2017年3月19日日曜日

映画『息の跡』評text高橋 雄太

「生きる跡」 


生きることは息をすること。息の跡は生きる跡。別に言葉遊びをしているのではない。映画『息の跡』には人の生きる跡が刻まれているのだ。

岩手県陸前高田市にある種苗店「佐藤たね屋」。その小さな店を営む佐藤貞一氏がこの映画の主人公だ。東日本大震災の際に発生した津波によって以前の店は流されてしまい、本作に登場するプレハブ小屋は再建後の店舗である。佐藤氏は、店を営む一方で英語を独学し、震災の体験を英語で書き残した本を出版している。さらに中国語、スペイン語にも挑戦しているという。また、語学だけでなく、陸前高田の歴史を独自に調査し、過去の津波のこともよく知っている。本業の種苗については、震災前に出願した特許を自慢げに語る。彼は、撮影中の小森はるか監督に話しかけ、よく笑う。とにかくパワフルである。

その佐藤氏にカメラを向ける小森監督。彼女は、震災後に東京から陸前高田に移住し、映像を撮り続けているという。狭い店内とその周辺において、佐藤氏と小森監督ほぼ二人の対話劇として、このドキュメンタリー映画は続いていく。彼女のカメラは、佐藤氏が育てる植物、原野に建つ佐藤たね屋の奇妙な姿、地域の祭り、それをよそに続く堤防の工事といった陸前高田の風景を記録していく。

二人に共通する記録という行為。それは、震災を忘れないため、陸前高田の記憶を後世に残すためであり、過去の教訓を生かすためでもあるだろう。佐藤氏はカメラの前で、自ら執筆した英文をまるで俳優のように堂々と朗読する。彼自身、自分の言葉を呪文や念仏のようなものだと語っている。失われた命への鎮魂、忘れないという未来への宣言。

ただ、佐藤氏の言葉は、自分自身にも向けられているのではないだろうか。佐藤氏と小森監督の二人だけの空間で行われる、カメラ目線でもなく、アップでもない状態での朗読。佐藤氏の声は、監督やカメラ、そして観客に直接向いているのではなく、空間の中に浮遊する。まるで、聞かせることではなく、語ること自体が目的であるかのように。彼の言葉が呪文であるならば、誰もよりも佐藤氏自身にかける呪文ではないか。言葉を発すれば自分のエネルギーになって返ってくる、正のフィードバックと言ってもいい。生きていることを記録する表現であり、同時に表現そのものが生きることになる。

表現=生きる。これもやはり佐藤氏と小森監督に共通していると思える。陸前高田に移住し、佐藤たね屋にカメラを持ち込み、佐藤氏との対話を撮影する。彼女にとって、佐藤氏と共有する時間が、移住先である陸前高田での生活の一部でもある。彼の姿、陸前高田の大地、風と草。その姿を捉える一瞬一瞬が、陸前高田に生きる時間である。

言葉が佐藤氏を、撮影が小森監督を突き動かす。たねのように、自らの内側から生命が発芽する。『息の跡』は、陸前高田の記録というだけでなく、二人の生きる跡であり、生きることが生まれる瞬間である。


(text:高橋雄太)




『息の跡』

2016年/93分/日本

作品解説
東日本大震災の津波により流されてしまった岩手県陸前高田市の住宅兼店舗の種苗店を自力で立て直し、営業を再開した佐藤貞一さんを追ったドキュメンタリー。津波で住宅兼店舗を流されてしまった佐藤さんは自力でプレハブを建て、種苗店の営業を再開した。看板は手書き、仕事道具も手作りで、水は手掘りした井戸からポンプで汲みあげる。佐藤さんは、種苗店を営む一方で、自身の被災体験を独学で習得した英語でつづった本を自費出版し、中国語やスペイン語での執筆にも挑戦。さらに、地域の津波被害の歴史を調査し、過去の文献に書かれた内容が正しいものなのかを自力で検証していく。ボランティアとして東北を訪れたことをきっかけに東京から陸前高田に移り住み、本作が初の長編監督作品となった映像作家の小森はるかが佐藤さんにカメラを向け、不得手な外国語で自身の体験を書き続け、津波被害の歴史を調べ続ける佐藤さんの思いをひも解く。

スタッフ
監督:小森はるか
プロデューサー:長倉徳生、秦岳志
撮影:小森はるか
編集:小森はるか

配給:東風

劇場情報
ポレポレ東中野にて、好評につき2週間の上映延長決定!!
●3/11(土)〜3/24(金・楽日) … 12:20〜

公式ホームページ
http://www.ikinoato.com

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【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi

1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好きな会社員。フレデリック・ワイズマンの特集上映と、先日テレビでシリーズ全話から劇場版まで一気に見た『ガールズ&パンツァー』に圧倒されています。

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