2016年11月24日木曜日

映画『エヴォリューション』評text大久保 渉、長谷部 友子


「分からなくもない」


諸星大二郎先生の漫画の一編に、「美しいもの」を見たら死ぬ(自殺する)人たちがいた。死ぬほど感動したから、幸せなまま死にたいから。分からなくもない。
 ただそうすると、「不気味なもの」「おぞましいもの」を見た時に、彼らはどんな感情を抱くのか。「死」の逆だから、「生」を思うのか。行き場のない暗闇に閉じ込められた瞬間、光を求めてあてどなく手足を振り回してしまう気持ちは、分からなくもない。
 ただ暗闇から抜け出て光にあたり幸せを築き上げた瞬間、もうこのまま死んでもいいかもと思ってしまう気持ちも、分からなくもない。今が絶頂と手に入れた幸せがいつか失われてしまうかもしれないことへの漫然とした恐怖がふいに頭をよぎるから。
 「幸福」から「死」を。「恐怖」から「生」を。人の性のなんと煩わしいことか。それならばいっそ、感情など排して生きていけばいいのだろうか。
 ただ、この映画を見て感情が波打たない人間などいるのだろうか。美しくもおぞましい物語。未だかつてない美と醜の映像の世界を前に、沸き立つ感情を留めることがどれだけ不可能なことかを思い知らされてしまうのも、分からなくもない。

(text:大久保渉)

「心地よい恐怖」


映画の基本はホラーとミステリーだと思っている。恐怖と謎解き。恋愛映画はどうなんだと言われそうだけど、恋愛だって恐怖と謎解きに翻弄される行いだ。
その両者がまざまざと、そして圧倒的な映像美で示されたのが『エヴォリューション』だ。少年と女性しかいない島。母と暮らす10歳のニコラは、自身の身体に奇妙な医療行為を施される。なにかがおかしい、その理由を見つけようと夜中に出かける母を尾行した先にあったものは、悪夢のような光景だった。
おどろおどろしさと得体のしれなさの先にあるものを探しながら、何故そうなったのかと考えずにはいられない。これは一体どういうことなのか。しかしいかに論理的に考えてみても、その解はわからず、わからなさとおぞましさに身を委ねるしかない。謎は解かれぬまま、おどろおどろしさはいつしか心地よい恐怖となり、海の中に沈んでいく。

(text:長谷部友子)





© LES FILMS DU WORSO • NOODLES PRODUCTION • VOLCANO FILMS • EVO FILMS A.I.E. • SCOPE PICTURES • LEFT FIELD VENTURES / DEPOT LEGAL 2015
―――――――――――――――――――――――――――――――――



『エヴォリューション』

原題:Evolution
2015年/フランス/81分

作品解説
『エコール』の監督が贈る、最も美しい“悪夢”。
少年と女性しかいない、人里離れた島に母親と暮らす10歳の二コラ。その島ではすべての少年が奇妙な医療行為の対象となっている。「なにかがおかしい」と異変に気付き始めた二コラは、夜半に出かける母親の後をつける。そこで母親がほかの女性たちと海辺でする「ある行為」を目撃し、秘密を探ろうとしたのが悪夢の始まりだった。“エヴォリューション(進化)”とは何なのか…?ギャスパー・ノエの公私にわたるパートナーであり、森で暮らす少女たちを描いた『エコール』のルシール・アザリロヴィック監督が贈る、最も美しい“悪夢”。映画祭で上映されるや否や「初期クローネンバーグを思わせる!」「ルイス・キャロル、グリム兄弟、アンデルセンの死体を掘り起こした」等大きな反響を巻き起こした。

キャスト
マックス・ブラバン
ロクサーヌ・デュラン
ジュリー=マリー・パルマンティエ

スタッフ
監督:ルシール・アザリロヴィック
配給:アップリンク

公式ホームページ
http://www.uplink.co.jp/evolution/

劇場情報
2016年11月26日(土)より、渋谷アップリンク、新宿シネマカリテ(モーニング&レイト)ほか全国順次公開

***********************************

【執筆者プロフィール】

大久保渉 Wataru Okubo

ライター・編集者・映画宣伝。フリーで色々。執筆・編集「映画芸術」「ことばの映画館」「neoneo」「FILMAGA」ほか。東京ろう映画祭スタッフほか。邦画とインド映画を応援中。でも米も仏も何でも好き。BLANKEY JET CITYの『水色』が好き。桃と味噌汁が好き。
Twitterアカウント:@OkuboWataru 


長谷部友子 Tomoko Hasebe

何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。

***********************************

0 件のコメント:

コメントを投稿