2016年8月31日水曜日

映画『アスファルト』評text大久保 渉


「殻からでよう」


 ぴよぴよぴーぴー。

ひとの赤ちゃんがこの世に生れてすぐに泣くのは人生が悲しいものだからなのか。そんな例え話があったような。それじゃあ、ヒヨコもそうなのだろうか。殻の中は、確かに心地よさそうだ。かたい殻はいかにも外の寒風を凌いでくれそうだし、中はトロンとあたたかそう。外になんて出たくない。ずっとぬくぬくしていたい。でも、いつまでもそのままではいられない。いずれは生まれ、食う寝る暮らすをしていかなきゃいけない。めんどうだなあ。どうしようかなあ。本作の登場人物たちは、そんなかんじ。

舞台となる団地のかたい壁の中で、偏屈したりイキがったりただボーっとしたり、まるで殻の中に閉じこもっているよう。でも、もちろん彼らはもうこの世に生れているし、団地の扉はいとも軽く開いてしまう。何が起こるか分からない。どうにかこうにか、やっていかなければいけないのである。


フランス郊外にある古びた団地を舞台にした、3つのエピソード。

ひとつ目の主人公は、ひとりぼんやり暮らす冴えない太った中年のおっさん。自分勝手で、他者と交わろうとしない。あんたホントにそんなんでいいの? ってところに、最悪な事故と心ときめく一人の女性との出会いが訪れるというお話。ふたつ目は、今、あんたがいる足元をちゃんと見なよ! ってな感じの、斜に構えては過去の栄光をひきずる、雰囲気だけイカした中年女優と、感情に乏しいどこかスカした青年の心と心が次第に向き合っていくお話。そしてみっつ目が、あんた自分の都合ばっかりじゃん! っていう、着地点から押し流されて団地の屋上に不時着した口やかましい米・宇宙飛行士と、彼をやたらとニコニコ迎え入れる謎の移民のおばあちゃんとのちぐはぐなやりとりのお話。

はてさて、それぞれの部屋のドアが開いた先にあるのは、いつもの無機質な灰色の壁か、はたまた錆びついた心の扉を開いてくれる誰かとの突然の出会いか? ふさぎこんだ安寧か、いたずらな不運か、心がぴーぴーと鳴りだしちゃうような新たな喜びか?


「この映画は非常に普遍的で、今、私たちが生きている現代を描いています」

6月25日(土)、フランス映画祭『アスファルト』上映前の舞台挨拶で、イザベル・ユペールはそう言った。ただ、それはあまりにも月並みすぎて、当たり障りがなさすぎて、「私たちが生きている現代」なんて、分かっているよ、こちとらよう! と思った。お金ないし、仕事も嫌なこと多いし、自分のこと分かってくれる人なんていないし、現実なんてそれほど面白くない。ただ、そんな中でちょっとした幸せがあって生きている。そういうことなんだろうさ、毎日なんて。

ただ、映画の鑑賞後に、なるほど、だからこその映画なのかもしれないとも思った。分かったようにクサクサと、漫然と日々を送ることに慣れた自分の心の殻にカツカツと小さな穴をあけてくれる、微かな光を入れてくれるような鑑賞後の心地よさ。

それは、明日も、これからもなんとなく楽しく生きていけるかなと思える、日々の「ままならない不満」と「ちょっとした幸せ」に結びつく、本作はそんな映画なんだと思った。そして、照明が点いた劇場からでる足取りは、かたい地面を踏むその足は、どこかふわっと軽くなったように感じた。


(text:大久保渉)

© 2015 La Camera Deluxe - Maje Productions - Single Man Productions - Jack Stern Productions - Emotions Films UK - Movie Pictures - Film Factory
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『アスファルト』
原題:Asphalte

2015年/フランス/100分

作品解説
人知れず車いす生活を送るハメになった冴えない中年男と訳アリ気な夜勤の美人看護師。母親が留守がちな鍵っ子のティーンエイジャーと隣に越してきた落ちぶれた女優。不時着したNASAのアメリカ人宇宙飛行士と服役中の息子を待つアルジェリア系移民の女性。舞台は郊外の寂れた団地。それぞれに孤独を抱えた6人の登場人物たちに3つの予期せぬ出逢いが訪れる―。監督は俳優としても活躍するサミュエル・ベンシェトリ。過去に発表した自身の文学作品をもとにユーモラスかつ詩的な群像劇に仕上げた。フランス映画界を牽引する名女優イザベル・ユペール、国をまたいで活躍するヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、ハリウッドから参加のマイケル・ピットと豪華キャストに加え、ユペールの相手役をつとめる監督の息子であり、ジャン=ルイ・トランティニャンを祖父に持つ新星ジュール・ベンシェトリほか、個性的な俳優たちが異色の組み合わせで織り成す三組三様の物語をお楽しみください。

キャスト
イザベル・ユペール
マイケル・ピット
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ 

スタッフ
監督・脚本:サミュエル・ベンシェトリ
配給:ミモザフィルムズ

公式ホームページ
http://www.asphalte-film.com/

劇場情報
2016年9月3日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ(モーニングショー)、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー



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【執筆者プロフィール】

大久保渉 Wataru Okubo 

ライター・編集者・映画宣伝。フリーで色々。執筆・編集「映画芸術」「ことばの映画館」「neoneo」「FILMAGA」ほか。東京ろう映画祭スタッフほか。邦画とインド映画を応援中。でも米も仏も何でも好き。BLANKEY JET CITYの『水色』が好き。桃と味噌汁が好き。
Twitterアカウント:@OkuboWataru

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