2017年5月2日火曜日

映画『Don't Blink ロバート・フランクの写した時代』text藤野みさき

Let Me See What Spring Is Like On Mars」


Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler © Assemblage Films LLC
 
 ロバート・フランクは、世界ではもとより、ロベール・ドアノー、ブラッサイ、アンリ・カルティエ=ブレッソンを始めとする偉大な写真家とともに、日本でも最もなじみ深い写真家のひとりである。誰が撮影したのかわからなくても、知らないところで、彼の写真をみたことのあるひとも多いのではないだろうか? 最も有名な写真集『アメリカンズ』を始め、ネバダ州のシティ・ホールで踊る愛くるしい新婚カップルを撮影した写真に、強烈なまなざしで睨むように斜め上をみつめる「エレヴェーター・ガール」。印象に残る彼の写真は多い。

 ロバート・フランクは、1924年11月9日、スイスのチューリッヒに生まれる。のちに47年に単身でアメリカに渡り、ニューヨークの人々を写す傍らで、「ハーパースバザー」などのファッション誌の写真家として活動を始めた。当時のファッション誌の報酬は、ロバートの愛しているストリート・フォトグラフィーよりもはるかに高額で、とても驚いたことを劇中で語っている。その後、1958年に彼の集大成でもある『アメリカンズ』を発表。文字通り、本書はいまをも語りつがれる彼の代表作となった。
 本作はそのような「写真家」としてのロバート・フランクだけを映しだすのではない。彼が撮影した映画や、大切な家族のこと、詩人・小説家のジャック・ケルアックや写真家のルイス・フォアー、歌手のミック・ジャガーなどの数々の著名人との交流を映しながら、現在のロバート・フランクのこころの声を映画はつむいでゆく。

Photo of Robert Frank by Lisa Rinzler © Assemblage Films LLC

 私がはじめてロバート・フランクの写真に出逢ったのは、いまから7年前のことだった。霧のロンドンと言われる英国の都を静粛に歩く紳士たちをとらえた写真たちに魅了されたのである。アメリカをとらえた鋭さをもつ写真とは違い、粒があらいような、それでいて、どこか懐かしさをも感じさせてくれる写真たちだった。
 アメリカの都会の街を写した写真家といえば、私はアンドレアス・ファイニンガーとベレニス・アボットを一番に想起する。だが、街の風景をとらえたファイニンガーやアボットとは違い、ロバート・フランクはニューヨークの街を生きる人々の表情を写真におさめつづけた。彼の被写体は、いつも、目の前にいる血の通った人間、そのものである。

 大のインタヴュー嫌いで、劇中でも過去に受けたインタヴューも常に厳しい表情をし、ときにはキャメラからフレームアウトしてしまうロバートであったが、この映画に映っている彼の表情や瞳は実にやさしく、そして朗らかだ。彼は自宅の椅子に腰掛け、ときに冗談を言って笑みを浮かべながら、写真を撮るときの心得や、いままで歩んできた足跡を、窓からみえる現在のニューヨークを眺めながら語る。主流に流されない人々に魅了されること、道の真ん中よりも端を歩くのが好きなこと……。その語られる飾り気のないことばたちは、彼に25年間ものときを寄り添いつづけている、ローラ・イスラエル監督との間に築かれた信頼関係そのものなのだと思う。フレームの外から聴こえてくる彼女の声はまるで娘のようでもある。映画全体を通して、イスラエル監督のやさしいまなざしをキャメラの奥から感じずにはいられない。

Photo of Robert Frank and June Leaf by Robert Frank © Robert Frank

 なかでも、最愛の娘と息子を語るときの追憶は胸を締めつける。飛行機事故により21歳の若さでこの世を去った娘アンドレアと、癌を患いながらも、この世界を生きようともがき苦しみ、葛藤し、亡くなった息子パブロの死。1980年に撮影された、映画『人生は踊り続ける』に映る息子の姿を、ロバートは自宅の壁に投影された映像で眺めていた。
「教えてほしい。どうして、お前は人生を楽しめないんだ? どうして、重い荷物を背負いこむ? 父さんがカメラを運ぶように」ロバートは息子に問いかける。息子のパブロは「地球の重力に耐えられないんだ。火星を散策したいよ」と答えた。
 繊細がゆえにさまざまなことに傷つき、すべてを背負いこみ、苦しんだパブロ。パブロの遺した手紙を読み返しながら「孤独な戦いと夢を、吐き出したかったのだろう」と想いをはせる。娘アンドレアの写る写真には「毎日、娘のことを想っている」と書かれていた。そこには世界的な名声を得た写真家「ロバート・フランク」ではない、ひとりの父親としての素顔が映しだされている。最愛のひとを失うときの心情は、私たち誰しものこころのなかに存在するものだ。子に先立たれる親の悲しみと孤独、もう一緒にみることのできない風景。それでも前をむき、自身のFATE〈運命〉に向きあう姿は、観る人々の胸をうつ。
 
 ロバート・フランクは92歳を迎えたが、彼の人生に対する挑戦は終りを知ることはない。たとえこの世界が過酷であったとしても「立ちあがり、両眼をひらいて、人生を恐れない」こと。この命が鼓動をうつ限り、私たちの人生には希望が存在し、そして無限の可能性は自らの手のひらのなかにあることを、この映画を通じてロバート・フランクは示してくれる。

(text:藤野 みさき)


『Don’t Blink ロバート・フランクの写した時代』
原題:『Don’t Blink – ROBERT FRANK』
2015年/アメリカ・フランス/82分
モノクロ・カラー/DCP
日本語字幕:和田絵理

スタッフ
監督:ローラ・イスラエル
撮影:リサ・リンズラー、エド・ラックマン
編集:アレックス・ビンガム
音楽プロデューサー:ハル・ウィルナー

参加アーティスト
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
ローリング・ストーンズ
トム・ウェイツ
パティ・スミス
ヨ・ラ・テンゴ
ミィコンズ
ニュー・オーダー
チャールズ・ミンガス
ボブ・ディラン
ザ・キルズ
ナタリー・マクマスター
ジョセフ・アーサー
ジョニー・サンダース
ザ・ホワイト・ストライプス

協力
ジューン・リーフ
ゲルハルト・シュタイデル
トム・ジャームッシュ
シド・キャプランほか

配給
テレビマンユニオン 

配給協力・宣伝
プレイタイム

劇場情報
4月29日(土・祝)より、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

公式ホームページ
robertfrank-movie.jp

※ Bunkamuraザ・ミュージアムでは、ロバート・フランクとともにニューヨークを代表する写真家ソール・ライターの日本初となる回顧展も同時開催決定。

「ニューヨークが生んだ伝説 写真家ソール・ライター展」
会期:2017年4月29日(土・祝)〜6月25日(日)予定
会場:Bunkamuraザ・ミュージアム

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【執筆者プロフィール】

藤野 みさき:Misaki Fujino

 1992年、栃木県出身。シネマ・キャンプ 映画批評・ライター講座第二期後期、「未来の映画館をつくるワークショップ第一期受講。心配性で潔癖症。映画の他では、自然・お掃除・断捨離・セルフネイル・洋服や靴を眺めることが好きです。写真をあつめることも好きで、七年前より開設をしたTumblrのブログもときおり更新しています。http://cerrytree.tumblr.com

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