2015年11月27日金曜日

第16回東京フィルメックス特別招待作品≫映画『タクシー』text 高橋 雄太

「これは映画である」


これは映画である。
ジャファル・パナヒはそう宣言する。
『オフサイド・ガールズ』などが反体制的であるとして、イラン当局から映画制作を禁じられた映画監督ジャファル・パナヒは、iPhoneを使い、自宅を舞台にした映画『これは映画ではない』(原題:This is not a film)を撮った。新作『タクシー』においては、カメラをダッシュボードに設置することで映画を作る。運転手を演じるのはパナヒ自身だ。様々な人との会話を通して、イランの今、映画の本当と嘘、そしてパナヒの反骨精神が描かれる。

最初に乗り込む男性と女性の罪と罰に関する会話。男性は罪人は死刑にすべきだと主張し、女性はそれに反対する。女性が教師だと聞いて「やっぱりな」と冷笑する男性は、自分は強盗だと言い残して車を降りる。暴力を志向する男性・マチスモと、知性と寛容を志向する女性・リベラルとの対決である。

女性同士の対照も面白い。金魚鉢を抱えた二人の老婦人は、イスラムの戒律に従った黒いローブを頭からかぶっている。また、正午までに金魚を泉に放さなければ自分たちは死ぬという迷信を信じている。一方、パナヒの協力者らしき弁護士は、ベールをかぶっているものの、洋服を着て、美しい化粧をし、近代的な都会人といった風情である。また真っ赤なバラの花束を持っている。伝統的な服装と迷信、おまじないのための赤い金魚。都会的な外見と知性、美を示す赤い花束。
こうした対照的な人々は、伝統と現在が混在するイラン、政教分離の進んだ現代に存在する宗教的国家「イラン・イスラム共和国」の二面性を示しているようだ。

この現代イランに生き、体制の敵とされたのが本作の監督・主演ジャファル・パナヒである。パナヒは映画と現実との関係を使いながら、体制にカウンターを試みている。
パナヒと同じくイラン出身のアッバス・キアロスタミの『10話』も車内の会話で構成された映画であった。『10話』では、カメラは被写体に意識されることはない。乗員はカメラを触ることなく、カメラ目線になることもなく、ひたすら会話を続ける。カメラはまるで覗きをしているかのように会話を記録する。
これに対し『タクシー』は、カメラの存在も演出も暴露してしまう。ファーストシーンでカメラは車の前方を撮影している。その直後、乗客の男性が「これは何だ?」と言いながらカメラを回転させ、助手席の自分の方に向ける。一方的に被写体を観察できるというカメラの特権的な立場が、最初の搭乗者によりいきなり侵されてしまうのだ。回転後のカメラは、助手席の男性と後部座席の女性の二名を同じ画面に収める。偶然にしては出来過ぎ、いやおそらく意図された見事なカメラアングルだ。
さらに、DVDの業者は運転手がパナヒであることをあっさり見破り、乗り合わせた乗客も映画の出演者であろうと指摘する。姪のハナまでも、パナヒの幼馴染だというスーツ姿の男を見て、彼とパナヒとの関係の嘘を看破する。
嘘をついておきながら、本当のことをあっさりとバラし、カメラの存在も観客に意識させる。この仕掛けで示されるのは「これは嘘である」=「これは映画である」ことだ。

ハナが映画制作の授業で学校から課されたルールに、俗悪なリアリズムの禁止がある。リアル=現実ではなく、リアリズム=現実らしさ。本作は、現実を装うフィクション、まさにリアリズムの映画だ。しかもフィクションであることを暴露することで、リアリズム=現実らしさが恣意的であること、すなわち映像の本質的な欺瞞を示している。
一方、本作の登場人物は、映像が真実を記録するものであると無邪気に信じている(そのような演技をする)。交通事故に遭ったらしい男性は血を流しながら遺言を語り、パナヒのスマホに動画として記録を残してもらう。ハナはCanonのカメラを使い、少年が落ちていたお金を自分のものにする場面を記録してしまう。観客には嘘だとわかっている映像を、出演者たちは現実だと思い込む。その滑稽さに笑ってしまうが、映像を信じる彼らは映画を見る我々の姿でもあるだろう。
映画に揺さぶりをかける本作は、さらに体制に反撃する。唐突な暴力によって再びカメラが侵され、映画は終わる。パナヒに対する映画制作の禁止と同じく、暴力により映画は終了するのだ。ただし、本作においてはこの事件もフィクションであろう。禁じられたはずの映画を使い、映画制作の禁止という俗悪な「リアル」を、暴力という俗悪な「リアリズム」として描く。

不屈の精神とユーモアを持ってパナヒは宣言する。これは映画である。

パナヒのタクシーに乗りたい度:★★★★★
(text:高橋雄太)

『タクシー』

2015/イラン/82分

作品解説

公式には映画製作活動をいまだに禁止されているジャファル・パナヒの最新作。テヘランの街を走るタクシー運転手に扮したパナヒと乗客たちの会話から、現在のテヘランに生きる人々の様々な姿が照射される。今年のベルリン映画祭で金熊賞を受賞した。

出演

タクシー運転手:ジャファル・パナヒ

スタッフ

監督・脚本・製作:ジャファル・パナヒ

第16回東京フィルメックス

2015年11月21日(土)〜29日(日)まで開催。「映画の未来へ」--いま世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭。アジアの若手によるコンペ部門、最先端の注目作が並ぶ特別招待作品の上映。特集上映のひとつはフランスのピエール・エテックス作品。

公式ホームページ

http://filmex.net/2015/


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