2016年2月9日火曜日

【アピチャッポン特集】映画『世紀の光』評 text高橋 雄太

「光と影」 


光があれば影ができる。影が光に付き従うのではなく、光の入射と同時に影ができる。両者は対等なものとしてある。『世紀の光』が示す複数の世界も、光と影のように対等に存在する。

© 2006, Kick the Machine Films Co Ltd (Bangkok)

本作の前半の舞台は、タイ東北部の古い病院である。屋内は、壁や床の白で覆われ、窓枠や廊下の直線で囲まれている。屋外には緑の田園風景が広がり、風が草木を揺らす。太陽の光が降り注ぎ、光と影の強烈なコントラストが生じる。ランを育てる男性ヌムに恋をした過去を語る女医ターイ、弟の死について語る歯医者など、人々は過去の記憶を抱えている。ヌムによれば、ランは日陰を好み暗闇で発光するという。日光が射し込むことで日陰ができ、人々はランのように日光を避けて日陰に集まる。ここは、光と影が混在し、人工物と自然物、過去と現在が折り重なる世界である。

これに対し、後半の舞台は近代的な病院であり、登場人物は前半と共通している。工場の生産ラインのように、治療台が整然と並ぶ。病院は前半以上に真っ白い壁や床に覆われており、照明の光がその白い表面に反射する。影がほとんど存在しないほどに光が溢れている。後半において、ノーンの恋人は、彼女の未来の職場になるであろう社屋の建設現場の写真をノーンに見せる。その写真には、大地を埋め尽くす巨大な建造物が並んでいる。人々は過去ではなく未来を語り、日陰に集まることもなく人工の光にさらされる。光と人工物に満たされ、過去の記憶の痕跡がない世界である。

女医ターイによるノーンの面接、僧侶の診察など、前後半で共通する部分もあるのだが、セリフや人物の配置にもやはり違いがある。例えば診察のシーンは、前半では僧侶の後頭部からのショット、後半では僧侶の正面からのショットとして描かれる。二つの世界は鏡合わせのように対照をなしているのだ。
先に述べたように、前半には光と影があり、それと呼応するように現在と過去がある。その一方で、後半の病院は光に満たされている。だが、全てが光のもとにあるわけではない。ノーンは薄暗い地下室へと降りていく。ほとんどのシーンで絵画的な美しい構図の画面を撮ってきたカメラが、ドキュメンタリータッチでノーンを追いかける。この場面は、『トロピカル・マラディ』後半の森へ入り込むシーンを思わせる。地下室はアピチャッポン作品に頻出する森=人知を超えた世界であろうか。

地下室では、義足の製造と装着、さらにチャクラを使った怪しげな治療が行われている。旋盤とドリルで製造される義足は、人間が作る人工物である。一方、チャクラは人間に自然に備わっているものらしい。しかし医師たちはチャクラの位置すら把握していない。光に満ちた近代的な病院にも、人間の目では捉えることのできないもの、光の届かないものが存在しているようだ。

前半の日光、後半の人工照明に加え、もう一つ強烈な光が存在している。映画館の映写機からスクリーンに投影される光だ。我々は、光の生み出す映像を目にすることはできるが、スクリーンの裏側にできる影は見ることができない。しかし本作には、裏側の世界を示唆する場面がある。

病院の地下室において、ダクトが煙を吸い込んでいる。クローズアップされたダクトの口は、我々まで飲み込んでしまいそうなほどに黒い。スクリーンに開いた黒い穴、文字通りのブラックホール。ブラックホールに生じる事象の地平面が認識の限界であるように、我々はダクトの向こう側を、スクリーンの裏側を見ることはできない。だが、穴が開いているということは、その奥が存在することに他ならない。見ることはできなくとも、裏側の世界は存在しているようだ。

© 2006, Kick the Machine Films Co Ltd (Bangkok)

映像を受け止めるスクリーンの裏側を意識させることは、映像が全てではないこと、目に見えるものだけが全てではないことを意味しているのではないか。『トロピカル・マラディ』(2004)などに登場する森、本作における過去の記憶と地下室、スクリーンの裏側……我々の理解が及ばない世界。医師ターイと僧侶とが互いに診察し合っていたように、複数の世界に優劣・主従といった関係はないのかもしれない。光があれば影ができることと同じく、一つの世界があれば、ブラックホールでつながった別の世界も存在する。アピチャッポンの映画を観れば、その存在を感じることができる。

光に目がくらむ度:★★★★☆
(text:高橋雄太)

関連記事:アピチャッポン特集





『世紀の光』
原題:แสงศตวรรษ(世紀の光)/英語題:SYNDROMES AND A CENTURY
2006年/タイ、フランス、オーストリア/105分/Dolby SRD|/DCP
字幕:寺尾次郎 字幕協力:吉岡憲彦 

作品解説
『世紀の光』は、1月9日より東京のシアター・イメージフォーラムほか全国にて順次公開。また同館にて特集上映「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」が同時開催されるほか、監督最新作「光りの墓」が3月より劇場公開される。

出演
ターイ先生:ナンタラット・サワッディクン
ノーン先生:ジャールチャイ・イアムアラーム
ヌム:ソーポン・プーカノック
ジェンおばさん:ジェンチラー・ポンパス
サクダー(僧侶):サックダー・ケァウブアディー

スタッフ
製作・監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影:サヨムプー・ムックディプローム
美術:エーカラット・ホームロー
録音:アクリットチャルーム・カンヤーナミット
編集・ポスト・プロダクション監修:リー・チャータメーティクン
音響デザイン:清水宏一、アクリットチャルーム・カンヤーナミット
挿入曲:「スマイル」カーンティ・アナンタカーン作曲
    「Fez (Men Working)」 NEIL&IRAIZA 
配給:ムヴィオラ

© 2006, Kick the Machine Films Co Ltd (Bangkok)

公式ホームページ

劇場情報
2016年1月9日:渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

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※同時開催 <アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016>
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム

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