2016年7月5日火曜日

映画『スポットライト 世紀のスクープ』評 text今泉 建

「犠牲は報われるか」


 NHKの大河ドラマで人気がある題材は戦国時代と幕末。実際の作品ローテーションも戦国-幕末-その他の時代になっているそうだ。今年は戦国の『真田丸』。戦国時代というと宗教(武装)勢力のことが何らかの形で出てくるが、当時の天下人たちにより武装解除されたことで、その手段が特に現代人には受容できないとしても、日本では戦国時代以降大規模な宗教戦争は起きていない。結果論だが世界でも奇跡的で稀有なことなので感謝すべきだろう。おかげで日本人は他国に比べて宗教に囚われず暮らしているが、反面、宗教的認識を疎くさせた遠因でもあり、未だ宗教対立が続く世界を読み解くには不便である。実際、宗教を感覚として分っておらず、見聞きしたことで恐縮だが、宗教と信仰は一体ではなく別ものという考え方がある。宗教はあくまで教義であり哲学でもあるが、信仰は教義を理屈抜きで信じる人間の思考や正当化する行為を示す。例えば教義上は唯一神だとしても、現実に他の神様を排除する行動をさせてしまうのが信仰なのかもしれない。信仰が宗教に要素として加わると、教義をその時々の都合で解釈したり、信者同志の関係を歪めたり、教義自体を変容させる時もある。もちろん信仰で救われることはあるだろうし、信仰なしに宗教活動は維持できないだろうが、一方、人間の活動なので数々の問題も引き起こされ得る。

『スポットライト 世紀のスクープ』(2015年 監督トム・マッカーシー)は、2002年1月にカトリック教会の大不祥事を最初に暴いた、ボストンの地元紙の実話がベースだ。神父による児童への性的虐待と教会の隠ぺい工作の調査へ最初に指示を出した編集長は、マイアミから赴任したばかりのユダヤ人だが、「SPOTLIGHT」というコラムで実際に役所の汚職などを題材に長期連載企画を作ってきた記者たちは地元民である。編集長の指示があったときはこんなことやってもいいのかな? という雰囲気だったが、被害者、加害者の数の多さが判明すると、見て見ぬ振りをしていた問題がやはり大事だと気付き、さらに取材に身が入るようになった。自分達の生まれ故郷だからこそ自分たちで守る、まさにこれぞ自浄作用だ。米国ではカトリック教徒は人口比約2割を占める一大勢力であり、記者の彼らもカトリック教徒で周囲の目など考えると、それは並大抵のことではない。ちなみにアメリカ合衆国の最大勢力は人口比5割のプロテスタントである。監督自身はアイルランド系移民のカトッリクであり、出身がニュージャージーのプロヴィデンスということは、大括りでは、ボストンと同じ地域であるので、記者たちの目線に近いということだろう。また、時代背景がインターネットの普及し始めの頃で記事の資料が新聞の切り抜きであったり、超アナログなのが良い。パソコンの操作で簡単にできそうなデータの抽出も人力だと時間がかかるのだ。そしてアメリカ的な良さが表出している。正しいと思うことは、基本躊躇しない単純明快さ、この思想は、はた迷惑なことも多いがこのドラマの状況ではとても上手く作用している。

 主演の3人はマイケル・キートン、マーク・ラファロ、レイチェル・マクアダムスと、今ノッている感じの俳優陣で超豪華だ。脇役が実際各テレビドラマの主役や名脇役たちで、「MADMEN」のロジャー(ジョン・スラッテリー)や「CSI」のブラス警部(ポール・ギルフォイル)や「HOMELAND」の副大統領(ジェイミー・シェリダン)、「ER」にも出演していた弁護士役のスタンリー・トゥッチ、「レイ・ドノバン」の主演、リーブ・シュレイバーは映画の人でもある。その他、4人目の記者ブライアン・ダーシー・ジェームズは舞台やドラマの人であり、映画『君の生きた証』(2014年)の父親役、ビリー・クラダップもいて、どの場面を切り取っても皆上手い。ストーリーに没頭させる安定した脇役陣がこの落着きの源である。マーク・ラファロは演技派で助演的な役が多い。今回は思い立ったら居ても立っても居られなくなる、衝動的な部分もある役どころだったが、特に素晴らしかった。あくまでイメージだが、これまでは主演や相手役に合わせながら演じていて、それはそれで上手いのだが、今回はこの面々に安心して、バランスや調和は周りに委ね、自分の役作りに没頭しているような印象を受けた。
 また、名脇役の顔ぶれが示すのは、テレビドラマ風に仕上げていることだ。あたかも「SPOTRIGHT」という連続ドラマがあって、今回は「新編集長登場!!」というシーズンフィナーレストーリーから新シーズンプレミアまで、1話45分程度のクリフハンガーを3話分一挙に観られたお得感が漂っている。このドラマの視聴者でキャラクターを知っているなら当然意味わかるよね、という具合に装ったセリフも面白い。何と言っても場面転換で流れるジングルがいかにも‘70~’80年代のドラマ風で心憎いのだ。

