2016年10月25日火曜日

東京国際映画祭ラインナップ発表会〜東京グランプリの行方〜text藤野 みさき

(左から、松居大悟監督、蒼井優さん、青木崇高さん、細田守監督 ©2016 TIFF)
一年に一度、六本木ヒルズ他にて開催される、アジア最大の映画の祭典である東京国際映画祭。本年は従来のTOHOシネマズ六本木ヒルズ他都内の各劇場に加えEXシアター六本木での上映も決定し、日本ではまだ観ぬ世界の貴重な映画を大きなスクリーンで観ることができる。2016年10月25日(火)の開幕に先駆けて、先月9月26日(月)虎ノ門ヒルズにて、本年度のラインナップ発表記者会見がおこなわれた。

(『アズミ・ハルコは行方不明』の主演を務める蒼井優さん ©2016 TIFF) 

 去年は小栗康平監督の『FOUJITA』中村義洋監督の『残穢【ざんえ】—住んではいけない部屋—』そして深田晃司監督の『さようなら』と、日本映画が三作品ノミネートされて大きな話題を呼んだ、映画祭の中でも毎年最も注目を集めるコンペティション部門。この部門の選考にあたり念頭に置かれている基準が三つがある。一つ目は「秋の新作であること」、二つ目は「監督の個性が際立つこと」、そして三つ目は「世界の広い範囲を網羅したい」ということである。上記の選定基準を元に、本年は98の国と地域から1502本もの作品が応募された。

「今年ほど難民を扱った映画が多かった年は無いのではと思います」
 作品紹介の際、東京国際映画祭プログラミング・ディレクターの矢田部吉彦氏は、本年のコンペティション部門の傾向についてをこのように振り返る。社会派ドラマ、恋愛映画、ホラーにコメディと、多様性に富んだ去年とは違い、現在の世界情勢を反映するかのように本年は主題の重厚な映画が並ぶ。

(『パリ、ピガール広場』 © LA RUMEUR FILME - HAUT ET COURT DISTRIBUTION)

 去年に引き続き、本年も最もコンペティション部門で多かったのはフランスを始めとするヨーロッパ映画である。ダルデンヌ兄弟の『サンドラの週末』を彷彿とさせる、リストラ計画の進むイタリアの工場に働く女性たちの姿を描いた心理ドラマ『7分間』。日本にもファンの多いメラニー・ロランが出演する、移民の男性の人生を追った『パリ、ピガール広場』と社会派ドラマがそれぞれイタリア、フランスから届いた。
 続いて、ドイツからは印象に有る方も多いであろう、『4分間のピアニスト』の監督である、クリス・クラウスの最新作『ブルーム・オヴ・イエスタディ』が上映される。文字通りの魂の鼓動が聴こえてくるような情熱的なピアノ演奏が素晴らしかった前作とは違う、ホロコーストを主題とした人間描写に期待せずにはいられない。

(『ビッグ・ビッグ・ワールド』 © 2015 - Atlantik Film - Maya Film - IMAJ)

 第60回カンヌ国際映画祭にてクリスチャン・ムンジウ監督の映画『4ヶ月、3週と2日』がパルムドールに輝き、世界から注目の熱きまなざしが注がれ続けているルーマニア映画。そのルーマニアからは、パリで売春をしていたひとりの少女がルーマニアに強制送還された事件を追う記者を描いた『フィクサー』が、クロアチアからは「不幸ではないが、幸せでもない」というある20代の女性とその家族を描いた『私に構わないで』を。
「普通になりたい。山の向こうが見たい」——そんな切実なキャッチコピーが胸を締め付ける、1930年代のサーミ族を描いた『サーミ・ブラッド』が北欧の名画の宝庫スウェーデンから出品。そして去年の東京国際映画祭にて見事審査員賞を受賞した『カランダールの雪』のトルコからは、矢田部氏も「監督自身の最高傑作なのではないか。素晴らしい映像美、そしてその奥にあるものを感じてもらいたい」と絶賛のレハ・エルデム監督の『ビッグ・ビッグ・ワールド』が上映される。

(『天才バレエダンサーの皮肉な運命』 © Sergey Bezrukov Film Company)

