2016年7月14日木曜日

映画『若者よ』評textミ・ナミ

「〈世界〉との格闘前夜」


 鈴木太一監督の新作短編『若者よ』は、昼間は会社員として働き、夜はデリヘル嬢として客を取る桐島愛子と、彼女をめぐる3人の若者による青春悲喜劇である。愛子の職場の後輩、勇太。客として愛子と再会した中学校の同級生、健一。デリヘルの送迎車のドライバー、昇。3人3様に、愛子への思いを募らせている。愛子には陽介という彼氏がおり、近頃めっきり冷えてしまった愛子との関係を何とか修復させようと焦っている。


鈴木監督のデビュー作『くそガキの告白』(以下『くそガキ~』)では、主人公・大輔は、映画監督を夢見ているものの、もてあました自我のせいで創作も人間関係もままならないどん詰まりの「くそガキ」だったが、大輔以上に闇を抱える女優志望の桃子への片思いによって、凝り固まった自分を壊し、脱出していくある種の爽快感を持った映画だった。短編である本作は単純に比較することは出来ないにしろ、大輔が(そんなものありもしないとどこかで自覚しながらも)叫び続ける〈世界観〉というエッセンスを受け継ぎ描かれるのは、自分の持つ〈世界〉と、相手の〈世界〉との格闘だ。

 人当たりの良さそうな愛子は、男性が喜びそうな言動・行動を取れてしまう女性だ(こうしたキャラ設定も、ある意味、男性側の願望で都合よく解釈されがちだ)。だが、それを自覚的に演じてみせるほどには、すさんでいない。ヘルスのサービスを受けた別れ際、健一が高揚して「あなたが僕の世界でした」と叫ぶと、愛子は微笑みとともに「お前も世界だ」と返すが、口をついて出たその言葉の空虚さに彼女は耐えられない。

 彼氏の陽介と昇が先輩後輩の関係ではあるが、登場人物の男性たちはほぼ面識がなく、愛子だけでつながっている。陽介と、会社の後輩の勇太は愛子の夜の顔を知らず、同級生の健一は会社員としての愛子を知らない。昇は陽介の友人だが、愛子は風俗で働いていることを陽介に隠していて、送迎車を運転する昇だけが、その事実を知っている。昇は3人と違った目つきで、愛子に視線を送っている。その、一見感情のなさそうな目だけが、愛子の胸のうちを見透かしているようだ。愛子の「〈世界〉って何?」に答えてやれるのは昇しかいないのではないか。

 だが昇は、送迎車の外へ彼女を連れ出せない。まるで大輔が、手持ちカメラ越しでしか桃子と通じられなかったように、昇が真っ向からぶつかることのできる愛子は、バックミラーの中にしかいない。街なかで見初めた女性を売春窟に叩き落とし、彼女が客に抱かれるさまをマジックミラー越しにみつめ続けるチンピラの歪な純愛を描いた、キム・ギドクの初期の傑作『悪い男』の主人公が、頭をよぎる。陽介も勇太も健一も昇も、愛子の姿は虚像でしかない。

 相互不理解を抱えた若者たちの間に横たわる溝は残酷なくらい深く、特にラストは、男たちが愛子の〈世界〉を完全に拒絶しているようだ。だが、互いが抱えている面倒くさい〈世界〉と格闘し、相手との関係を強引に結んでいく予兆もある。だが『くそガキ~』の大輔が荒々しいやり方で結局桃子を救い出したように、突如〈世界〉がぶち破られる展開も予感させる。若者たちの、〈世界〉との格闘が始まる。

昇が車内で聞いているラジオ番組の硬派度:★★★★★

(text:ミ・ナミ)




『若者よ』
2016年/27分/日本

作品解説
桐島愛子24歳。昼は平凡なOL、夜は風俗店で勤務。どこか儚げで、どこか可愛らしい。
そんな愛子と愛子を巡る4人の男たちの物語。
ある男は言う「風俗は世界を変える」と。
ある男は言う「あなたは私の世界でした」と。
希望より絶望の大きなこの世界で生きる若者たちの純情喜劇。

キャスト
桐島 愛子:新井 郁
村上 昇:日下部 一郎
本城 陽介:赤染 萌
内田 勇太:生沼 勇
林 健一:炭田 洋輔
風俗嬢:小畑 はづき、柴田 千紘

スタッフ
監督・脚本・編集:鈴木 太一
原案:田中 佑和
撮影・照明:上川 雄介
音楽:34423
録音:遠藤 耕介
助監督:緒川 尊


劇場情報
4/16 〈「青春群青色の夏」オールナイト〉@横浜 シネマノヴェチェント
(24:30~『若者よ』、上映後に鈴木監督らゲストによるトークあり)
http://cinema1900.wix.com/home#!blank-3/jednn

4/16〜4/22 〈DROP CINEMA FESTIVAL vol.27〉@新宿 K's cinema
(4/20 21:00〜『若者よ』上映)
http://www.ks-cinema.com/movie/drop27/

5/5〜5/8 〈ヨーロッパ企画presentsハイタウン2016〉@京都 元・立誠小学校
(5/6、5/8両日16:15〜『若者よ』上映)
http://www.europe-kikaku.com/projects/hi-town2016/

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【執筆者プロフィール】

ミ・ナミ:Mi Nami

架空のスナック〈ミナミの小部屋〉店主にして映画ライター、ときどき映写係。
「ことばの映画館」冊子では主に韓国映画を担当。
『韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史』(キネマ旬報社)が発売中。

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