2016年6月22日水曜日

フランス映画祭2016〜映画『モン・ロワ(原題)』評text長谷部 友子

「愛の末路」


十年間愛した人とは一体何者だったのだろう。

弁護士のトニーはスキー事故で膝に大けがを負い、長期間リハビリセンターに入院することになる。「膝というのは後ろにしか曲がることのない関節で、そこを怪我したということは、過去に何か原因があるのでは?」と医師は謎めいたことを言う。その言葉を契機にトニーは過去を、つまり元夫ジョルジオとの波乱に満ちた関係を振り返りはじめる。これほどまでに愛憎を覚えた男とは一体何者であったのか。

十年前、トニーは憧れていたレストラン経営者のジョルジオとクラブで再会し、激しい恋に落ちる。瞬く間に意気投合し、電撃的に結婚を決め、トニーは妊娠する。しかし幸福な時間はあまりに短く、妊娠中から漂いはじめる不穏な空気は今後の数々の苦難を予感させる。

ジョルジオには精神が不安定な元恋人がいて、自殺未遂をしてはジョルジオの気をひく。ジョルジオは自分には責任があると言って、元恋人との行き過ぎた関係をやめようとはしない。女性問題に限らず金銭問題、派手な友人たちとの遊び、一人になりたいと勝手に別居を決める身勝手さ、ここまでくればあっぱれというしかないダメっぷりに周囲は離婚を勧めるが、トニーは「結婚とはそういうものではない。子どもをつくって別れるために何年も待ったわけではない」と長く待ち続け、ようやく見つけた愛する人に見切りをつけることができない。しかし次第に自身も精神を病み、生活もままならなくなる。

モデルのような華やかな人間とばかりつきあい遊んでいるジョルジオと弁護士であるトニーは火と油、あまりに相性の悪い者同士なのだろうか。
ジョルジオは華やかな世界でモデルのような女性たちと浮き名を流しながらも、結婚をして子どもをもうけるのはトニーだと思い、即座に結婚を決める。有能で出来のよい妻に子育てをはじめ生活の一切を任せ、自分は好き勝手をすればいいというずるい打算ゆえともとれるが、それにしては相手が悪すぎる。トニーは情熱的すぎるし、ジョルジオを諦めない。そしてジョルジオもまた、自分は好き勝手をし続けるくせにトニーを手放す気はないらしい。それは生活のための打算というより、彼女の確実さを頼っているようにも見える。ジョルジオは自分の弱さや矛盾をトニーにだけは知られたくないと思いながらも、彼女に見透かされていると怯え、破滅的な生き方をやめられない。
一方トニーは、リハビリセンターで若い青年たちと親しくするようになるが「どうして自分たちと仲良くするのだ」と尋ねられる。性別も年齢も仕事や所属する世界が違うのに何故なのだと。楽しいからだとトニーは言う。弁護士という固い仕事をしていながらも、トニーは刺激的なものを好み、享楽的な振る舞いをする。ジョルジオという不運に出会ったことが間違いだったのか。いや、たとえジョルジオと出会わなくとも、トニーには同じようなことが起こるのだ。これほど呪わしく激しいものではなかったかもしれないけれど。
愛も憎しみもいらない。平らな人生がいいと離婚を切り出すトニーに、そんな男であったなら惹かれなかっただろうとジョルジオは言う。そんなことはトニーがジョルジオ以上に知っている。そしてそんな自分を受け入れろとジョルジオは言う。

© 2015 / LES PRODUCTIONS DU TRESOR - STUDIOCANAL

人は別れることによってしか思い知ることはない。緩く繋がっているなどという生ぬるさは現実から目を背けているだけで、詰まるところ別れこそが真に人を成長させる。潔く断ち尽くせ。一方、一度出会った人とは別れることはできない。たとえこの先一生会うことがなくとも、誰かと別れ尽くすことはできないのだと。この別れについての相反する二つの解釈。
あなたは私と別れられるが、私は私と別れられない。人生とはその絶望の繰り返し。最も愛する人とは、別れることのできない自分に限りなく近い人なのかもしれない。相手の何かを見咎めるとき、それはおそらく自分に含まれている部分だ。あなたが相手に苛立ち、なじるとき、それは自分に向けられた言葉だ。

何故人を愛するのだろう。愛とは執着に過ぎないのだろうか。執着は大抵、本当の愛情ではないと非難され、とかく最近は断捨離やらリセットやら、執着しない生き方が推奨される。
あなたを諦めない。あなたが私を諦めていないとわかる限り、私はあなたを諦めない。どれほど傷つけられ、苦しむことになろうとも。それは執着やエゴで愛ですらないと責め立てられるかもしれないけれど、この諦めなさこそが愛であり、そして愛の末路はいつだって悲惨だ。

十年という歳月の果てに、こたえはあるのだろうか。
一体この人の何にそれほど惹かれたのだろう。
いやそもそも、そんな人は本当にいたのだろうか?