 近年においてアスガー・ファルハディ監督を筆頭に粒ぞろいの秀作が揃うイランから、本年は『誕生のゆくえ』がノミネート。去年コンペティション部門で上映された『ガールズ・ハウス』に引き続き、中絶問題を抱えた映画監督の夫と舞台女優の妻の夫婦のゆくえを描いた本作も見逃せない映画となっている。
 アメリカからはサスペンス・タッチで描かれる青春ラヴストーリー『浮き草たち』、近年目が離せない南米ブラジルからは、スリラーであり復讐劇でもある、『空の沈黙』が出品。アメリカ・ブラジルの新鋭作家の描くそれぞれの世界に注目したい。
 そして、現実的な社会派映画の並ぶ本年のコンペティション部門の中でも一際花を添えるのが、ロシアから届いた虚実の混じる『天才バレエダンサーの皮肉な運命』である。人生の岐路に立たされている天才的なバレエダンサーの人生を、トリッキーなカメラワークと美しい映像で描きだす。ロシアの指揮者であるワレリー・ゲルギエフも本人役で登場し、こちらも映画・バレエ・クラシックと幅広いファン層を魅了する作品に仕上がった。

(『ダイ・ビューティフル』 © The IdeaFirst Company Octobertrain Films)

 中国、香港からは本年はそれぞれ二本の映画がノミネートされた。一作品目は、ロウ・イエ監督の脚本家として知られるメイ・フォン監督の長編第一作目であるモノクローム作品の『ミスター・ノー・プロブレム』、二作品目は「ある日老いた父が若返っている?」という奇想天外な物語が目を惹く『シェッド・スキン・パパ』を。
 そして去年の本映画祭にてブリランテ・メンドゥーサ監督の特集上映がおこなわれ注目を浴びるフィリピンからは『ダイ・ビューティフル』が出品される。いつまでも美しくありたい。そして、死んでからも美しくありたいという、ひとりのドラッグ・クイーンの願いを、ビューティーコンテストという華やかな舞台を背景にその人間模様を明るく描いた感動作である。

(『雪女』 © Snow Woman Film Partners)

 そして最後に日本からは、『ワンダフルエンドワールド』『私たちのハァハァ』の松居大悟監督の最新作を蒼井優が『百万円と苦虫女』以来実に八年振りに主演を務めた、蒼井さん曰く「主役なのに行方不明」の映画『アズミ・ハルコは行方不明』を。現在の女性監督として国際的な活躍を続けている杉野希妃監督からは長編第三作目にあたる『雪女』が上映される。現代に甦った幻想奇譚を、杉野監督自身が雪女とユキの二役を演じる。「新人と呼ぶ日は過ぎました。次のステージを担っていってもらいたい」と矢田部氏も願う、ふたりの若手映画監督に大きな関心と期待が高まる。

 本年度は主題の重さを考えさせられる、難民問題・夫婦間の亀裂・労働問題と、現実を映し出すかのような作品が多い。しかし、東京国際映画祭ならではの作品の幅の広さも特筆すべきことである。本年の東京グランプリは、どの作品が選ばれるのだろうか。観客の胸をうつ映画とは……? その発表は最終日までのお楽しみ。さあ、今宵も六本木という地へ、映画の夢を観にゆきましょう。六本木に吹く風がすてきな映画との出逢いを、きっと、あなたのもとへ運んできてくれるから。

(text:藤野みさき)


