2017年4月4日火曜日

映画『永い言い訳』評text今泉 健

「The Long And Winding Road」



 涙を流すのがストレス解消になるというのはよく聞く話である。個人差はいうまでもないが、大人になれば子供の頃程は泣かなくなるのが普通だ。赤ん坊が泣く理由もストレス解消という説もあり、大人とさほど変わらないかもしれない。筆者のことで恐縮だが、いつからか悲しいことや辛いこと悔しいことがあると夢で泣くようになっていた。精神がバランスを取ろうとしているのだろう。とにかく泣いた夢の後は、感情がリセットされ、すっきりした気持ちになる。もっとも40代以降は明らかに以前より涙もろくなって、夢で泣くことはほとんどなくなった。


 映画『永い言い訳』はバス事故の被害者の遺族の話であるが、残された家族に焦点を当てている。いや、むしろ、遺族というより対照的な家族、夫(役名 衣笠幸夫:本木雅弘)がやや落ち目だが売れっ子作家で、妻(役名 衣笠夏子:深津絵里)が美容室経営という子供のいない、世間的には成功者の夫婦と、夫(役名 大宮洋一:竹原ピストル)がトラック運転手で妻(役名 大宮ゆき:堀内敬子)の手狭な感じのする団地住まい。小学六年生と保育園児の一男一女の子供がいる対照的な家族の話だ。たまたま妻が同級生の親友で同じバス事故で亡くなり、男達も関わりをもつようになった。しかし生者を語る時に死者に触れずに語ることは不可能なので、ほんとうに自然と遺族感情の話になっていく。この二つの家庭の対比は『そして父になる』(2013)(是枝裕和監督)と似ている。場面々々の中身は実にきめ細かに描いているが、場面毎の時間差が明確なので、実に良い具合にメリハリがついている、西川監督の手腕だろう。

 元々髪結いの亭主というのは妻を働かせ遊んで暮らす者の総称である。幸夫は成功者だがやはり人格者ではなく、むしろその逆だ。作家を目指したのも結婚前に夏子の後押しがあったからで、実は肝心なことは自分で何も決められないダメ男。多分、不遇な時代は妻に世話になっていたはずだ。今では妻に悪態をつき、プライドの高い子供のようなもので自己正当化も目に付く。葬儀も妻の部下に配慮せず自分勝手に進め、この時点で幸夫が立ち直ることの価値は示されていない。亡くなった妻があまりに不憫だからというくらいだ。この夫を最低な振舞いの人間にまで仕立てたのは罪悪感だ。妻が亡くなったとき自宅で浮気相手と懇ろだったことは、自分を正当化できるはずもなく、重荷となる。やがて浮気相手にすら見限られ、精神的に転落していく。罪悪感によって人間性が蝕まれるというのは実に説得力がある。
 もう一つの家庭の夫、陽一はすぐに泣く。考える前に感情がむき出しになり、「目は口ほどにものを言う」タイプである。幸夫との対比で人間味を持った印象だ。いわゆる「学」はないが、そんなのは生きる為には必要ないと言わんばかりで、中学受験をしようとする息子とは折り合いが悪くなる。

 バス会社の遺族への説明会で初対面の二人だが、ちょっとした事件もあり、幸夫が大宮家の子供の面倒を(週2日)申し出るのも「さもありなん」なのだ。幸夫の心境は「すがりたい誰かを失うたびに誰かを守りたい私になるの」という昔聴いた歌の一節そのままであり、妻に精神的に依存していた証拠だが、この時点で本人にその自覚は全くない。誰かを守るかもしくは世話をすることで恩恵に与るのは、何も受手側だけではなく、為手側も救われることもある。無意識にその辺りを感じた行動ということだろう。出版社の担当者(役名:岸本 池松壮亮)に子育ては免罪符と言われても、まだピンと来ていない。この家族と浜辺に行く場面はまるでゲイのカップルみたいで面白く、ゲイでなくとも『「ツー」メンズ&リトルベイビー』である。もっともそんなささやかな幸せが長続きしないのも、これまた「さもありなん」である。

 主人公幸夫は最後まで泣かない。最初は陽一の涙もろさを揶揄するが、泣けない自分の大きく欠けた何かに気づかされる。自分を正当化する言い訳ばかりではダメ。辛いことがあればちゃんと向き合って悲しまないと精神がバランスを崩す。ただ、あまりも突然大きなものを失うと自分の心の喪失感にすら気づけないのも想像できる。しかし幸夫もやがて泣く日は来るだろう。予兆は示されている。それは妻の死の直後は荒れ放題だった部屋が徐々に片付き、遺品を整理するところまできたからだ。そして、たぶん泣くのは不意をつかれた時ではないか。台湾映画『父の初七日』(2009 )(監督:ワン・ユーリン、エッセイ・リウ)では主人公が葬儀の帰路の空港で父親が好きだった煙草のカートンBOXを見かけた瞬間、しゃがみ込んで泣いてしまう。実に納得の場面で、哀しみはこんな風に胸をつくものだと思う。幸夫も団地の家族と引き合わせたのが妻だと感謝できるようになれば、「言い訳のネタ」もまもなく尽きる頃合いだ。涙までの長く曲がりくねった道のりも残すところあと少しだろう。


(text:今泉健)




『永い言い訳』
2016年/124分/日本 

作品解説 
人気作家の津村啓こと衣笠幸夫は、突然のバス事故により、長年連れ添った妻を失うが、妻の間にはすでに愛情と呼べるようなものは存在せず、悲しみにくれる夫を演じることしかできなかった。そんなある時、幸夫は同じ事故で亡くなった妻の親友の遺族と出会う。幸夫と同じように妻を亡くしたトラック運転手の大宮は、幼い2人の子どもを遺して旅立った妻の死に憔悴していた。その様子を目にした幸夫は、大宮家へ通い、兄妹の面倒を見ることを申し出る。

キャスト
本木雅弘
深津絵里
竹原ピストル
堀内敬子
池松壮亮
黒木華

スタッフ
監督、原作、脚本: 西川美和
製作:川城和実、中江康人
プロデューサー:西川朝子、代情明彦
撮影:山崎裕
照明:山本浩資

配給:アスミックエース

劇場情報
2016年10月14日公開

公式ホームページ 
http://nagai-iiwake.com/

発売情報
Blue- Ray、DVD、2017年4月21日発売決定

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【執筆者プロフィール】

今泉 健:Imaizumi Takeshi

1966年生名古屋出身 東京在住。会社員、業界での就業経験なし。映画好きが高じてNCW、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画館を作りたいという野望あり。

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