2015年7月19日日曜日

フランス映画祭2015〜映画『アクトレス〜女たちの舞台〜』text岡村 亜紀子

「青い小鳥よ いずこに」


 この文章を書いていたわたしの脳内に、アニメ『銀河鉄道999』の同名オープニング曲の歌詞がふと浮かんできた。

ひとは誰でも しあわせさがす
旅人のようなもの
希望の星に めぐりあうまで
歩きつづけるだろう *
 
 映画は国際的に活躍する実力派女優のマリア(ジュリエット・ビノシュ)が、魅力的な若い女性シグリッド役でかつて彼女をスターダムに押し上げた舞台、『マローヤの蛇』の作者である劇作家ヴィルヘルムの受賞式に出る為に、マネージャーであるヴァレンティーヌ(クリステン・スチュワート)と、列車でヨーロッパを移動している場面から始まる。

 クリステン・スチュワートが演じるヴァレンティーヌは、あまり化粧っ毛が無く飾らない雰囲気の女性で、タブレットを駆使しながら大女優であるマリアをサポートする姿は、大女優マリアと観客とをつなぐ架け橋のような身近な存在として映る。彼女とマリアとの間には、大女優とそのマネージャーという関係から想像する主従関係というより(チューリッヒで授賞式に出たマリアがヴァレンティーヌの計らいによって若手の演出家と会い『マローヤの蛇』の再演依頼のオファーを受けたりもしていて)まるでパートナーのような対等な関係が成立しているように見える。とは言え、ヴァレンティーヌはマリアに対して率直な意見やアドバイスを言いながらも、年齢の違いから起こる感覚の違いに苛立ち、こっそり舌打ちをしたり不満を呟いたりもしつつ、現代的なバランス感覚で、雇用主であるマリアに対処している。

 原題(『Sils Maria』)でもある地名シルス・マリアは、スイスのグラウビュンデン地方のユリア峠とマローヤ峠の間にある、湖に挟まれたシルスという村の一画である。バゼリアとマリアという2つの地区に分かれ、大きい湖、谷、山々が美しい風景からは、マイナスイオンが溢れて来そうである(芸術家たちがインスピレーションや安らぎを求めて訪れる地としても知られている)。マリアは授賞式の後、シルス・マリアにあるヴィルヘルムのコテージで、ヴァレンティーヌと2人で籠り、台詞の読み合わせを行ったり、ハイキングをしたりしながら役作りをする。そこには幻想的ムードを持つ美しい風景と共に、現実と切り離されたマリアの為の時間が映し出されている。

 この地でのマリアは大女優ではなく対ヴァレンティーヌとしての一個人としてあり、女優としての自分を持つひとりの女として、様々な人間的感情を覗かせる。マリアとヴァレンティーヌの別荘でのひととき、湖で水浴びをするなどの楽しい瞬間(シーン)の幕引き(カット変え)の性急さが何度か繰り返され、何か別の出来事が水面下で起こっているような不穏な感覚を覚える。台詞合わせを行う2人のやりとりでは、そのやりとりは台本の台詞なのか、それとも2人の現実での会話なのか、曖昧さを伴って緊張感が漂い、現実と物語の世界との境界線を曖昧にして行き、一体何を観ているのか、そんな問いがふと頭を過る。

 そして後に起こるある不思議な出来事をもって、この地でのヴァレンティーヌは、マリアの孤独が生み出した幻だったのでは無いかという考えが起こる。その現代性や積極性、リスクを恐れぬ若さや飾らない様子はマリアの中に知らないうちに芽生えた欲求で、マリアに対するヴァレンティーヌの抱く不満さえ、かつてマリアが感じ取っていた感情の合わせ鏡のようなものなのではないかと。ヴァレンティーヌに対して、マリアはあくまで悠然と構えている様に見えながら、彼女の意見を受け入れ、影響され、時に甘える。「あなたが必要なのよ」と。それはまるで、ビジネスの相手ではなく、母親が娘に対して接している様な姿にも映る。そしてそれは、なぜか少し寂しい。