© 2016 TIFF

作品解説
—コンペティション部門全16作品—
※ 各作品名をクリックすると公式ページの作品紹介ページに移ります。

◉ ヨーロッパ

『7分間』
91分/カラー/イタリア語 | 2016年/イタリア=フランス=スイス

『パリ、ピガール広場』
106分/カラー/フランス語 | 2016年/フランス

『ブルーム・オヴ・イエスタディ』
125分/カラー/ドイツ語 | 2016年/ドイツ=オーストリア

『フィクサー』
100分/カラー/英語、ルーマニア語、フランス語 | 2016年/ルーマニア=フランス

『私に構わないで』
105分/カラー/クロアチア語 | 2016年/クロアチア、デンマーク

『サーミ・ブラッド』
112分/カラー/スウェーデン語 | 2016年/スウェーデン=デンマーク=ノルウェー

『ビッグ・ビッグ・ワールド』
101分/カラー/トルコ語 | 2016年/トルコ

『天才バレエダンサーの皮肉な運命』
120分/カラー/ロシア語 | 2016年/ロシア

◉ アメリカ・中南米

『浮き草たち』
82分/カラー/英語、ポーランド語 | 2016年/アメリカ

『空の沈黙』
102分/カラー/スペイン語、ポルトガル語 | 2016年/ブラジル

◉ アジア

『誕生のゆくえ』
91分/カラー/ペルシャ語 | 2016年/イラン

『ミスター・ノー・プロブレム』
144分/モノクローム/北京語 | 2016年/中国

『シェッド・スキン・パパ』
101分/カラー/広東語 | 2016年/中国=香港

『ダイ・ビューティフル』
120分/カラー/フィリピン語 | 2016年/フィリピン

◉ 日本

『アズミ・ハルコは行方不明』
100分/カラー/日本語 | 2016年/日本
配給:ファントム・フィルム

『雪女』
95分/カラー&モノクローム/日本語 | 2016年/日本語
配給:株式会社 和エンタテインメント

第29回 東京国際映画祭

29回を迎える東京国際映画祭(以下TIFF)は、1985年からスタートした国際映画製作者連盟公認のアジア最大の長編国際映画祭。アジア映画の最大の拠点である東京で行われ、スタート時は隔年開催だったが1991年より毎年秋に開催される(1994年のみ、平安遷都1200周年を記念して京都市での開催)。

注目の集まる、若手映画監督を支援・育成するための「コンペティション」。国際的な審査委員によってグランプリが選出され、世界各国から毎年多数の作品が応募があり、入賞した後に国際的に活躍するクリエイターたちが続々現れている。
アジア映画の新しい潮流を紹介する「アジアの未来」、日本映画の魅力を特集する「日本映画クラシックス」、日本映画の海外プロモーションを目的とした「Japan Now」、「日本映画スプラッシュ」。本年は日本映画2大特集として、アニメーション特集 「映画監督 細田守の世界」 、Japan Now 部門 「監督特集 岩井俊二」が行われる。
さらに、海外の有名映画祭での受賞作や、名匠・巨匠の新作、あるいはTIFF おなじみの監督の新作で、8月31日現在で日本公開が未定の作品をピックアップする「ワールド・フォーカス」など始めとする多様な部門があり、才能溢れる新人監督から熟練の監督まで、世界中から厳選されたハイクオリティーな作品が集結する。

本年は新たな試みとして「ユース」部門と野外上映が行われる。「ユース」部門は「TIFF チルドレン」、「TIFF ティーンズ」の二部構成に分かれており、これからの映画を担う若い人に向けて創設された部門であり、本年は3作品が上映される。海外の映画祭で多くの観客が参加して映画を楽しんでいることに習って企画されたという野外上映では、六本木ヒルズアリーナにて無料の上映が行われる。

また、アジア映画の特集上映を行う「CROSSCUT ASIA」(クロ スカット・アジア)では、本年は究極の多様性を内包する国ともいわれる「インドネシア」を大特集する。
その他、国際交流基金アジアセンターとの共同製作による、東京国際映画祭が初めてオムニバス映画製作を手がけた記念すべき第一作、『アジア三面鏡 2016:リフレクションズ』が上映されることにも注目が集まる(ブリランテ・メンドーサ監督 「SHINIUMA Dead Horse」、行定 勲監督 「鳩 Pigeon」、ソト・クォーリーカー監督 「Beyond The Bridge」)。

国内外の映画人、映画ファンが集まって交流の場となると共に、新たな才能と優れた映画に出会う映画ファン必見の映画祭である。

開催情報
2016年10月25日(火)~ 11月3日(木・祝)[10日間]

上映作品一覧
http://2016.tiff-jp.net/ja/lineup/list.php

上映スケジュール
http://2016.tiff-jp.net/ja/schedule/index.php?day=25

開催会場
六本木ヒルズ、EXシアター六本木(港区) ほか 都内の各劇場および施設・ホール
会場アクセス☞ http://2016.tiff-jp.net/ja/access/

公式ホームページ
http://2016.tiff-jp.net/ja/


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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、UPLINK主催「未来の映画館をつくるワークショップ」第一期受講。映画の他では、自然・掃除・断捨離・洋服や靴を眺めることが趣味。最近はセルフネイルに嵌っていたり、グレン・グールドの名盤「ゴールドベルク変奏曲(81年版)」を聴いて秋の夜長を過ごすことが好きです。

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