(text:長谷部友子)




『モン・ロワ(原題)』 
原題:Mon Roi
2015年/フランス/126分
(上映日時:6/25(土)17:10、会場:有楽町朝日ホール)

作品解説
『美女と野獣』のヴァンサン・カッセルと『太陽のめざめ』の監督エマニュエル・ベルコが共演した、10年間にわたる男と女の激しい愛の物語。エマニュエル・ベルコは体当たりの演技が絶賛され、2015年カンヌ国際映画祭で『キャロル』のルーニー・マーラーとともに女優賞を受賞。監督は『パリ警視庁:未成年保護部隊』(11)でカンヌ映画祭審査員賞を受賞した自身も女優であるマイウェン。
弁護士のトニーはスキー事故で大けがを負いリハビリセンターに入院し、リハビリを続ける中、元夫ジョルジオとの波乱に満ちた関係を振り返る。これほどまでに深く愛した男はいったい何者だったのか。なぜ、ふたりは愛し合うことになったのか……。

キャスト
エマニュエル・ベルコ(トニー)
ヴァンサン・カッセル(ジョルジオ
ルイ・ガレル
イジルド・ル・ベスコ

スタッフ
監督:マイウェン

配給:アルバトロス・フィルム /セテラ・インターナショナル

劇場情報
2017年春、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開予定

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【執筆者プロフィール】

長谷部友子 Tomoko Hasebe

何故か私の人生に関わる人は映画が好きなようです。多くの人の思惑が蠢く映画は私には刺激的すぎるので、一人静かに本を読んでいたいと思うのに、彼らが私の見たことのない景色の話ばかりするので、今日も映画を見てしまいます。映画に言葉で近づけたらいいなと思っています。

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フランス映画祭2016



 毎年初夏に開催され、⼤勢の観客で⼈気を集めているフランス映画祭。2012年より地方でも開催され、今年も福岡、京都、⼤阪で開催されます。今年はキャッチコピーに「フレンチシネマで旅する4日間 in 有楽町」を掲げ、多様なシチュエーションの中を旅するような、13作品のラインナップとなっていますが、ほぼ半数の6作品が⼥性監督によるものであることが特徴的です。オープニング作品は、カトリーヌ・ドヌーブが主演を 務める『太陽のめざめ』。その他、10年振りの来日となる今年の団⻑・イザベル・ユペールの出演作『愛と死の谷』と『アスファルト』や、今年亡くなったジャック・リヴェット監督の追悼上映として、デビュー作『パリはわれらのもの』が デジタルリマスター上映されます。
 映画祭に花を添える⼒強いゲスト陣は、オープニング 作品『太陽のめざめ』の監督であり『モン・ロワ(原題)』の主演⼥優でもあるエマニュエル・ベルコ、今年のカンヌ映画祭の オープニングの司会を務める予定となっている俳優ローラン・ラフィット、など多彩で豪華な顔ぶれが揃います。24日に行われるオープニングセレモニーでは、来日するゲストに加え、今年のカンヌ国際映画祭〈ある視点部門〉に『海よりもまだ深く』が正式出品された是枝裕和監督と、最新作『淵に立つ』が同部門の審査員賞に輝いた深田晃司監督が登壇します。その他、作品上映時に行われるトークショーでもゲストとの交流を楽しむことが出来ます。
 また、アンスティチュ・フランセ日本では「恋愛のディスクール 映画と愛をめぐる断章」と題して、恋愛にまつわる作品を特集し、20〜30年代から現在にいたるまで撮られた恋愛映画の特集上映が7月まで行われています。
 是非、素敵なフランス映画と出会いに劇場に足を運んでみてください。

〈開催概要〉
開催日程:6/24(金)〜27(月)
会場:有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ 日劇
公式サイト:www.unifrance.jp/festival
Twitter:@UnifranceTokyo
Facebook:https://www.facebook.com/unifrance.tokyo

*上映スケジュール
http://unifrance.jp/festival/2016/schedule

主催:ユニフランス
共催:朝日新聞社
助成:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本
協賛:ルノー/ラコステ/エールフランス航空
後援:フランス文化・コミュニケーション省-CNC/TITRA FILM
特別協力:TOHOシネマズ/パレスホテル東京
Supporting Radio:J-WAVE 81.3FM
協力:三菱地所/ルミネ有楽町/阪急メンズ東京
運営:ユニフランス/東京フィルメックス
宣伝:プレイタイム


特集上映「恋愛のディスクール 映画と愛をめぐる断章」
会場:アンスティチュ・フランセ東京
http://www.institutfrancais.jp/tokyo/events-manager/cinema1604150709/

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