 映画を通してずっとマリアが孤独に見えたのはなぜなのか。舞台稽古が始まり、マリアはかつて自分が演じたシグリッド役のジョアン(クロエ・グレース・モレッツ)に、ある場面の舞台の演出上の意図の理解を得ようと話しかける。マリアは再演にあたりシグリットに破滅させられる上司の中年女性ヘレナを演じており、舞台の筋書きと同じ様に、手のひらを返したジョアンに冷たくあしらわれてしまう。そこで思うのは、かつてのマリアはジョアンであったかもしれず、ジョアンはいつかマリアになるのもしれないという時間がもたらす人に起こっていく変化である。これまでの作品と同様にオリヴィエ・アサイヤス監督の映画の舞台はグローバルな幅を持っているが、さらに視線は人の内面である個人的な内面世界へと向けられている。今作では三人の女性を主軸に、画面には出てこない劇作家ヴィルヘルムの一生を垣間見せながら、人間の一生の内に積み重なって行く時間が描かれ、マリア(あるいはヴィオレンティーヌ)を通して、周囲との間に常に起こる自身の変容も描かれている。内面世界とその外側の間にあるものは、目に見えぬ境界であり大仰に言えばひとつの国境だ。今作はその境界内について描かれている、最小単位の世界の物語でもある。そこには誰にも個人的な歴史がある。誰も自分のものには出来ぬけれど、その誰かの幻の集合のようなものが陰の様に、人生の傍らには寄り添う。

 この映画にはメインキャスト3人の、キャスティングの妙がある。主演マリアの役柄は国際的に活躍するジュリエット・ビノシュ本人とおのずと重なる。ハリウッドの注目の若手女優ジョアンは、まるで設定を写したようなクロエ・グレース・モレッツが演じ、クロエのジョアンがパパラッチの標的になるシーンはリアルに感じられるが、実際にはクロエよりもヴァレンティーヌ演じるクリステン・スチュワートが共演者との恋愛によってパパラッチの標的になってきたイメージが強く、少し強引に言えばクロエは家族にサポートされて子役からキャリアをスタートしており、マリアとヴァレンティーヌの2人の関係性は、彼女と家族のそれと類似しているのではないだろうか。本編には直接関わりのない、演じた役柄と本人像が近いという背景の部分が、物語の中で覚えた感覚と同じ様に、映画と現実の世界とが入り交じった様な感覚を与え、映画の中に現実の彼女たちを思わずにはいられない。

 舞台は始まったら必ず幕が引かれるものだ。その道筋をマリアはどうやって歩いて行くだろうか。何層にも重なる登場人物たちのストーリーにその実際の背景が呼応して、幾度となく物語を反芻してしまう。

冒頭で引用した『銀河鉄道999』の歌詞は、こう結ばれている。

きっといつかは 君も出会うさ 青い小鳥に *

シルス・マリアにいた青い小鳥は、マリアの中にいるのかも知れない。




上映後にはオリヴィエ・アサイヤス監督のトークショーが行われた。

Q.「2010年に70年代のゲリラのテロリストを描いた『カルロス』、その後2012年に『五月の後』という五月革命の後の世代を描いた青春映画がありましたが、その後に女性映画を作るということになった考えといきさつを教えてください。」

A.「70年代を描くもの(『カルロス』、『五月の後』)で、その時代の人物について語りたい事を尽くしたため、新しいものを作りたいと思いました。ジュリエット・ビノシュとは以前から一緒に作りたいと話しており、2人の気持ちが一致して映画が出来ました。」

Q.「脚本は、ジュリエット・ビノシュと一緒に作り上げたのですか?」

A.「そうではありません。ある時ジュリエットから、“わたしたち2人の関係を表すような映画をつくってはどうか”という提案がありました。わたしたちは電話でのやり取りで映画についてのイメージを語り合い、彼女のこの作品についてのイメージを聞いて、わたしたちの人生にしみ込んだ時間、過ぎた長い時間、変わって行く時間について語る映画が撮れるのではと思いました。ジュリエットとは定期的に会って話していましたが、何がテーマの映画になるのか彼女は脚本が出来るまで知りませんでした。」

