2015年9月29日火曜日

PFFアワード2015 Gプログラム 〜映画 『あるみち』(「PFFアワード2015」グランプリ) text宮本 匡崇

「俺といったら、何かな」


 冒頭、少年が庭先でビデオをまわす。彼は草間に出現しては素早く物陰へ消えていくトカゲについて、ルポルタージュ調の緊迫した実況で語る。大仰で誇張されながらも、対象への異様な執着を感じる息使い。それはさながら、未確認生物を追う取材チームが現場に残された僅かな痕跡を検証するような、張りつめた興奮と得難き幸福をおさめた貴重な記録映像のようであった。


 映画『あるみち』は21歳の杉本大地監督が自ら主演をつとめ、自身の浪人生時代から美大生として映画を撮るに至るまでの道のりを描く。監督のみならず、母親や友人役にも本人達が出演。親しい者同士の醸す独特の距離感、言葉遣い、日常感の中で、主人公大地の心の機微が繊細に映し出される。冗長な語りや大きな事件を用いることなく、細かな会話のニュアンスや微妙な表情の変化へクロースアップすることで、ゆっくりだが着実に変化していく青年期の心情を見事に捉えている。

 例えば、美大受験へ向けて浪人している大地は、自宅へ夜中にやってきた高校時代のバイク仲間からの誘いに、やや面倒そうに応じる。自分のバイクは既に売ってしまったらしい。また別のシーンでは、既に大学へ進学した友人からの連絡に「普通浪人して勉強してる奴に連絡してくる?」と母親へ愚痴る。宅飲みの席でもなぜ美大の映画学科に進学するのかと問われて上手く答えることができない。カメラはそんな大地の無言の表情に寄っていく。周囲との温度差を誤魔化しきれない大地は「俺はいいよ」「俺なんか…」という卑屈なモラトリアムの中にいる。


 ところが、物語後半ではこの「友人の誘いに嫌々ながら応じる」という出来事が、まったく別のニュアンスで反復される。美大で仲良くなった友人と急遽、「冷えきった身体でラーメンを食べる」という目的で深夜に(自転車で!)海を目指すこととなった大地は、今度は連れ出す側として仲間と共に友人宅を訪ねることになる。この「渋る友人を複数人で言いくるめて連れ出す」という一連の"若者あるある"的問答はそれだけで非常に面白く撮られているのだが、バイクから自転車へ、誘われる側から誘う側へという大地の状況の変化や、何よりトラブルに見舞われながらも楽しく充実した一夜を過ごす彼の表情の迷いのなさが、彼が既に浪人時代の悶々としたトンネルから抜けだしたことを示している。(この夜、やはりかつてのバイク仲間から急な押しかけがあるが、今度はきっぱりと誘いを断るシーンが印象的だ)

 こうした大地の心境の移り変わりと共に、物語は「俺といったら、何かな」という問いが起点となって終盤へと動いていく。美大の授業で投げかけられた「自分といえば、何?」というこの命題に、彼は戸惑いながらも真摯に取り組んでいく。ここでようやく今作の製作の契機が観客にも分かる。大地は幼少期の自分が武者震いするほど取り憑かれていたというトカゲ獲りを、自分のルーツとして探ろうとするのである。映画の冒頭でいきなり提示されたきり宙吊りになっていたあのビデオのように、トカゲ獲りの興奮は大地の中でもどういうわけか、記憶の奥へ仕舞われたままになっていたらしい。


 彼は小学生時代の仲間を招集し、トカゲ獲りの再演と撮影を試みる。無邪気に駆けまわりトカゲを追いかける大地は何を掴んだのだろうか。この再演ビデオは、さらにその撮影をするに至るまでの道のりを "再演" した映画である今作『あるみち』の一部として組み込まれ、入れ子構造のようにして観客の記憶に刻まれる。映像が映像を内包し、気がつけば画面の中の大地は監督としての杉本大地-すなわち現在の杉本大地監督その人の存在へ地続きに繋がっていた。

 青年時代を終え、社会という新たな道へ踏み出すその一歩手前には、恐らく誰しも迷いがある。そんな折、通過儀礼のようにして人は自分の来し方を振り返るものだ。青春の終わりの1ページを書き上げるため、杉本監督はどうしても自分の人生の最初の1ページに立ち戻らねばならなかったのだろう。母親や友人を巻き込みながら撮影された今作は、杉本監督を取り巻く暖かな人間関係の総体としても感動がある。自伝的かつホームビデオのようでもあり、一種のドキュメンタリーであると同時に演劇的でもある、不思議な一本だ。ラストシーンでカメラを握りしめた彼の表情は、とてもすっきりとして凛々しかった。彼の『あるみち』がこの先どこへ続いていくのか、期待を感じずにはいられない快作であった。

無性にカップラーメンが食べたくなる度:★★★★☆
(text:宮本 匡崇)


『あるみち』(「PFFアワード2015」グランプリ)

2015年/85分/カラー

作品解説

主人公の大地は浪人を経て美大へ入学。映画を学びながらある日、「自分と言ったら何?」というテーマの課題に取り組むことになる。監督を始め登場人物はほぼ実際の本人たちが演じる。友達との関係の変化や母親との日常を、本人出演ならではの親密な距離感で描き出す。再演の先に大地が手に入れたものとは……?

出演

杉本大地、勝倉悠太、杉本りか、碇石優人、近藤耀司、土橋昂乃介、ゴン太、野田紘生、大原翔太、大城拓也、小池夏妃、渋井 琴、相馬 凌、塚本芽依、羽鳥菜穂、岩井 巧、藤田千秋、堀部真奈、福田 郁、江面博信、池見 龍、多治見拓郎、木下紗希、岩崎志門、川島達也

スタッフ

監督・脚本・撮影・編集・録音:杉本大地
撮影補助:岩井 巧、伊藤圭人、岩崎志門/撮影補助:藤田千秋、奥 慎之介


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

PFFアワード2015 受賞結果速報!


ぴあフィルムフェスティバル(PFF)
"映画の新しい才能の発見と育成"をテーマに、1977年にスタートした映画祭。いままでに数々の監督を排出している。現在では、公募した作品から入選作品を選出する映画コンペティション「PFFアワード」を中心に、特集上映や、トークショーなどのイベントも行われている。また、PFFアワードでグランプリ等の賞を受賞した監督はPFFスカラシップの権利を獲得でき、劇場用映画監督デビューへの道が開かれる。

公式ホームページ:http://pff.jp/jp/index.html

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

【祝】第66回 ベルリン映画祭 上映決定!


2月11日に開幕する第66回ベルリン映画祭のフォーラム部門で、杉本大地監督の『あるみち』が上映されることが決定した。杉本監督は現在22歳で、ベルリン映画祭に正式出品された長編映画の監督として史上最年少になる。

0 件のコメント:

コメントを投稿