「死の扱い」
寝たきり、認知症のファンさんは一言も話さない。一方、息子、娘、孫ら家族はファンさんの周囲に集まり、賑やかに話し続ける。家族の者は、ファンさんが彼らの存在や呼びかけを理解していると語るが、実際のところ彼女が会話を理解しているかは不明である。だが、ファンさんは何かを求めるように細い腕を伸ばして娘に触れる。また、涙を流すファンさんをアップで捉えた長回しは、この映画の中でもひときわ美しいショットである。家族に囲まれて静かな最期を迎えたファンさん。死後、家族が日常に戻るところで映画は終わる。
ファンさんの様子と並行して、村の男たちが超音波を使って魚を獲る様子が描かれている。彼らは、捕まえた魚を無造作に容器に放り込み、包丁でさばき、食べる。その一方で、数日かけてファンさんの死を看取り、死後の法要も予定している。動物と人間とを同列に扱わない。そんな当たり前のことを、日常とファンさんの死との対比から確認することができる。
映画の視点も同様である。王兵(ワン・ビン)監督の作品では通常のことであるが、この映画でもナレーションはなく、ファンさんの略歴もラストに数行の字幕で説明されるだけだ。しかし一見冷徹な本作は、ワン・ビンと被写体との親密さに支えられてもいるようだ。監督は、健康だった頃のファンさんとその家族に知り合い、彼女が体調を崩してから本格的に撮影を始めたとのこと。狭い部屋の定点観測、ファンさんへのクローズアップなど、物理的にも心理的にも距離の近い映画である。見る者もワン・ビンの視点と家族の姿勢に同化していく。彼女のことを知らない私までもが、ファンさんの表情と死には厳粛さ、美しさを感じるようになるのだ。
いくつもの生命と死のうち、ファンさんだけを特別視する人々と映画、そして私。本作を見ることで、彼女の死に感情を揺さぶられる自分の姿勢も「特別扱い」なのだと知ることになる。筋肉の伸縮を「何かを求めるように細い腕を伸ばし」、眼窩からの液体の流出を「涙を流す」とみなして、何らかの意味を見出そうとすること。それが無自覚的な選択の結果であったことを自覚する。無論のこと、全てを同列に扱う必要もないし、人間の死に特別な感情を抱くのも当然である。そうした感情が実は根拠薄弱であること、だからこそ我々に理屈抜きで生じるもの、自然なものだとも言えるであろう。
(text:高橋雄太)
『ファンさん』
香港、フランス、ドイツ/2017年/87分
(text:高橋雄太)
香港、フランス、ドイツ/2017年/87分
監督:ワン・ビン
第18回東京フィルメックス特別招待作品
作品解説
本年のロカルノ映画祭で金豹賞を受賞したワン・ビンの最新作。アルツハイマー病で寝たきりになり、ほとんど表情にも変化が見られない老女と周囲の人々をとらえ続ける。一つの死の記録にとどまらず、見る者に様々な問題を投げかけてくる挑戦的な傑作である。〈第18回東京フィルメックス〉
■期間
2017年11月18日(土)〜11月26日(日)(全9日間)※会期終了
■会場
A)
11月18日(土)~11月26日(日)
有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇にて
B)
11月18日(土)~11月26日(日)
有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇にて
B)
11月18日(土)~11月26日(日)
有楽町朝日ホール他にて
ハローダイヤル 03-5777-8600 (8:00-22:00)
※10月6日(金)以降、利用可
■共催企画
・Talents Tokyo 2017(会場:有楽町朝日スクエア)
・映画の時間プラス(期間:11/23、11/26/会場:東京国立近代美術館フィルムセンター)
・Talents Tokyo 2017(会場:有楽町朝日スクエア)
・映画の時間プラス(期間:11/23、11/26/会場:東京国立近代美術館フィルムセンター)
http://www.filmex.net/
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高橋雄太:Yuta Takahashi
1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好きな会社員。第18回東京フィルメックスでは『ファンさん』の他に『暗きは夜』もよかったです。
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