2016年2月5日金曜日

【アピチャッポン特集】映画『ブンミおじさんの森』評 text高橋 雄太

「お迎え」のために


「お迎えが来る」、死ぬことをそう表現することがある。すでに亡くなった人が、死にゆく者を迎えに来て、あの世に連れていく。だが、「お迎え」とはこの世からあの世へという一方通行ではない。

農場を経営するブンミは、腎臓の病に冒され、死が近いことを感じている。彼のもとに義妹ジェン、その息子トンが集まっている。夕食の席に、亡くなったブンミの妻フエイ、さらに失踪したブンミの息子ブンソンまでが毛に覆われた姿で現れる。親類、そして不思議な存在たちに伴なわれ、ブンミは森の中の洞窟に入っていく。ブンミは洞窟のことを「母胎」と呼び、「自分はここで生まれた」と述べ、その洞窟で最後を迎える。まるでフエイやブンソンが「お迎え」として異世界から人間世界に現れ、ブンミを連れていくかのようだ。

ブンミの家は森林にほど近いところにあり、食卓は屋外にある。開け放たれた窓、簡単に押し上げることのできる蚊帳など、彼らのいる空間は閉じられたものではなく、外の空間と通じている。木々のざわめき、鳥や虫の声にも包まれている。このことからも、ブンミのいる場所は、異世界と近いことがわかる。
フエイは、ブンミら三人が席についている食卓の空席を埋めるように、ゆっくりと実体化する。人間以外の存在に変貌したブンソンも、ジェンに促され空席に座る。家族団欒の食卓は、異世界の住人たちにも開かれており、彼らを迎え入れる。


©Kick the Machine Films


前述の「母胎」とされた洞窟も、閉ざされた空間ではない。天井の裂け目から陽光が降り注ぐ、開かれた場所である。ブンミが死の世界に旅立つことが可能であると同時に、母胎として新たな生命を受け入れることもできるであろう。洞窟は墓場であり母胎、生死が交差する場だ。
森、洞窟、そしてブンミの家では生者と死者が出会う。フエイの言葉によれば「死者は生者に執着する」。その生者ブンミは、フエイらと食卓を囲み、彼女と抱擁する。異世界から「お迎え」が来る。人間たちは訪問者を「お迎え」する。そして抱き合う。生者と死者の想いは双方向に行き交い、生死の境を越える。

一方、葬式が行われる部屋は、白い壁に閉ざされており、虫の鳴き声ではなくお経が響き渡る。自然から離れることで、人間世界と異世界とのつながりが断絶されるようにも思える。だが、つながりは絶たれていない。
葬式の後、トンはホテルの一室でシャワーを浴びる。彼は画面の右側に偏って位置しており、左側には大きな空間があいている。シャワーを終えたトンは、ベッド上の空いたスペースを占める別の自分たちを見る。異世界との交差点は、森やその近くに限られない。空席があれば、異世界の者たちを迎え入れることができるのだ。

ブンソンが追いかけたという猿の精霊とは何か、ベッドに座っていたトンらは何者か、挿入される王女の物語や未来の夢の意味するところは……本作には多くの謎が残る。だがこれ以上の言葉で本作を埋め尽くすのはやめよう。ブンミらは、驚きながらもフエイたちを優しく迎えていた。だから私の言葉にも余白を、いや「空席」を残しておこう。彼らを「お迎え」するために。

お迎えしたい度:★★★★★
(text:高橋 雄太)

ブンミおじさんの森
英語題:
 UNCLE BOONMEE WHO CAN RECALL HIS PAST LIVES
2010年/イギリス、タイ、ドイツ、フランス、スペイン/カラー/35mm/114 分

作品解説
腎臓の病に冒され、死を間近にしたブンミは、妻の妹ジェンをタイ東北部の自分の農園に呼び寄せる。そこに19年前に亡くなった妻が現れ、数年前に行方不明になった息子も姿を変えて現れる。やがて、ブンミは愛するものたちと ともに森に入っていく......。美しく斬新なイマジネーションで世界に驚きを与えた、カンヌ国際映画祭パルムドール(最 高賞)受賞作。

キャスト
タナパット・サーイセイマー
ジェンチラー・ポンパス
サックダー・ケァウブアディー
ナッタカーン・アパイウォン

スタッフ
製作/脚本/監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン 
製作:サイモン・フィールド/キース・グリフィス/シャルル・ド・モー/アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影:サヨムプー・ムックディープロム
編集:リー・チャータメーティクン
音響:清水宏一

第63回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞
「ブンミおじさんの森」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督
UNCLE BOONMEE WHO CAN RECALL HIS PAST LIVES
A FILM BY APICHATPONG WEERASETHAKUL

提供:シネマライズ

配給:ムヴィオラ

公式ホームページ

劇場情報

「アピチャッポン・イン・ザ・ウッズ2016」
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督の旧作長編+アートプログラムを特集上映!

期日:2016年1月9日〜2月5日
場所:シアター・イメージフォーラム

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