2015年9月23日水曜日

PFFアワード2015 Cプログラム~映画『嘘と汚れ』text藤野みさき

「罪の意識」


 低い声をした男性の鼻歌が、現場の穏やかな朝を知らせた。「何かいいことがあったのですか?」若い女性が尋ねると、その質問に、彼はそっとこう答えた。「太陽の光が、とても綺麗だったんだ。」

 主人公のゆいとその初老の男性は、東京のとある大道具会社に勤めている同僚同士。ゆいはまだ慣れない下働きながらも、与えられた目の前の仕事に対して精一杯に取り組んでいた。毎日たくさんの注文が飛び交い人々の行き交う現場。この映画は、そんなどこにでも存在している日常の、小さな職場で起きた、ある小さな事件をきっかけに、誰しものこころの奥底に眠る罪の意識を炙り出していく。

 たとえば、小さい時。自分の犯した罪が、いつまでも深くこころの奥底に根付いてしまうことがある。あるいは、他者から受けた、たったひとつの何気ない言動や行動が、こころの傷(トラウマ)となり、大人になってもその人を苦しめ続けてしまうこともある。

 ゆいは前者だった。小学生の時、とても目の悪い子の眼鏡を取りあげて、何もないはずの手のひらに「何が見える?」と、こどもの悪戯心から、からかってしまったことがあった。その女の子は悪性の病気で、中学生の時に会った時にはすでに視力を失っていた。「病気だったって、知らなかったから……。」そう当時のことを振り返る彼女の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 初老の男性が退職をした時、安堵の拍手を送ったのは、誰? あなたは、ボウリング場に並ぶピンの一番前に立つ勇気はあるの? 映し出される映像は、私たちにそう問いかけているようである。「ごめんなさい」自らの犯した過ちを認める、たった一つのそのことばを言う勇気があるのかを。


 「ゆいちゃん、絵の具がついているよ。」初老の男性は、ゆいの顔を見つめて確かにそう言った。彼には見えていたのだ。ゆいの頬についていた、嘘と言う汚れが。こすっても、こすっても、ゆいの頬についている見えない絵の具の汚れはとれない。そんな、拭っても拭い去ることのできない、罪の意識。ゆいの言う私にはもう見えなくなってしまったものとは、視力の悪い女の子には確かに見えたであろう物であり、冒頭の初老の男性が感じた、あの太陽の光の美しさであったのだろう。

 上映後の舞台挨拶の時、監督の猪狩裕子さんは、どうしてこんな不条理なことが起こってしまうのだろう。という、目の前で起こっている現実に対しての怒りが創作の原動力だと言っていた。現在も福島へ取材をしに行ったりと、精力的に活動を続けている。次回は、猪狩監督はどのような題材で映画を撮られるのか。『嘘と汚れ』は、今後の活躍に期待を感じさせる一作であった。

罪の重さを考えさせられる度:★★★☆☆
(text藤野 みさき)

『嘘と汚れ』
(PFFアワード2015 プログラムC)
PFFアワード2015 Cプログラム~映画『嘘と汚れ』text大久保渉

作品解説

「大道具会社が舞台。冒頭、老人と若い女性が和気あいあいと一緒に作業する長いシーンで幕開けする。その後も続く作業場の光景に観客を引き込んだうえで、小事件が起き、心理劇へと鮮やかに変貌する。」

出演

岡田瑞葉、真実一路、佐藤武史、青坂匡、野口航、高橋基史

スタッフ

監督・脚本・編集:猪狩裕子
撮影:深谷祐次
録音:宇佐希望
助監督:太田達成
制作:高橋基史、中島 光

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ぴあフィルムフェスティバル(PFF)
"映画の新しい才能の発見と育成"をテーマに、1977年にスタートした映画祭。いままでに数々の監督を排出している。現在では、公募した作品から入選作品を選出する映画コンペティション「PFFアワード」を中心に、特集上映や、トークショーなどのイベントも行われている。また、PFFアワードでグランプリ等の賞を受賞した監督はPFFスカラシップの権利を獲得でき、劇場用映画監督デビューへの道が開かれる。

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