Q.「クリステン・スチュワートの起用過程を教えて下さい」

A.「彼女は『トワイライト』シリーズとメディアによって有名になったかも知れないが独特の存在感があると思っていました。『イントゥ・ザ・ワイルド』に5分程出演しているのを見て、忘れられない存在となりました。カメラ写りの良さが素晴らしい、アメリカ映画では希有な女優です。」

「今まで彼女にもたらされなかった事、自由を与え、自分自身を発見し理解する事を、高額な報酬も居心地の良さも無いインディペントな映画の現場において、自分が与える事が出来るのではないかと思ったし、現実にそうすることが出来たと思っています。」

「今回の映画によって彼女は新しい扉を開きました。彼女は彼女自身が想像しているよりも息の長い素晴らしい女優になると思います。」

クリステン・スチュワートは本作で米国人女優初のセザール賞助演女優賞を受賞しており、監督の言葉が現実になるであろうと感じられた。

また、ジュリエット・ビノシュとクリステン・スチュワートの相性と、2人の関係が作品に与えた影響については、

「本当にこの2人が上手く行くかというのは、本質的な問題でした。2人の関係が上手く行かなかったら作品はダメになっていたでしょう。クリステンはジュリエットを、自由に強く女優を続けている先輩として、彼女にその姿勢を学びたいと思っていたようです。ジュリエットは、クリステンは若いけれど、映画に対する情熱の持ち方に感心していました。彼女たちは、お互いに刺激を与え合い、いい意味での競争心があるバランスが取れていた良い関係でした。」

と答えられていて、それほど2人の関係が今作で重要であったことを思わせられた。

『アクトレス〜女たちの舞台〜』という邦題やシャネルが特別協力したという華やかな衣装が話題を呼び、女性雑誌などで特集されそうな気配があり、女性からの関心が高まりそうだ。トークショー時には年配の方から若い方まで男性が熱心に監督に質問をしていた。是非、男性も多く劇場に足を運んでみてほしい。

映画祭の熱狂の中、日本で産声を上げたばかりの映画を観る喜びと、帰りしなに何度も観客席に向かってお礼をするアサイヤス監督の人柄に触れ、貴重な時間を持つことが出来た幸せに感謝を添えて。







*橋本 淳作詞『銀河鉄道999』より引用

(text:岡村 亜紀子)

関連レビュー:フランス映画祭2015〜映画『ティンブクトゥ』(仮題)text井河澤 智子





映画『アクトレス』

原題『Sils Maria』

作品解説
大女優として知られるマリアは、忠実なマネージャーのヴァレンティーヌとともに、二人三脚で日々の仕事に挑んでいた。そんな中、マリアは自身が世間に認められるきっかけとなった作品のリメイクをオファーされる。しかし、そのオファーは彼女が演じた若き美女の役柄ではなく、彼女に翻弄される中年上司の方。主人公役は、ハリウッドの大作映画で活躍する今をときめく若手女優だった…。


出演
ジュリエット・ビノシュ、クリステン・スチュワート、クロエ・グレース・モレッツ

スタッフ
監督:オリヴィエ・アサイヤス
脚本:オリヴィエ・アサイヤス
制作:シャルル・ジリベール

受賞歴
2015年セザール賞助演女優賞受賞

配給:トランスフォーマー

2015年秋、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー

ホームページ:http://unifrance.jp/festival/2015/films/film07

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「フランス映画祭2015」

【開催概要】
日程  : 6月26日(金)~29日(月)
会場  : 有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇(東京会場)
団長  : エマニュエル・ドゥヴォス(『ヴィオレット(原題)』主演女優)
公式URL: http://unifrance.jp/festival/2015/

主催:ユニフランス・フィルムズ
共催:朝日新聞社
助成:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛:ルノー/ラコステ
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC
特別協力:TOHOシネマズ/パレスホテル東京/全日本空輸株式会社
Supporting Radio : J-WAVE 81.3FM
協力:三菱地所/ルミネ有楽町/阪急メンズ東京
運営:ユニフランス・フィルムズ/東京フィルメックス
宣伝:プレイタイム

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