2017年3月7日火曜日

映画『この世界の片隅に』評text伴野 和孝

『この世界の片隅に』と僕


『この世界の片隅に』が素晴らしい映画だという事はいくら言っても言い足りない。
既に各映画賞を総なめにしているし、映画雑誌の年間ランキングも軒並み1位だし、映画評論家達は絶賛した上に様々な角度から語りまくっている。
客観的な評価は充分揃っているなら、僕はこの映画についての個人的な話を書こう。

2016年の秋、僕は仕事を辞めるハメになった。
当時の持てる力全てを出しつくしたプロジェクトを終わらせた直後で満足感と燃え尽き感があった事もあり、「なってしまった事は仕方ない。まずは休みを楽しむか。」と僕は思った。時間がある時にする事といえば旅行だ。僕は友人のS君と共通の友人のBちゃんに会いに行く事にした。1年前に東京から実家に戻っていた彼女に、以前から僕達は遊びに行く約束をしていたのだ。その彼女が住んでいるのが、『この世界の片隅に』の舞台である呉である。

旅行の話の前に、余談だが呉と広島という土地について簡単に話したい。
広島という土地は歴史的に見てとても地の利に富んでいる。瀬戸内海に面し、山陽道が通り、市中に川が流れている事で、特に物流において有利な土地だった。金沢や、仙台の様に国づくりの基盤を担う有力大名はいなかったが、それでも十分栄えた。
その地の利は、戦時にも活用された。明治以来、広島は陸軍が置かれる土地となった。日清戦争時には大本営が広島にあり、明治天皇もそこに駐留した。
そして呉には海軍が置かれた。元々呉は山に囲まれた入江で、その海を埋め立てて造船所と海軍を置いたのが呉だ。
『この世界の片隅に』のすずと妹が海軍や陸軍の秘密に触れてしまったと言ってふざけ会うシーンの背景には、そういった事がある。

そんな広島~呉での3泊4日旅行は、Bちゃんのテレビ業界にいた人ならではの情報収集力と、人脈と、段取り力によって、普通に旅行するよりはるかに楽しいものだった。

Bちゃんは元々S君の友達で、僕は20代中頃に出会った。
似たような職種で共通の悩みを話せるという事や、S君と共に中央線沿線仲間だったというのもあり、その頃はよく飲んだり、出掛けたりしていた。正直者で、志が高くて、根が良い彼女が僕らは好きだったし、尊敬もしていた。 出会ったころからよく、いずれ呉に戻るという話を彼女はしていた。文化系で東京暮らしに馴染んだ人が地元で働くという事が僕には想像し難かったが、彼女の気持ちは一貫していた。2015年末に彼女は広島の呉に帰り、更には2016年中頃にS君まで中央線沿いから離れた事もあり、僕らは集まることが無くなった。

そして2016年の秋に、僕らは呉線沿いで再集結した。
久々に会った彼女は、呉市のPRの仕事をしていた。その発信力を生かし、広報誌の記事作成・イベント企画・映画『モヒカン故郷に帰る』のロケ地マップ作りetc..精力的に活動しているという。
そんな彼女のコーディネートする旅行は、とても素敵な郷土自慢だらけだった。彼女紹介のオシャレなゲストハウスに泊まり、お好み村でお好み焼きを食べ、八丁座という映画館へ行き、カープ戦を観、近海の魚を食べ、現地のサブカル地域で飲み、原爆ドームへ行き、大和ミュージアムへ行き、入船山記念館へ行き、お好み焼きを食べ、瀬戸内海の島々を巡った。
呉という土地は、部外者の僕から見てもちょっと複雑な土地だ。海軍によって栄えた町であると同時に、その事で酷い空襲を受けた。
彼女はそんな呉でしなやかに生きていたように僕には見えた。彼女の知り合いにも沢山会った。大和ミュージアムの職員さん、大崎下島のカフェマスター、入船山記念館の建物マニア女子等々。夏には、仲間と空襲を偶然潜り抜けて残ったちょいと洒落た木造建築で映画上映会を行なったらしい。
旅行の中で、今度『この世界の片隅に』という呉を舞台にした映画が公開されるという話を聞いた。彼女はすでにそれを見ていて、良い作品なのでそれをPRしたいと思っているらしい。また、それが呉を知ってもらうきっかけになるんじゃないか、とも。

東京に戻り、『この世界の片隅に』 が公開するとすぐに観た。素晴らしく良い映画だったし、それ以上に思い入れてしまう映画だった。
出てくる呉の海や山は現在の呉に重なっているし、また、現在の呉の街の様子はかつての名残を残しているのだと分かる。主人公のすずさんはあまりに生き生きとしており、長生きして今も呉に生きているような気がした。
映画の中ですずさんは、広島に移住するかを問われた時、自分で選んだのだから呉に住むと言う。それを観ていたら、Bちゃんに重なって見えた。
彼女も呉を選び、そこで自分の生き方を見つけようしようとしているんだろう。

そして僕は、どうするのか?
ちょうど僕は今、分岐点にいる。今だったら地元の群馬にも帰れるし、海外にも行けるし、馴染みのない地方都市にも行ける気がする。
そう考えた時に、僕はもうしばらくは東京にいようと思った。
地元を出たくて仕方なかった自分がどうしても行きたかったのは東京だ。江戸文化にまつわる映像コンテンツを作り、その都市文化にメロメロになったのも東京だ。
少しは面白い仕事も出来たけど、まだまだ出来る事が僕には残っている。

戦中から戦後の時代にすずさんは呉を選び、トランプの時代にBちゃんは呉を選び、僕は東京を選ぶ。

『この世界の片隅に』は、人々がそれぞれの場所で生きていて、それぞれの生活が愛おしいという当たり前で大切な事を思い出させてくれる。

(text:伴野和孝)





『この世界の片隅に』
2016年/126分/日本

作品解説
第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞したこうの史代の同名コミックを、『マイマイ新子と千年の魔法』の片渕須直監督がアニメ映画化。第2次世界大戦下の広島・呉を舞台に、大切なものを失いながらも前向きに生きようとするヒロインと、彼女を取り巻く人々の日常を生き生きと描く。昭和19年、故郷の広島市江波から20キロ離れた呉に18歳で嫁いできた女性すずは、戦争によって様々なものが欠乏する中で、家族の毎日の食卓を作るために工夫を凝らしていた。しかし戦争が進むにつれ、日本海軍の拠点である呉は空襲の標的となり、すずの身近なものも次々と失われていく。それでもなお、前を向いて日々の暮らしを営み続けるすずだったが……。

キャスト
北條(浦野)すず:のん
北條周作:細谷佳正
黒村径子:尾身美詞
黒村晴美:稲葉菜月
北條円太郎:牛山茂

スタッフ
監督:片渕須直
原作:こうの史代
脚本:片渕須直
企画:丸山正雄
プロデューサー:真木太郎

劇場情報
2016年11月12日(土)公開〜全国拡大興行中

公式ホームページ
http://konosekai.jp

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【執筆者プロフィール】

伴野和孝:Kazutaka Tomono

1984年生まれ。英語教材や美術館・博物館などの展示映像に関わった後、無職。すみだ北斎美術館などの東京のアートスポットを国際交流をしながら巡るTokyo Art Cafe主催。
ブログ「東京西側」:http://independencetv.blogspot.jp/

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