2016年10月16日日曜日

映画『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』評text今泉 健

「実はこんな話……かも」


 高畑勲監督の『かぐや姫の物語』(2013)では、かぐや姫が天に昇る前に着物を羽織ると、地上での記憶はリセットされ天に昇っていった(ただしうっすらと感情は残っていた)。まさに「忘れの衣」(※注1)というべきだろう。衣を1枚纏うことでこの世のモードではなくなる。どうやらこういった発想には国境はないようである。

 初見のアニメ作品にあまり興味はわかない方だが、予告編をみて興味を惹かれた。海外のアニメだがキャラクターが可愛い。大人向けなのか子供向けなのかわからなかったが、素朴かつ何か懐かしい感じがした。映像も綺麗でオーロラも出てくる。音楽がなんとも幻想的で心地よい。アイルランドの神話に伝わる妖精、セルキー(海ではアザラシ、陸では人間)の母親と人間の父親の間に生まれた兄妹の冒険が描かれる。父親の仕事は灯台守。優しい母親は妹を身籠もるが、妹を大切に、という言葉を残し出産後姿を消す。実は妹も母親同様セルキーである。セルキーには、まとう布、白衣が特長的なアイテムとなる。白衣を纏って初めて役割を果たし、本領を発揮できる存在なのだ。それだけに布の存在とそれを纏う行為が重要だということになる。

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』公式MV

 同時に、実際はこんな話だったのではと透けて見えてくる。

 アイルランドの海辺で優しい父親と母親とまだ幼稚園児くらいの男の子が、仲良く家族3人で暮らしている。ところが妹が生まれたとき母親が亡くなった。兄は妹が大好きな母親を奪ったと思い、妹を大切に、という母親の生前言葉の記憶にも素直になれず邪険にする。妹の誕生日がお母さんの命日という皮肉。以来父親は悲嘆にくれる毎日。妹は声が出ず、病弱気味。その後心配した祖母の勧めもあり、子供と祖母で都会で暮らすことになる。しかし妹が都会でもさらに衰弱し、ある晩生死の境をさまようまでになる。その時兄は不思議な夢を見る。朝になると妹は……。と言う具合である。

 童話や伝承は現実の話をモチーフにしていることがある。兄妹の冒険中に登場する神様や妖精や魔物は現実にいる人たちに似せている。母親が毎晩読み聞かせてくれた話、教えてくれた歌も登場する。実際の話が透けて見える、いや敢えて透かして見せることで、いかにも子供の自由な発想で生まれた物語だとわかる。妖精たちとの会話は子供らしさが溢れ返っているのだ。また小さい頃の、特に男子にとっては、母親が絶対的存在であることは説得力を持つ。嫌いだと思い込もうとしていた妹への本当の思いに、自ら気づける素直さ、ささやかではあるが、確実な心の成長の証し、そして何より純真さに溢れていて、なんとも心地よい気持ちになれるのだ。

(※注1) 忘れの衣:中島みゆきの夜会、「山椒大夫」をモチーフにした「今晩屋」シリーズ書き下ろしの楽曲、「都の灯り」の歌詞に出てくる言葉

兄妹の純真度:★★★★★
(text:今泉健)




『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
2014年/93分/アイルランド・ルクセンブルク・ベルギー・フランス・デンマーク合作

作品解説
アイルランドに伝わる神話をもとに、海ではアザラシ、陸では人間の女性の姿をとる妖精と人間との間に生まれた兄弟の冒険を描き、第87回アカデミー賞で長編アニメーション賞にノミネートされたアイルランド映画。セルキーの母親と人間の父親の間に生まれた幼い兄妹のベンとシアーシャ。ある日、妹のシアーシャがフクロウの魔女に連れ去られてしまい、兄のベンは妹を救うため、魔法世界へと旅立っていく。

キャスト(声の出演)/吹き替え
ベン:デヴィッド・ロウル/本上まなみ
コナー:ブレンダン・グリーソン/リリー・フランキー
マカ:フィオヌラ・フラナガン/磯辺万砂子
ブロナー:リサ・ハニガン/中納良恵(EGO-WRAPPIN')

スタッフ
監督:トム・ムーア
製作:ロス・マレー、ポール・ヤング、ステファン・ルランツ

劇場情報

恵比寿ガーデンシネマほかにて全国公開中
10/8〜10/21、ユジク阿佐ヶ谷にて公開

公式サイト


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【執筆者プロフィール】

今泉 健:Imaizumi Takeshi

1966年生名古屋出身 東京在住。会社員、業界での就業経験なし。映画好きが高じてNCW、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画館を作りたいという野望あり。

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