2015年6月20日土曜日

フランス映画祭2015試写〜映画『ヴィオレット』text藤野 みさき

“女の醜さは大罪である。美しければその美しさに人は振り返り、醜ければその醜さに人は振り返る”

 オープニング。暗闇にエマニュエル・ドゥヴォスの柔らかな声が響き渡り、“Violette” と白く綴られた文字が静かに浮かび上がる。この強烈な言葉とともに、映画『ヴィオレット』は幕をあける。

 振り返ってほしかった。ただ、愛を求めていたから……。

 本作はフランス北部アラス出身の女流作家、ヴィオレット・ルデュックの半生を追った伝記映画である。映画は、戦時中、闇商売をして生計を立てていたヴィオレットが、小説家になることを志し、彼女の後の代表作である『私生児』が世に送り出されるまでの約二十年間にわたる生涯を、彼女を認め、支え続けた作家、シモーヌ・ド・ボーヴォワールとの交流を軸に描かれていく。

 「君はセラフィーヌについての映画を作っているけれど、ヴィオレット・ルデュックのことを耳にしたことはあるかい?」

 ヴィオレットとの出会いについて、監督のマルタン・プロヴォストは、本作の共同脚本家であるルネ・ド・セカッティに訊かれた当時のことをこう振り返る。「ルネは、彼がヴィオレットについて書いた伝記を贈ってくれました。伝記を読んだあと、私は彼女の小説『私生児』や『宝拾い』など数々の作品を貪るように読みました。そして私は彼に言ったのです。「僕らはヴィオレットを映画にしなければ!」と。そう述べる監督の強い思いそのままに、『ヴィオレット』は情熱の溢れる映画に仕上がった。

 主演をつとめるのは、フランスを代表する女優、エマニュエル・ドゥヴォス。彼女が本当にすばらしい。「ヴィオレットは彼女以外にはあり得ません。」と言い切った監督の熱意に、彼女は、充分過ぎるほどの見事な演技力で応えてみせた。

 エマニュエル・ドゥヴォスは、とにかく観る者を惹きつけて離さない、魔性の魅力をもった女優である。彼女の存在は年齢をも超越する力を持っている。ヴィオレットは、マドモアゼル、と呼ばれる時もあれば、マダム、と呼ばれる時もある。美女から醜女まで、彼女は変幻自在に変身できる魔法の呪文を知っている。その演技力は、いつだって、観るものを魅了してやまない。彼女は『キングス&クイーン』のノラのように、強く逞しく、涙を流しながらも、人生の困難に立ち向かう情熱的な女性が実に似合う。本作のヴィオレット役では、彼女は一段と激しく心をかき乱し、階段に座り込んでは「私は醜いのよ!」と泣き叫ぶ。人は美しくなければ愛されないのだろうか? 否、人間は決してそうではないはずなのに、愛を渇望するヴィオレットにとって、愛されるための第一の扉である外見の美しさほど切実なものはない。

 「母は、私の手を握ってはくれなかった。」

 ヴィオレットの処女作である『窒息』のこの一文は、私の心を粉砕してしまった。ヴィオレット・ルデュックという女性の心を表すのに、これほど胸にせまる表現はないと思う。そう、愛されなかった。私生児として生を享け、「自分は望まれない子だった。」と言う彼女にとって、長い人生を生きていくうえで、自分が世界の中心であるための必要な時間と愛情があまりにも欠落してしまった。愛されなかったゆえの、この埋めることのできない、どうしようもない虚しさと哀しみ。ヴィオレットにとって、その感情こそが創作の原点でもあった。

 この映画を思い出すとき、蘇ってくるものは、ヴィオレットが泣き叫んでいたり、嘆き悲しんでいる姿である。笑顔や安らぎ、そして喜ぶ姿を、私はどうしても思い返すことができない。映画の中で、彼女はいつも苦しんでいた。醜い自分は誰からも愛されないのではないか、という不安に。監督の「人生は彼女に優しくはなかった。」という言葉通り、愛を追い求め続けたヴィオレットにとって、人生は生半可なものではなく、その道のりは常につらさや悲しみが伴い、そして何よりも自分自身の劣等感と戦う以外の何者でもなかった。

 それでも、ヴィオレットは人生を駆け抜けた。たとえ、その足が血まみれになったとしても、痛みを堪えて、彼女は走り続けた。六十五年、長くたいへんな人生だったと思う。晩年、プロヴァンス地方の村フォコンで過ごしたとき、わずかでも彼女の心に安らぎがおとずれたことを願ってやまない。

エマニュエル・ドゥヴォスの熱演必見度:★★★★☆
(text:藤野 みさき)






映画『ヴィオレット』

Violette

2013年/フランス/139分/配給:ムヴィオラ

作品情報:『セラフィーヌの庭』でセザール賞最優秀作品賞に輝いた名匠マルタン・プロヴォストが、“ボーヴォワールの女友達”と呼ばれた実在の女性作家、ヴィオレット・ルデュックの半生を描いた感動作。ボーヴォワールに才能を見いだされ、パリ文学界に大きな衝撃を与えるものの、当時の社会に受け入れられず、愛を求める純粋さゆえに傷ついた彼女が、やがてプロヴァンスの光の中に幸福を見いだすまでを、生涯にわたり続いたボーヴォワールとの関係を中心に描く。背景となる40〜60年代、サルトル、コクトー、ジャン・ジュネが出入りする出版社ガリマールなど当時の文学界の様子や戦後パリの新しい文化の胎動も見所の一つで、ヴィオレットのフェミニンなファッションとボーヴォワールのシックなファッションとの対比も大きな魅力。ヴィオレットにはセザール賞ノミネート5回、2度の受賞に輝く名女優エマニュエル・ドゥヴォス、ボーヴォワールをサンドリーヌ・キベルランが演じている。

監督:マルタン・プロヴォスト(『セラフィーヌの庭』)
出演:エマニュエル・ドゥヴォス、サンドリーヌ・キベルラン、オリヴィエ・グルメほか

© TS PRODUCTIONS – 2013

2015年12月、岩波ホールほか全国順次ロードショー




「フランス映画祭2015」
【開催概要】
日程  : 6月26日(金)~29日(月)
会場  : 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長  : エマニュエル・ドゥヴォス(『ヴィオレット(原題)』主演女優)
前売券 : 5月23日(土)AM10:00~6月24日(水) チケットぴあ にて発売
公式URL:http://unifrance.jp/festival/2015/

主催:ユニフランス・フィルムズ
共催:朝日新聞社
助成:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛:ルノー/ラコステ
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC
特別協力:TOHOシネマズ/パレスホテル東京/全日本空輸株式会社
Supporting Radio : J-WAVE 81.3FM
協力:三菱地所/ルミネ有楽町/阪急メンズ東京
運営:ユニフランス・フィルムズ/東京フィルメックス
宣伝:プレイタイム

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