2017年1月6日金曜日

特集上映『エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ』text高橋雄太

「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカを見る〜映像百科事典の世界〜」


エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(EC:Encyclopaedia Cinematographica、ECフィルム)は、ドイツの国立科学映画研究所が始めた映像百科事典プロジェクトである。世界各地にカメラマンを派遣し、民俗学、生物学、技術科学における映像を記録した3000タイトル強のフィルムアーカイブで構成されている。日本では下中記念財団により管理され、少しずつデジタル化が行われているという。2016年11月19~25日、ポレポレ東中野にてゲストを迎えての特集上映「エンサイクロペディア・シネマトグラフを見る」が行われた。残念ながら、私が参加できたのは全7回のうち4回(11/19,20,21,25)だけであるが、興味深いイベントであった。

特集上映の内容は以下の通り(日付 テーマ ゲストの順、敬称略)。

11/19 一から自分で作る暮らし 関野吉晴
11/20 異形のモノがやってくる 世界の祭 赤坂憲雄
11/21 生きものの驚異と不思議 荒俣宏
11/22 糸、世界の植物を紡ぐ 眞田岳彦
11/23 世界音楽入門 U-zhaan、長嶋りかこ
11/24 食べているのは生きものだ 森枝卓士、高田ゆみ子
11/25 自然へのまなざし、その歩み 中村佳子、石原あえか

まず、ECフィルムの特徴を説明しよう。今回の上映作品の長さは1分程度から15分程度。画面はモノクロもカラーもあり、音声はサイレントもトーキーもある。スローモーション、早送りを利用した作品もある。特筆すべきは、作品の内容についての説明がほとんどないことである。作品中に字幕はほとんどなく、ナレーションに至っては皆無である。作品の一部にはドイツ語の解説論文もあるとのことだが、今回の上映に特別な解説などはなかった。

次にイベントのスタイルについても述べておく。今回のイベントは、上映中にゲストがトークをするという、弁士付き上映のような形式で行われた(なお、関野吉晴氏は劇場でアシ舟作りの実演まで行った)。前述のように作品には説明がほとんどないため、何が行われているかわからず、ゲストの方々も私たち観客も、疑問や感嘆の声、ときに笑い声をあげながら作品を鑑賞した。

さて、作品のタイトルをいくつか見ていただたきたい。『アシ舟カバリトづくり 北ペルー 西海岸』、『夜の仮面の登場 赤道アフリカ カメルーン草原(ティカール族)』、『農家の夕食 中央ヨーロッパ チロル』、『テマリクラゲ(クシクラゲ類)行動様』、『エキノステリウムの一種 アメーバ相』。映像による百科事典を目指していただけのことはあり、様々な地域の祭式から日常、さらに人間以外までカバーしている。

個々の作品に注目してみる。『丸太を持っての儀礼的駅伝競走 ブラジル トカンティンス地方』は、半裸の人々が丸太のような物体を抱えて走るだけという、アクション映画のように面白いのだが、意味不明の作品である。わからなさで言えば『農家の夕食 中央ヨーロッパ チロル』も相当なものである。子だくさんの家族が大皿の料理をスプーンでひたすら食べる様子が16分続く。人の名前も、何を食べているのかもわからない。大勢で一皿を共通に食べるのがこの地方の風習なのか、それともこの一家だけの習慣なのかも不明である。わけのわからない映像を説明なしで見続けることが、本イベントの魅力であった。

中村佳子氏と石原あえか氏とのトークにおいて言及のあった「驚異の部屋」は、ECフィルムの性質を表す言葉であろう。驚異の部屋、ドイツ語で「ヴンダーカンマー」または「クンストカンマー」。ヨーロッパの王侯貴族らが世界中から収集した珍品を展示した部屋であり、博物館の原型ともされている。珍しいもの、よくわからないもののアーカイブであるECフィルムは、映像による百科事典であり、驚異の部屋とも言える。

よく知られていることであるが、映画の創始者とされるリミュエール兄弟も、映画の誕生直後に世界各地のアーカイブを残すためにカメラマンを派遣している。未知の世界への好奇心、その世界を手元に置きたいという収集癖と支配欲、見ることへの欲望。それが驚異の部屋からリミュエール、ECフィルムにまで共通するモチベーション、人間の性質なのかもしれない。

さて、生物系の作品を手掛かりとして、この百科事典が「映像」であることの意味を述べていこう。『オランウータン 地上での移動』と『アメリカダチョウ 走行』は、スローモーションを利用することで動物の運動をじっくりと観察したものである。これらとは反対に、『ヨーロッパアカガエル 卵割と胚発生』における美しい細胞分裂や、『エキノステリウム』の粘菌の躍動は、早送りによって人間のタイムスケールでも一連の動きとして見ることが可能となっている。また後者2作品は、肉眼には小さすぎる生物を高倍率で撮影した作品であることは言うまでもない。

これらの作品は、映画誕生以前のことを思い起こさせる。写真家のエドワード・マイブリッジ(1830-1904)は馬の疾走の連続写真を撮影した。この写真によって、人間の目には速すぎる馬の走行の様子を正確に理解することができるようになったという。マイブリッジからさらに遡ること数百年、ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が望遠鏡を用いて観察した月のクレーター、木星の衛星、太陽の黒点などは、地動説を後押しする根拠になった。見ることのできなかったものが見えるようになり、人間は世界への理解を促進させたのだ。

最近は拡張現実(AR:Augmented Reality)という言葉もよく聞かれるが、そもそも視覚メディアや光学機器は現実を拡張させる手段だったのであろう。そしてECフィルムは、現実を収集した百科事典であり、同時に現実を拡張させるメディアであると言える。

2017年現在、すでにECフィルムプロジェクトは終了してしまったとのことだ。だが、TV、YouTubeなどの映像が私たちの見る範囲を拡張し、また誰もが映像アーカイブを残すことが可能になった現代は、映像による百科事典の時代であろう。いまだからこそ、先達であるECフィルムを見る意義がある。
(text:高橋雄太)



エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ


作品解説
エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ(EC:Encyclopaedia Cinematographica、ECフィルム)は、1952年にドイツの国立科学映画研究所で始まった映像による百科事典プロジェクトである。開始から約30年間の歳月を費やして世界各地に研究者・カメラマンを派遣し、3000タイトル強の映像を収集した。日本では下中記念財団がECフィルムの管理・運用をしている。

プロジェクトメンバー
●下中邦彦記念映像活用委員会
委員長/下中弘(下中記念財団理事)委員/飯塚利一(下中記念財団理事)下中菜穂(エクスプランテ)
川瀬慈(国立民族学博物館)丹羽朋子(人間文化研究機構、NPO FENICS)浜崎友子(記録映画保存センター)
●クリエイティブチーム
佐藤有美(cotoconton)林澄里(旅音)中植きさら・石川雄三(ポレポレタイムス社) 津田啓仁 下中桑太郎

公式ホームページ
http://ecfilm.net/
※デジタル化済(DVD)上映素材を有料で借りることができます
個人での視聴も可能。


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【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi

1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好きな会社員。2016年、よかった映画は『光りの墓』『シン・ゴジラ』。ミュージアムはロンドンの大英博物館、自然史博物館。

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