「食べ物」とみなすことは、人間が勝手に決めることである。また、関野がゼミ生に指摘するように、同じ「いのち」であるはずの動物と植物を区別することも人間の都合である。「いのち」とともに生きること。それは「いのち」を犠牲にすることもあり、愛することもあるという人間の立場、身勝手さを自覚することなのかもしれない。

さて、揚げ足をとるつもりはないが、ゼミの活動は厳密には「一から」ではない。包丁、鍋、鳥の雛、植物の種子などは、ゼミの外部から入手したものである。「カレーライスを一から作る」ことの前に、「一から」以前がある。このことから、私たちが「一から」生きるのが難しいことに気づかされる。まして、分業も都市化も進み、土や動物に触れることも少ない現代の日本では、なおさら難しいだろう。かく言う私も、農業や飼育の経験はない。この映画を見て、貴重な経験をするゼミ生たちを羨ましく思った。せめて、生活を支えるものと自分たちの立場を想像することにしよう。

最後に完成したカレーライス。実際の味はともかく、見ていると食欲をそそられる。鑑賞後の私の食事はカレーライスだった。もちろん鶏肉入り。

(text:高橋雄太)





『カレーライスを一から作る』

2016/96分/日本 


作品情報
医師であり探検家でもある関野吉晴氏が、武蔵野美術大学で開催した「関野ゼミ」。その内容は「カレーライスを一から作る」こと。本作はカレーライスが「一から」出来上がるまでの記録したドキュメンタリー映画である。

スタッフ
監督:前田亜紀
プロデューサー:大島新
音楽:U-zhaan

劇場情報
ポレポレ東中野にて公開中〜12月16日まで延長決定!

公式ホームページ
http://www.ichikaracurry.com


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【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi

1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好きな会社員。映画祭のシーズンも終盤ですね。今シーズン見た中では東京国際映画祭の『ノクトラマ/夜行少年たち』、東京フィルメックスの『モンテ<山>』が特に好きです。

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