2016年2月12日金曜日

【アピチャッポン特集】映画『世紀の光』評 text佐藤 奈緒子

「名もなき魂の幸せな記憶」


アピチャッポン監督はこれまでも前後半が明確に分かれた映画を撮っているが、この作品で特徴的なのは、舞台が切り替わっても同じことが繰り返される点だ。「同じ」と言っても単純な複製やループとは違い、変わったことと変わらないことが微妙に入り混じった「似て非なる」ことが繰り返される。舞台は時代を遡った田舎から現代の都会へと切り替わり、恋愛の主人公は過去の恋を回想するターイから、現在の恋を楽しむノーンへと切り替わる。年老いた僧侶の場面は構図が逆転し、ジェンおばさんの不自由な足は左右が変わる。このように反転して思える部分があるかと思えば、全く同じに思える部分もあり、またそのどちらとも言えない部分もあるのだ。

© 2006, Kick the Machine Films Co Ltd (Bangkok)

この二部構成は何を意味するのだろう。歌う歯科医が若い僧侶に向かって、死んだ弟の生まれ変わりではないかと言う場面がある。時代を置いて瓜二つの人間が生まれると誰でもそう思いたくなるだろう。だが僧侶は自分の前世は人間ではないとあっさり否定する。同じ容姿に生まれ変わるというのは輪廻転生の趣旨には反するのか。瓜二つのところもあれば、まるで似てないところもあり、時代に応じて変わっていく……。それは「生まれ変わり」というよりももっと確かな連鎖である「遺伝」に近いような気がする。前後半の人物に遺伝的なつながりを感じるだけでなく、映画の前後半そのものの関係にも言える。だからといって同じことを親と子が繰り返すはずもないのだが……。いや、果たしてそうだろうか。太古からの記憶を連綿と受け継いできたのが、長い長い人類の歴史だ。でももし、両親のささやかな、なんでもない記憶さえもDNAに刻まれているとしたら。太陽が降り注ぎ、緑が輝き、見つめ合って笑い転げる。名もない人生における幸せな瞬間が無意識下の記憶となって受け継がれていくこと、それが遺伝というものならば、こんな美しい奇跡はないじゃないか。たびたび映る並んだ窓や長い廊下が「繋がっていくもの」を連想させ、病院という舞台が「遺伝」という妄想を補強する。

© 2006, Kick the Machine Films Co Ltd (Bangkok)

とはいえ、義肢の転がる部屋でチャクラを開くおばさんや、公園の集団エアロビなど、なんなのかさっぱり分からない場面もたくさんある。「記憶」の映画だと監督は明言しているけれど、そろそろ正直に言おう。実はところどころ記憶がない。いや、記憶がないかどうかも定かではない。同じ映画を見た人も似たようなモヤモヤをかかえていたらしいことが救いだ。だが面白いことに、互いに記憶の抜けを埋め合って補完しようとしても、設定や場面を少しずつ違った風に記憶しているために正解が見えてこない。これぞまさに藪の中。この「似て非なる」記憶が重なり合うミステリアスな体験こそが、アピチャッポン作品の醍醐味なのかもしれない。

バナナの葉っぱいいね!度:★★★★★
(text:佐藤奈緒子)



『世紀の光』
原題:แสงศตวรรษ(世紀の光)/英語題:SYNDROMES AND A CENTURY
2006年/タイ、フランス、オーストリア/105分/Dolby SRD|/DCP
字幕:寺尾次郎 字幕協力:吉岡憲彦 

作品解説
『世紀の光』は、1月9日より東京のシアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開。また同館にて特集上映「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」が同時開催されるほか、監督最新作「光りの墓」が3月より劇場公開される。

出演
ターイ先生:ナンタラット・サワッディクン
ノーン先生:ジャールチャイ・イアムアラーム
ヌム:ソーポン・プーカノック
ジェンおばさん:ジェンチラー・ポンパス
サクダー(僧侶):サックダー・ケァウブアディー

スタッフ
製作・監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影:サヨムプー・ムックディプローム
美術:エーカラット・ホームロー
録音:アクリットチャルーム・カンヤーナミット
編集・ポスト・プロダクション監修:リー・チャータメーティクン
音響デザイン:清水宏一、アクリットチャルーム・カンヤーナミット
挿入曲:「スマイル」カーンティ・アナンタカーン作曲
    「Fez (Men Working)」 NEIL&IRAIZA 
配給:ムヴィオラ

© 2006, Kick the Machine Films Co Ltd (Bangkok)

公式ホームページ

劇場情報
2016年1月9日:渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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※同時開催 <アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016>
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム

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