 一方、このドラマは意外と淡々としている。スクープの裏が取れた! やったぜー!! という皆で勝鬨を挙げるシーンもなく、輪転機が回る場面や、特設の電話が鳴りやまない場面が映される。コツコツとした落ち着きさえ感じるこの雰囲気は何なのか。実際の仕事はそういうものなら、淡々としているのが悪いわけではないが、その後に引き起こされた結末を知るにつけわかったような気がした。とにかくこの後とてつもない大事になった。アメリカ国内で被害者が声を上げ始め、ボストンだけで600の記事を上げた。アメリカばかりではなく他国にも広がり、最終的には2002年の報告で児童ばかりでなく大人も含めて、世界各国ヨーロッパや南米の国々でレイプ4000件、神父800人が資格はく奪、2600人が停職、賠償額は2012年26億ドルを超え、アメリカのいくつかの教区は破産、300万人も信者が離れ、ついには時のローマ教皇まで生前退位となってしまった。成し遂げた事、風穴を空けたことは快挙なのだが、あの電話が鳴り響く場面がファーストデイで、この作品は前日談であり結果的に序章、きっかけに過ぎないことになってしまった。つまりこの後の展開こそが本番なので、ここでは過度にドラマチックにせず、敢えて淡々とさせたのではないだろうか。実際の記者たちもここまでの事態になるとは予想しなかったらしい。

 宗教に疎い者としては、なぜ事態がここに至るまで本格的に誰も手を付けなかったのか等、神父と信者の関係性でピンと来ないところは多い。神父は組織的に一般教徒より上位とのことで、ほとんどの場合、結婚ができない(プロテスタントの牧師は一般教徒と同じ立場で結婚可)。精神的に未熟であればあるほど禁欲のストレスのはけ口がない。それはカトリック独特の制度、ヒエラルキー組織等の構造問題とまで作品内で説いている。しかし記者たちはあくまで教義や宗教の存在を否定したのではない。彼らはこれまで教会が隠蔽し世間が目を伏せていたことに光を当てただけ、反応したり騒いだりしたのはむしろ世間だった。スキャンダラスに煽ることなく、誠実に真摯に、時には蛮勇も振るいながら、信仰に関わる人々の不届きな行為にコツコツと焦点を当て、白日の下にさらしたのだ。カトリックの教区長は町の名士で権力者でもあるのでプレッシャーも受けるし、心から信じていた人には恨まれるかもしれない。新聞の部数が伸びたとしても、公私に渡り彼らもそれだけの代償を払っていることは容易に想像がつく。故に、その犠牲が報われてほしいと願うばかりだ。

俳優たちの激ウマ度:★★★★★
(text:今泉建)




『スポットライト 世紀のスクープ』
原題:SPOTLIGHT
2015/アメリカ/128分

作品解説
カトリック教会が長年隠蔽してきた児童虐待スキャンダルを暴き出し、ピュリツァー賞に輝いた調査報道チームを巡る実話を基に、巨大な権力に立ち向かった新聞記者たち姿を描き第88回アカデミー賞で作品賞と脚本賞の2冠に輝いたサスペンスドラマ。2001年の夏、ボストンの地元新聞“ボストン・グローブ”の新任編集局長としてマイアミからマーティ・バロンがやって来る。彼は神父による子どもへの性的虐待事件に着目し、これを追跡調査する方針を打ち出すが、ボストン・グローブの読者は半数以上がカトリック教徒。難色を示す古参幹部をバロンは強気に押し切り、特集記事欄《スポットライト》を担当する4人の記者たちが調査を開始、次第に事件の背後に隠された巨大な疑惑の核心へと迫っていく……。

キャスト
マイク・レゼンデス:マーク・ラファロ
ウォルター・“ロビー”・ロビンソン:マイケル・キートン
サーシャ・ファイファー:レイチェル・マクアダムス
マーティ・バロン:リーヴ・シュレイバー
ベン・ブラッドリー・Jr.:ジョン・スラッテリー
マット・キャロル:ブライアン・ダーシー・ジェームズ

スタッフ
監督/脚本:トム・マッカーシー
脚本:ジョフ・シンガー
撮影監督:マサノブ・タカヤナギ
編集:トム・マカードル

配給:ロングライド

公式ホームページ
http://www.spotlight-scoop.com/

劇場情報
4月15日より公開、TOHOシネマズ系列他にて上映中
http://www.spotlight-scoop.com/theaters.php

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【執筆者プロフィール】

今泉 健:Imaizumi Takeshi

1966年生名古屋出身 東京在住。会社員、業界での就業経験なし。映画好きが高じてNCW、上映者養成講座、シネマ・キャンプ、UPLINK「未来の映画館をつくるワークショップ」等受講。現在はUPLINK配給サポートワークショップを受講中。映画館を作りたいという野望あり。

オールタイムベストは「ブルース・ブラザーズ」(1980 ジョンランディス)。
昨年の映画ベストは「激戦 ハート・オブ・ファイト」(ダンテ・ラム)、「海賊じいちゃんの贈りもの」(ガイ・ジェンキン)と「アリスのままで」(リチャード・グラッツアー)。

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