2016年9月17日土曜日

映画『シン・ゴジラ』評text高橋 雄太

「私たちが生きるためのゴジラ」


2016年、復活したゴジラは、映画の中の日本に破壊を、観客である私たちには大きな楽しみをもたらした(私は二回見た)。そして娯楽の枠を超えて、フィクションの存在価値を教えてくれる。

ゴジラはその誕生から現実を反映した存在である。シリーズ第一作『ゴジラ』(1954年)は戦争の影を背負っていた。水爆実験で誕生したゴジラが、被爆国・日本を襲い、空襲のように東京を焼け野原にする。一方、今回の『シン・ゴジラ』には東日本大震災と原発事故が投影されている。多摩川を遡り、街を破壊する姿は津波を思わせ、メルトダウンした原発のように放射性物質を撒き散らす。

初代ゴジラを倒したのは、芹沢博士と彼の発明オキシジェン・デストロイヤーだった。だが、『シン・ゴジラ』の日本に、彼のような孤高の天才はいない。本作の日本はゴジラの襲来を初めて経験すると設定されており、スーパーXや機龍のような対ゴジラ兵器は配備されてない(注1)。もちろんエヴァンゲリオンも(注2)、ハリウッド映画に出てくるようなヒーローも存在しない。「いない者に頼るな」。劇中で蘭堂(長谷川博巳)が叫ぶこのセリフの通り、人類は自分たちの持てる力で立ち向かわねばならない。

この映画の総監督を務めた庵野秀明の過去作品を参照しつつ、本作の意義を考えてみる。東京を破壊するゴジラの姿は、短編『巨神兵東京に現る』(2008年)の巨神兵を思わせる。しかし同作は巨神兵と人間が戦う作品ではなく、林原めぐみのモノローグがひたすら続く作品であった。またアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995~1996年放送)は、謎の敵・使徒と人類との戦いを描くSFアニメだが、後半では物語を破綻させて主人公・碇シンジの自意識に入り込んでいった。庵野秀明が監督した実写映画『式日』(2000年)では、カントク(岩井俊二)が女性(藤谷文子)を被写体にして、虚構である映画の中でさらに虚構を撮影していく。

『シン・ゴジラ』はこれらのいずれとも違う。登場人物は、モノローグで感情を吐露することもなく、悲嘆に暮れることもなく、淡々と使命を果たす。ゴジラは虚構の存在であるが、細胞で構成され、核分裂をエネルギー源とするという設定は、(空想科学ではあるが)科学的だ。自衛隊や米軍の兵器、ゴジラが破壊する場所、政治家や官僚の役職名なども現実のものがある。ヤシオリ作戦(ゴジラ駆除作戦)でも、ロボットのような空想兵器ではなく、自衛隊、鉄道、ポンプ車など、現実の日本が用いうる手段が駆使されている。ゴジラもそれへの対策も、絵空事ではなく現実的なのだ。

この映画の宣伝コピーは、「現実対虚構」と書いて「ニッポン対ゴジラ」と読ませるものである。しかし本作は高いリアリティを備えており、「2016年の日本にゴジラが現れたら」という仮想の危機を現実に基づいてシミュレーションした作品である。すなわち、『シン・ゴジラ』は「ニッポン対ゴジラ」=「現実対現実」の映画とも言える。

そしてニッポンとゴジラの他に、現実がもう一つ存在する。他でもない私たちの世界だ。3.11や9.11などの災害やテロの映像を見て「映画のようだ」と思った人も多いだろう。現代では現実がフィクションを模倣しており、私たちは「フィクショナルなリアル」を生きているとも言える。『シン・ゴジラ』はその流れをもう一度反転させ、現実を模倣した「リアリスティックなフィクション」として私たちの前に現れた。言うなれば、「観客対シン・ゴジラ」=「現実対現実」である。

劇中のセリフを借りれば、「人類はゴジラとともに生きていかなければならない」のが『シン・ゴジラ』の世界である。私たちも災害や争いの絶えない過酷な現実を生きていかなければならない。時には自分の内面に入り込んで心情を独白することも、ヒーローやロボットの物語を楽しむこともあるだろう。だが生きるためには、この映画の人々のように、いない者の力ではなく自らの力を使わねばならない。そして、シミュレーションである『シン・ゴジラ』では世界を救うことができたのだから、私たちも持てる力で現実をより良くできると信じられるのではないか。現実の辛さから逃げるためにフィクションへと向かうのではない。反対に、フィクションに触れることで現実に生きる力を得ることができるのだ。

伊福部昭の音楽に泣ける度:★★★★★
(text:高橋雄太)

注1:スーパーXは『ゴジラ』(1984年)などに登場する架空の兵器。機龍は『ゴジラxメカゴジラ』(2002年)などに登場する架空の兵器であり、自衛隊が開発したメカゴジラ。
注2:アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』に登場する汎用人型決戦兵器。






『シン・ゴジラ』
2016年/119分/日本

作品解説
『ゴジラ FINAL WARS』(2004)以来12年ぶりに東宝が製作したオリジナルの「ゴジラ」映画。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の庵野秀明が総監督・脚本を務め、『のぼうの城』『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』の樋口真嗣が監督、同じく『のぼうの城』『進撃の巨人』などで特撮監督を務めた尾上克郎を准監督に迎え、ハリウッド版『GODZILLA』に登場したゴジラを上回る、体長118.5メートルという史上最大のゴジラをフルCGでスクリーンに描き出す。内閣官房副長官・矢口蘭堂を演じる長谷川博己、内閣総理大臣補佐官・赤坂秀樹役の竹野内豊、米国大統領特使カヨコ・アン・パタースン役の石原さとみをメインキャストに、キャストには総勢328人が出演。加えて、狂言師の野村萬斎がゴジラのモーションキャプチャーアクターとして参加している。

キャスト
矢口蘭堂:長谷川 博己
赤坂秀樹:竹野内 豊
カヨコ・アン・パタースン:石原 さとみ

スタッフ
総監督・脚本・編集:庵野 秀明
監督・特技監督:樋口 正嗣
准監督・特技総括・B班監督:尾上 克郎
音楽:鷺巣 詩郎、伊福部 昭
ゴジラキャラクターデザイン・造形:竹谷 隆之
特殊造形プロデューサー:西村 喜廣


配給

東宝

劇場情報
TOHOシネマズ新宿、新宿バルト9ほか全国公開中


公式サイト

http://www.shin-godzilla.jp/index.html

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【執筆者プロフィール】

高橋雄太:Yuta Takahashi
1980年生。北海道出身。映画、サッカー、読書、旅行が好き。ヨーロッパのサッカーシーズンが開幕し、映画だけでなくプレミアリーグやブンデスリーガを見るのに忙しいです。

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